2019年11月15日 (金)

JBJ78 英語のジョーク8

228 英語ジョーク快読のススメ

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    (書名) 英語ジョーク快読のススメ
                        ジョークがわかれば、言葉も文化もわかる
                        開拓社言語・文化選書11
      (著者) 中野清治
      (出版者)開拓社  
      (形状) 四六判ソフトカバー
      (頁数) 191 
       (出版年)2009/06/17

・ジョークの多くは、ダジャレのように発音の似た言葉や同音異義語などを利用している。だから外国語の場合は、その言語によほど通じていないとよくわからない。この本はそのあたりを文法用語を使って詳しく解説してくれている。
 その解説がうるさくもあるが、きちんと対訳がついているわけでもないので、解説を読まないと何がおもしろいのかわからない場合もある。英語を真面目に勉強している人にはいい本だと思う。

・例えば、

 Call me a taxi.
 Okay--you're a taxi.

というジョークには、「タクシーを呼んでくれ」〔SV00〕を、「タクシーと呼んでくれ」〔SVCC〕というふうに曲解して茶化したもの(p24)。という解説がついている。このくらいだとなんとかわかるが、次のジョークはわたしにはわからなかった。

「What part of the car causes the most accident?
 The nut that holds the wheel.

 2行目には二つの homonyms が用いられているので、込み入っている。 Nut「ボルトを締めるナット/馬鹿者」の両義。 Wheel「車輪/ハンドル」の両義。「自己の最も多い原因となるのは車のどの部分か」―「車輪をおさえているナットだ/ハンドルを握っている馬鹿だ」同一の音に二つの異なった意味がある語を含む文を、他の言語に訳すのはまず不可能である。これに類する日本語の駄じゃれ「かみに見放されたら、うんは自分の手で掴め」を、英語に訳すことはできるだろうか。(p30)」

・次のジョークに、役割や焦点を転移して意外性を感じさせる例としてあげられている。

「A patriot is always ready to lay down your life for his country.

 a patriot「愛国者」 be always ready to ~「進んで~する、~する覚悟である」 lay down「〔命など〕捨てる、犠牲にする」 上の文、為政者もしくは指導者の立場に立って読めば、すんなりと頭に入る。 A patriot is always ready to lay down his life for his country. の his の部分が your に置き換えられているところに辛らつな皮肉が読み取れる。声高に愛国を叫ぶお偉いさんたちは戦場に赴かず、黙している者が戦場に狩り出される。(p136)"」

 

 

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2019年10月 5日 (土)

台風15号余波

 9月22日(日)のお昼頃、それは起こった。
 家屋のすぐ前の梅の太い枝が折れていたので、それを切ろうとして脚立を置き、電動のチェーンソーを持って脚立に上がった。アルミ製高さ1.8メートルくらいの一般的なものだ。ちょっとぐらぐらしたが、この程度なら大丈夫と、切ろうとしたとき来客があった。
 14日に来たときささやかながらお見舞いを差し上げた近所の方が、わざわざお返しを持って来て下さったのである。脚立から降り、庭の奧にいたうちの奥さんを呼んで、一緒にしばしおしゃべりの後、わたしは再び枝切りに取りかかった。
 先程ちょっとぐらぐらしていたので、脚立の位置を少しずらした。それでもまだ少しガタがあったが、面倒になって、これくらいならいつものこと、許容範囲とした。
 ところが、いざ枝を切ろうとしてチェーンソーのスイッチを入れ、切り始めたところ、脚立がグラッと揺れて、わたしは仰向けに放り出された。
 わ、チェーンソーを離さないと危ない! と思ったときチェーンソーが遠くへ飛んでいくのが見え、これなら大丈夫! と考えた瞬間、わたしは右肩から地面に激突した。グシャ、肩がつぶれた、と思った。
 「大丈夫!」とうちの奥さんと長男が駆け寄って来るが、しばらくは息が詰まって声も出ない。ややおいて、「大丈夫」と答えるが、そのままでは起き上がれず、小さい脚立を脇に持って来てもらい、それに左手ですがってなんとか上半身を起こした。幸い頭は打っ てない。肩は痛い、右腕を持ち上げることはできないが、手の指はちゃんと動く。神経はつながっている。首も大丈夫。肩だけで済んだようだ。

 長男が一緒に来ていなければ、奧さんは車の運転ができないので救急車を呼ぶしかなかったところだが、世間を騒がせずに病院へ行こうと、奧さんと長男に、今日診てくれる病院を電話で探してもらう。今日は日曜日で明日は祝日だ。横浜と違って、医療機関の数は少ない。携帯電話が回復していてよかった。前回のように「圏外」だと救急車も呼べなかった。
 南房総市役所で「館山病院」を教えられて、長男の運転で館山市へ向かう。電話では、専門の医師はいないけれどそれでよければとのことだったが、ほとんど選択の余地はない。
 館山城に近いところで、着いてみるとそこそこ大きな病院だった。ただ整形外科がない。リハビリテーション科があるので整形外科医がまるでいないわけではなく、日曜祝日にはいないということだろう。帰るときパンフレットを見ると、ここは徳州会の系列病院のようだった。
 診てくれた医師は、右肩の鎖骨のあたりがポッコリ突き出ているのを見て、鎖骨が折れているようだと言う。まずレントゲンを撮って、その後CTまで撮った。そのためいろんなポーズをとるのがつらかった。もうちょっと右へずらしてとか、回ってとか言われてもそのちょっとが痛い。肩はもちろんアバラに響いて息がつまるようだった。
 撮影後の医師の話は、やはり鎖骨が折れている、肋骨も何カ所か亀裂骨折をしているようだ。ただ専門ではないので、横浜へ帰るならそちらの整形外科で再度診てもらえ、診断によっては手術になるかもしれないということ。
 緊急に手術とか入院が必要というわけではなく、このままそっとしておいて、休み明けに整形外科にかかれというだけ。
 肩から背中に、サポーターというのかベルトというのか、背中でバッテンになるタスキのような装具を巻いて患部を固定し、後は痛み止めを出します、でおしまい。
 本当にこれでