2017年5月25日 (木)

JB52 悪魔の辞典番外

 以下の二冊は「悪魔の辞典」と銘打っているが、ひねったな定義で笑わせようというつもりがない。紹介だけするが、マジメな本なのでジョーク本のリストには入れず、番外とする。

番外 中国「悪魔の辞典

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    (書名) 中国「悪魔の辞典」
      (著者)   石 平(せき へい)
      (出版者) 小学館
      (形状)    四六判ソフトカバー
      (頁数)    223
      (出版年)  2008/08/04
           

・石平は、日中問題・中国問題評論家としてマスコミでも活躍中。日本に帰化している。
帯の「我、敢えて”漢奸”とならん!」という言葉は重い――そう言われているのでしょうが…

漢奸
漢民族から「漢奸」だと罵倒されることは、すなわち全人格を否定されることを意味する。中国の歴史上、国のことを思って対話と平和を主張した人ほど漢奸扱いされる危険性がある。
今の中国では、普通の良識と理性の持ち主が「漢奸」とされてしまうのだから、逆に「漢奸」でない人々こそ、普通の良識と理性を欠いているのではないだろうか。(p21)

・書かれているのは中国政府に対する直接的な批判。「笑い」ではなく「嗤い」に近い。

中華思想
漢民族が、世界中で自分たちが一番偉くて正しい、と思い込むために作られた思想的根拠。
このような思想の持ち主たちは、自分の過ちを絶対認めないことを不動の信条とする。(p39)

幹部
ウソをつくときも顔色一つ変えない異質な人種。
自らの責任を絶対認めないことを信条とする人々のグループ。(p80)

・上記を読むと、最近の日本も同じようなことになっているのではないかと心配になる。

 

番外 悪魔の用語辞典

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    (書名)  悪魔の用語辞典
          これだけ知ればあなたも知識人
      (著者)  副島隆彦、SNSI副島国家戦略研究所
      (出版者) KKベストセラーズ
      (形状)    四六判ソフトカバー
      (頁数)    295
      (出版年)  2009/12/25
           

・著者は悪魔主義者とは、ものごとは表面からだけでなく裏側から見てこそ正確にとらえることができるという立場の人々のことであると言う。そして現代日本の諸問題をその悪魔主義的観点から見たのがこの本だという。「悪魔主義者」というのはちょっと大仰に過ぎる。

【税金】 tax
――税金とは国家の悪そのものである
 人間および商売、財産、所得、商品、取引等から、国家が強制的に徴収する、国家財政への貢献金のこと。(p96)

・上記の項目はこれで終わりではなく、この説明が10頁わたって続く。そうだそうだとは思うけれど、笑いはない。

【官僚組織】 bureaucracy
――なぜ彼らは責任を負わないのか
 中央政府の行政管理者集団のこと。(選挙で選ばれていないため)有権者に対して責任を負わない人々である。

・ 最近の国会での官僚の答弁を見ると、これもそうだそうだと思う。説明によれば、対応方法は、官僚のもつ権力を大幅に引き下げるか、官僚個人に賠償責任を負わせるかだというが、それがどのようにして可能か?

 

 

 

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2017年5月22日 (月)

JB51 悪魔の辞典2

 ビアスの『悪魔の辞典』にならった辞書形式のパロディ本はたくさんある。そのうち「悪魔」と名乗っている本を紹介する。この他にもたくさんあると思う。

194 噴飯 惡魔の辭典

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    (書名)  噴飯 惡魔の辭典
      (著者)  安野光雅、なだいなだ、日高敏隆、
                       別役実、横田順彌

      (出版者) 平凡社
      (形状)    115×170mm ソフトカバー
      (頁数)    314
      (出版年)  1986/05/15
            1987/09/17、7刷

・平凡社の雑紙「アニマ」に連載された「競作・惡魔の辭典」に加筆されたもの。
 五人の筆者が同じ項目について、他の筆者の原稿を見ることなく書いたものという。
 五人それぞれの書きぶりでおもしろい。しかしさすがに五人揃ってこれはうまいと感心させられるところまではいかない。

アカデミズム】 academism
学問・芸術を登山にたとえれば、その道は完成し、頂上は極められ、その方法の規範は成立を見たのであるから、今後登山を試みるものは、先人の苦労を追体験することで充分であり、それ以外の試みは、無駄であるばかりか、危険で、有害でさえあると定める、有難い考え方。(A

いわゆる大学らしさのもろもろのことだが、一番それらしいのはなんといっても、やさしいことをわざわざ難しく言う、この世界での習慣である。また、仲間の足を引っ張り、学生をいじめることに快感を覚えるのは、この世界に棲むものの常識であり、文部省から金をぶんどってくる能力を高く評価することも同様である。(N)

売れそうもない本を誉めるときのことば。(H)

学問・芸術を志す人間が、当初「そうなることだけは避けよう」と心掛けながら、いつの間にかそうなってしまっている境地のことであり、そうなったらそうなったで、そうでないものの方が間違っているように思える境地のことである。(B)

たとえば、卒業論文などで、「各人種間に於ける排泄物の分析及び比較研究に見る人類進化の歴史とその未来」というタイトルがついていれば、なんの疑問もはさまず教授は受け付けるが、全く内容は同じでも「大小便こぼれ話」というタイトルでは、頭から受け付けてくれないような傾向のこと。(Y)(p12)

 

195 当世悪魔の辞典

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    (書名)  当世悪魔の辞典
      (著者)  別役実
      (出版者) 朝日新聞社
      (形状)   文庫
      (頁数)    282
      (出版年)  1995/12/01

・劇作家別役実単独の悪魔の辞典。「194 噴飯 惡魔の辭典」に収録された別役記述の項目も含まれている。

【ゲリラ】gurrrilla
語源は下痢の複数形。正規のものではなく、神出鬼没であり、時と所を構わず出たがる傾向にある。そして、誰もこれを防ぐことは出来ない。(p65)

【養老院】ようろういん
かつて人々は、老人をかついでわざわざ山の中に捨てにいった。しかし現在、人々は、敬老の精神を失ってその労すら惜しみ、しかたがないので最近の老人たちは、自分で歩いて、自分で買った養老院に入る。(p293)

 

  

196 悪魔のささやき医学辞典

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    (書名)  悪魔のささやき医学辞典
      (著者)   稲田栄一、LiSA編集部 編
      (出版者) メディカル・サイエンス・インターナショナル
      (形状)    新書
      (頁数)    148
      (出版年)  1996/04/01
            1998/03/13、4刷

・凡例にはA.ビアス二世の『悪魔の医学辞典』の部分訳と書いてあるがもちろん嘘。「LiSA(Life Support and Anesthesia)」という麻酔を核とした総合誌LiSA(リサ)に連載されたもの。麻酔関係の総合誌というのも世の中にはあるんですね。雑紙現物を見たことはありません。

・従って麻酔関係の医学用語ものが多い。従って仲間うちで受けるだろうと思われる内容が多いのもやむをえない。

ますいかい【麻酔科医anesthesiologist, anethetist
手術室では普段「縁の下の力持ち」などとおだてられているものの、手術の成功は外科医の腕であり、失敗は麻酔のせいにされるという、損な役回り。
 人を相手にするとはいえ、感覚脱失状態の人間とさまざまなモニター類を介して接することから、生身の人間よりもコンピュータを愛する傾向がある。それではいけないということで、ペイン外来で感覚のある患者と接するようにしたものの、ひとたびコンピュータを最良の伴侶と考えるようになった麻酔科医には不評をかっている。ちなみに”医師の結婚したい女性の会”の統計によると、男性麻酔科医の85%が不感症の女性を好む傾向があるという。 (-121)

ますいじこ【麻酔事故】 anesthetic accident
麻酔科医が、マスコミや小説の中で活躍することのできる唯一の設定。(p122) 

 

197 続悪魔のささやき医学辞典

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    (書名)  続悪魔のささやき医学辞典
      (著者)   稲田栄一、LiSA編集部 編
      (出版者) メディカル・サイエンス・インターナショナル
      (形状)    新書
      (頁数)    194
      (出版年)  1997/11/25

196悪魔のささやき医学辞典の続編。

・仲間うちの冗談はどうしてもブラック化、自虐化していく傾向にある。

げかい【外科医】 surgeon
手術患者の運命を決める医者。「人はいいが腕の悪い外科医」と「人は悪いが腕のいい外科医」、「手術時間は短いが出血量が多い外科医」と「手術時間は長いが出血量は少ない外科医」など、患者・麻酔科医にとって究極の選択を迫られる場合が多い。(p49)

ポンピング【手動急速注入】 pumping
「外科医への怒り」「絶え間ない吸引音への恨み」「残された輸血単位数への不安」「血液センターからの距離と時間がもたらす焦り」「ようやく下がらなくなった血圧とヘマトクリット値への希望」「終わらなかった手術はない、という信条に支えられた忍耐」「睡魔が訪れる隙もない肉体的精神的な緊張と疲労」…などとともに行われる、時に孤独な祈り。(p154)

 

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2017年5月18日 (木)

J84 有名作家たち

 植松黎編・訳『ポケット・ジョーク15 芸術家』)(角川文庫、1985)から。

Pj15


唯一人
 高名な作家が、クラブでいかに悪妻のために苦労しているか嘆いた。同乗した男が言った。
「それなら離婚したらどうなんです?」
「それができんのだよ」と高名な作家は嘆息した。「わたしの知ってるかぎり、私の原稿を読んでタイプできるの女は家内だけなんだ」(P196)

認識
「自分に文学の才能がまったくないということがわかるまでに10年かかりましたよ」と列車に乗り合わせた男が隣の男に言っていた。
「文学をあきらめたわけですか?」と隣の男ははずねた。
「いや」と最初の男は言った。「そのときにはもう有名になっていて、手遅れでした(」P197)

一語
 十九世紀末から二十世紀初めにかけて活躍したイギリスの作家ルディヤード・キプリングの原稿料は、当時のカネにして一語一ペンスだといわれていた。それを聞いたオクスフォード大学のある学生が、作家に一ペンス送って、一語書いてくれるよう注文した。
 キプリングは書き送った。
「有難う」(P198)

ゴーストライター
 有名なジャーナリストが、政治的野心を抱くある実業家に雇われて、その男の「自伝」を書いた。
 しばらくして、ニューヨーク政界の名士である弁護士が、その「自伝」の書評を頼まれ、やはり、そのジャーナリストに書評の代筆を頼んだ。
 つまり、ゴーストライターは、自分の書いた本を自分で書評したのである。(P201)

そこらの医者と同じ
 十九世紀フランスの大作家ギュスターヴ・フローベルは、小説家になる前、医学の勉強をしていた。あるとき彼は、先輩作家のバルザックに、作品をどう思うか尋ねた。
「きみは、登場人物をあたかもきみの患者でもあるかのように診断し、描写している」バルザックが言った。「そして、そこらの医者と同様、みな死なせて終りにしている」(P202)

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2017年5月15日 (月)

JB50 悪魔の辞典

 この本は、ラ・ロシュフーコーの『箴言集』やフロベールの『紋切型辞典』などの同類で、それらをさらに皮肉かつ攻撃的にしたような本である。
 これをジョーク本の範疇に入れるのは無理かもしれない。しかし、「○○悪魔の辞典」などと銘打った辞書パロディ本があれこれ出ているので、それらの嚆矢としてリストに入れておくことにした。
 ただし、この本が刊行されたのは1911年で、当時のアメリカ社会や著者の経歴などをよく知らないと、どこがおもしろいのかよくわからない項目が多い。さらに英語のしゃれらしいものもさっぱりわからない。
 英文学者や作家による何種類もの訳が出ているが、どれを読んでも浅学非才のわたしにはやっぱりわからない部分が多い。従って紹介するだけで各書についてのコメントは控える。

 原書としてはビアズ全集に収録された”The Devil`s Dictionary"(1911)と、死後、アリゾナ大学のアーネスト・ホプキンズ教授が全集版に収録されなかった項目を雑紙等から採集して追加した増補版"The Enlarged Devil`s Dictionary"(1967)"の二種類がある。

189 新編 悪魔の辞典

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    (書名)  新編 悪魔の辞典
      (著者)   A・ビアス
                       西川正身 訳
      (出版者) 岩波書店
      (形状)    四六判
      (頁数)    282
      (出版年)  1983/05/16
            1983/09/05、13刷

・西川正身が『悪魔の辞典』の最初の翻訳者(1964、岩波書店、全集版抄訳)。これは全集版にホプキンズ版も加えての抄訳。岩波文庫版も出ている。

・原語のアルファベット順ではなく訳語の五十音順になっている。

辞書 (dictionary n.) ある一つの言語の自由な成長を妨げ、その言語を弾力のない固定したものにしようとて案出された、悪意にみちた文筆関係の仕組み。とはいうものの、本辞典に限り、きわめて有用な製作物である。(p87)

 

190 悪魔の辞典

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    (書名)  悪魔の辞典
      (著者)   A・ビアス
                       奥田俊介、倉本護、猪狩博 訳
      (出版者) 角川書店
      (形状)     文庫
      (頁数)    448
      (出版年)  1975/04/10
            2010/02/20、47版

・奥田俊介、倉本護、猪狩博は1972年訳『悪魔の辞典』(創土社)を刊行し、この文庫の解説には「完訳」と記してある(未見)。この本は完訳ではなく一部省略があるとのこと。

MAGNET,n 【磁石】 磁力の影響を受けるもの。

MAGNETISM,n 【磁力】 磁石に影響を与えるもの。
 前述したばかりのこの二つの定義は千人ものすぐれた科学者の仕事からの要約である。彼らは、偉大な白色の光をもって、この問題を明らかにし、言語を絶するほどに人間の知識を進歩させたのである。(p234)

・日本語の辞書にも上記のような定義づけの堂々めぐりはままある。

 

191 新撰・新訳 悪魔の辞典

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    (書名)  新撰・新訳 悪魔の辞典
      (著者)   A・ビアス
                       奥田俊介 訳
      (出版者) 講談社
      (形状)    四六判ソフトカバー
      (頁数)    254
      (出版年)  2000/11/15
          

・190の訳者である奥田が、読みやすくて明解な「悪魔の辞典」とするため、項目を選び訳を改めたもの。

・横書きで、ところどころ挿絵も入っている。訳文は他と比べてかなりくだけている。

PRESIDENT [名] 大統領
 一時しのぎのおかしら。ぶんどり品を山分けするため、追いはぎ政治屋一味の黒幕どもから選ばれる。 (p198)

PRIEST [名] 聖職者、僧
 天国への道の内側走路を自分のものだと主張し、その走路に通行税を課したいと願っているジェントルマン。(p199)

 

192 正・続全訳 悪魔の辞典

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    (書名)  正・続全訳 悪魔の辞典
      (著者)  アンブローズ・ビアス
                       郡司利男 訳
      (出版者) こびあん書房
      (形状)    四六判・函
      (頁数)    723
      (出版年)  1982/02/20
           1882/05/15、3刷

・郡司利男が最初に全集版『悪魔の辞典』を対訳・注解したのは1974年。ホプキンズ版に追加された項目だけを訳した者が『続・悪魔の辞典』1977年。
 これを合わせて「英語が邪魔になる人」のために縦組にし、手を入れたものがこの本。
 正・続は混在させず、別章になっている。

会話[名] できのよくない頭の、中身を陳列し合う共進会。出品者は、お互いに、自分の商品の配列に夢中で、隣人の陳列した商品を、認める余裕がもてずにいる。(p59)

 

193 筒井版 悪魔の辞典

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    (書名)  筒井版 悪魔の辞典
      (著者)   アンブローズ・ビアス
                       筒井康隆 訳
      (出版者) 講談社
      (形状)    四六判
      (頁数)    491
      (出版年)  2002/10/08
           

・作家筒井康隆による訳本。これまでの訳書が読んでいまいちおもしろくない不満を、日本語を工夫することでなんとかしようと手がけたものだという。

・残念ながら筒井オリジナルの『乱調文学大辞典』のようなおもしろさはない。

ESOTERIC【秘教的な】 形 まことに難解、そして完璧に秘密にされた。古代哲学には二種類あった。「公開的哲学」は、哲学者自身も少しは理解できたもの。「秘教的哲学」は、誰にも理解できなかったもの。現代思想にたいへん深い影響をあたえ、今日広く受け入れられているのは後者である。(p114)

 

 

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2017年5月11日 (木)

館山城・千枚田

 今回の南無谷行きは日程にゆとりがあったので、あちこち出かけました。
 まず富浦町の道の駅枇杷倶楽部。

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 菜の花も桜も終わりましたが、花壇にはいつもきれいな花が咲いています。

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 富浦漁港の釣堀は、連休なので子供連れでにぎわっていました。。

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 ひさしぶりに館山城も行ってみました。

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 ここのツツジ園はもう盛りをすぎていました。

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 藤は見頃です。
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 キジ園も見頃なのか、ちょうど羽を広げているキジもいました。

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 これは館山の養蜂園がやっているというレストラン。

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 隣にある大きな神社にもまけないくらいの広い敷地で、庭がずっと奥まで伸びています。きっと名のある旧家なのでしょう。

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 ご飯にもハチミツを入れて炊いてあるというハチミツづくしのランチです。味はよかったけれど、出てくるまでにかなり時間がかかってちょっと疲れました。
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 さらに鴨川の大山千枚田にも足をのばしました。
 ここは谷が大きく開けていて気分が爽快になります。

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 田植えをしたばかりの田と、まだこれからの田が混じっています。
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 何回見ても壮観です。
 ただこの風景は、過去の日本の農村の貧しさを象徴する風景とも考えられています。
 司馬遼太郎の『街道をゆく9 信州佐久平みち、潟のみちほか』(朝日文庫、1979)にはこんな記載があります。

  耕シテ天ニ至ル。貧ナルカナ。

 という有名なことばは、古語ではなく、また中国の古典にある言葉でもない。
 明治中期にきた清国の政治家が、瀬戸内海を汽船で神戸へむかいつつ、内海の島々の耕作の状態をみて驚嘆してつぶやいたことばである。当時、日清の関係が嶮悪になりつつあり、この清国の政治家としては、日本の経済力を見きわめたいという思いがあったのであろう。岩だらけの小島が、梨の皮を剝くように島肌を剝き、段丘を作り、それが層々と島の天辺にまで達している。まことに貧なるかなであり、清国の政治家としては、帝国主義の相貌を見せはじめているこの小さな島国の楽屋裏を見たような感じがして、あるいは安堵の思いをそういう表現に託したのかもしれない。(p11)

 この清国の政治家というのは李鴻章のようです。
 現在、棚田は貧しさの象徴ではなく、農村の原風景のひとつして評価・鑑賞されるようになっています。ただ後継者の問題など、全国的に年々維持が困難になっているという話を聞きます。ここは保存会が、オーナー制度や各種体験イベントを実施して都会の人を呼び込みながら、運営管理しています。
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 耕して天に至る――残したい風景です。


  

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2017年5月 8日 (月)

南無谷で連休

 今年の連休は南無谷で5月2日から6日まで4泊5日と、少しゆっくりしました。
 着いてみると予想どおり雑草が伸び放題。

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 前に畑にしていたところは、草原です。
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 とりあえず草を刈ろうと思ったら、刈り払い機のエンジンがどうしてもかからない。買ったホームセンターへ持っていったら、メーカーが連休なので二、三週間はかかるという話。だからといってここで新品を買うのもシャクだし、今回は肥料をやったりするのに必要なところと外から見えるところだけ人力で刈ることにしました。
 ところがやってみるとこれが大変。とても体力が続きません。作業上必要なところはともかく、外から見えたってかまわない。次回、刈り払い機がなおってくるまで草は伸び放題でいいことにしました。

 前回来たときは時間もなく、今年はダメでもいいからと、ちゃんとビワの手入れをせずに帰ってしまいました。
 だからほとんど摘果しなかった木の上の方はこんなになっていました。

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 鈴なりですが、一粒ずつが小さく、このままではどれも立派な房総のビワにはなれそうもありません。これはまるごと全部落としてしまいます。

 ある程度摘果してあったところは一粒がもう少し大きい。

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 これくらいだと、もう時期は遅いけれど、さらに摘果して袋をかけてやればそれなりに収穫できそうです。袋をかけました。
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 今年は味も量も期待できませんが、やはりこれをやらないと落ち着きません。わが家の定例行事「袋かけの儀」です。

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 その他は、前回と同じくレモン、夏みかんを収穫したくらいで特筆するほどのことはありません。

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 それから梅もとってきました。

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 ビワと同時期にプラムも採れますが、今はまだ小さくて青い。
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 花はあまり見頃のものがありません。ヒメジョオンやアカツメクサの花盛りではしょうがない。

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 これは野バラです。うちの奥さんの話では、バラの苗の台木だったものが成長したものではないかとのことです。本来のバラはどこへ行った?
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 花はともかく新緑がきれいです。
 柿の葉。

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 そして朴の葉。

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 5月5日は立夏でした。もう初夏です。
  

 

 

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2017年5月 4日 (木)

横須賀しょうぶ園

 4月28日(金)、横須賀しょうぶ園で藤まつりをやっているというので行ってみた。

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 ところが駐車場に着くと「藤はまだ一分咲きですが…」と言われてしまった。テレビなど、あちこちで藤が盛りと紹介しているので、ここも大丈夫だろうと来てしまった。まあしょうがない。

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 中はかなり広い。3.8ヘクタールあるそうだ。手前にしょうぶ園、山側に藤があるようだ。なるほど藤の色が薄い。

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 しょうぶ園はまだ手入れの最中だ。

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 山の上から見たところ。
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 まだこんな段階のものもある。

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 それでも一分咲きよりはいいかもしれない。ちゃんと咲いている藤もある。全体として、あと一週間後が見頃ということろか。

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 咲いているところを拡大してみれば立派なものだ。
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 色変わりもある。
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 白藤。
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 あれ、こんな大木が――と思うと、

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 横から見ると、こんなに薄い。

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 他にもいろんな花が咲いている。
 オオデマリ。

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 これはモッコウバラ(木香薔薇)というそうだ。
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 シャクナゲ。
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 ツツジは、今どこへいっても鮮やかだ。

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 天気も良く、広い園内を歩いていると汗ばんでくる。

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 もうすっかり新緑の季節になっている。
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2017年5月 1日 (月)

J49 ジョーク集あれこれ3

186 とっておきのいい話

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    (書名)  とっておきのいい話
      (著者)   週刊文春<編>
      (出版者) ネスコ(日本映像出版株式会社)",
      (形状)     新書版ハードカバー
      (頁数)    276
      (出版年)  1986/06/30

・巻末に「本書は『週刊文春』連載のコラム「わたしの好きなジョーク」「とっておきのジョーク」他より抜粋、再構成したものです。」とある。
 作家や漫画家、タレントなど有名人が、自分の好きなジョークを披露するというもの。

・いわゆるジョークにかぎらず、若い頃の思い出話などもあり、バラエティに富んだ、なかなかおもしろいジョーク集になっている。

・青島美幸(青島幸男の長女)が紹介しているジョーク。

 桃太郎さんの話を知っていますか?
 ある日、おじいさんが山に芝刈りに、おばあさんが川に洗濯に行きました。と、川上から大きな桃がドンブラコ、ドンブラコ。家に持ち帰っておじいさんと二人で大きな刀でタテに切ろうとすると、なかなか切れない。
「どうしたんだろう」
 力をふりしぼっても、刀はくい込んだままびくともしない。よく見てみると、なんと桃太郎が中で両手をあわせ、真剣白刃取りをしていたのだった……。(p107)

187 とっておきのいい話(文春文庫)

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    (書名)  とっておきのいい話(文春文庫)
      (著者)   文藝春秋編
      (出版者) 文藝春秋
      (形状)     文庫
      (頁数)    273
      (出版年)  1989/09/10

・巻末に「ネスコ刊「とっておきのいい話」に加筆訂正」とあるが、加筆訂正箇所は未チェック。
 ネスコ刊とは話の順番が違って、話者の五十音順に並べてある。

・声楽家の友竹正則の話から。

「ジョークはそれ自体面白いことも必要だが、相手を考えて言わないと、ちっとも、面白くもおかしくもないことになる。
 帝劇のエレベーターの中で、たまたま一緒に乗り合わせた山田五十鈴さんに、長谷川一夫さんが、
「ベルさん、宮本武蔵には子供がいたか、いなかったか?」
 と問うたところ、山田さんは、
「あら、わたしそれ、知らないわ」
 長谷川さん得意顔で、
「いませんでした」
「あら、どうして」
「ムサシコガネー」
 と、それにベルさん、
「あら、あちらお子さん無かったの。そうねえ、子がいてする苦労もあるから……」
 としんみり。長谷川さんのくさること。

・この本からではないが、同様のネタをもうひとつ。

「大岡昇平が書いた宮本武蔵の奥さんの本は?」
「『武蔵野夫人』」

188 ジョークはきわどく

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    (書名)  ジョークはきわどく
          TALK &TALK THEATER 5
      (著者)   松岡正剛編
      (出版者) エヌ・ティ・ティ・アド
      (形状)     四六判ソフトカバー・函
      (頁数)    199
      (出版年)  1987/07/19

・ジョーク本ではない。副題に”TALK &TALK THEATER 5”とあるように、NTT主催のトークショウで語られた話をまとめたもの。
 この本には、春風亭小朝、森瑤子、なかにし礼三人の回と林真理子、林美一、黒鉄ヒロシ、ロビン・ギルの四人の回の分が収録されている。
 
・トークショウの他に、写真やイラスト、マンガがあれこれ入っているけど、ぎっしりつまっているわけではない。ちょっとしゃれたレイアウトで、いかにもバブルの時代という感じがする。ちょっと懐かしい。松岡正剛が編者だというのも驚きだ。

・巻末には植松黎編の「人類のナイショ話」というジョーク集がついている。当時、植松黎編の角川文庫『ポケット・ジョーク』シリーズがヒットして、合計23冊も刊行された。

・その「「人類のナイショ話」の中に、西洋のジョーク集の鼻祖は15世紀、ローマ法王の私設秘書だった古典学者ポジオ・ブランキオリーニだという記事がある。「リベル・ファクティアルム」というラテン語のダーティ・ジョーク集の著書があるそうだ。
 ジョーク本のコレクターもこのあたりまでいかないと本物ではないということになるのか。道はけわしい。

・「人類のナイショ話」からひとつ。

ストッキング
 女たらしのマイクが、バーで酒を飲んでいるところに、友人のリチャードが入ってきた。
「大金持ちの未亡人との婚約がダメになったんだって?」リチャードがマイクに言った。「あの婆さん、きみにずいぶん入れあげていたみたいじゃないか。何かまずいことでもあったのかい」

「そうなんだ。先週のことさ、ボクらは靴屋に行ったんだ。そこで、ぼくは、彼女のストッキングにシワがよっているのに気がついて注意したんだ」
「それが別れた原因になるのかい?」リチャードがたずねた。
「その日」マイクは、ため息をついて言った。「彼女は素足だったんだ」(p187)

 

 

 

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2017年4月27日 (木)

正岡子規展

 さて4月21日の本題の神奈川近代文学館正岡子規展

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 年譜などによる経歴の紹介、遺稿・遺品の展示…ということで型どおりの展覧会。

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 病床で書いた『仰臥漫録』の絵がカラフルで印象的だった。わたしの持っている文庫本では挿絵は白黒だったので、こんな色がついているとは思っていなかった。痛みの激しかった死の床で、こんなものを描いていたんだと感心する。
 東京根岸の子規庵へ行ったことは前に書いた。(→ 忘年会は笹乃雪 1 )

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 子規は、司馬遼太郎が『坂の上の雲』の主人公の一人にしたように、明治を代表する青年の一人であった。
 満年齢の三十五歳直前に死ぬという短い生涯にもかかわらず近代文学に大きな影響を与えた。江戸俳諧を「写生」を中心とした近代俳句として革新し、短歌についても王朝和歌の古今集を罵倒して万葉集を称揚し、いずれもそれが時代の風潮になった。

 展覧会の解説にも書いてあったが、子規は最初政治家を志したが、病を得て断念し文学の革新に挑んだ。明治時代は徳川時代を否定し、新しいものをつくろうとした時代だった。その担い手もみな若かった。
 子規も若く、『歌よみに与ふる書』は「貫之(つらゆき)は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候。」といかにも勇ましい。

 この子規の「若さ」がもたらしたものについて、丸谷才一はこう書いている。

子規はわが近代文学の骨格を定めた。この青年兼病人に負ふわが文学の美点はもちろん多いが、しかしまた、とかく幅が狭くなりがちなリアリズム好きも、個人への執着も、何かにつけて大まじめになりがちな青くささも、かなりのところ彼から発している。(『無地のネクタイ』(岩波書店、2013、p26)

 丸谷は子規の功績はきちんと認めている。そのうえで、子規の若さのせいで日本の近代文学はかなり青くさいものになってしまったと歎いているのだ。
 三十四歳で死んだ男に、おまえの考え方が若かったと言ってもはじまるまい。明治の「坂の上の雲」の時代、新しい国をつくろうとしていた時代にふさわしい仕事をしたと言うしかない。ただ、子規が長生きしていたら、どんな俳句や短歌を作ったか。どんな『歌よみに与ふる書』を書いたか。まるで変わらなかったか、それとも円熟とか成熟とか言われるような境地に到っただろうか、興味あるテーマである。

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2017年4月24日 (月)

みなとガーデン

4月21日、港の見える丘公園にある神奈川近代文学館正岡子規展を見に行ったら、ここも全国都市緑化よこはまフェアの「みなとガーデン」の一会場になっていた。

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 山下公園や横浜公園でもやっているが、とりあえず港の見える丘公園で見た花だけ紹介しておく。
 公園入口。

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 展望台の前には、山手の洋館のミニチュアがいくつかあった。

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 この公園はいつ来てもきれいな花が咲いているので、緑化フェアだからといって特別な感じはない。染乃助染太郎の「いつもよりよけいに」ではないが、まわりに、いつもはないバスケットが多少多めに置いてあるくらいだ。

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 大仏次郎記念館の方へ向かう。

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 バラが咲く予定のところはまだこれからだ。
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 花の名前はほとんど知らないが…
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 チューリップはわかる。

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 これはツツジでしょう。

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 最後はアメリカ山の八重桜。

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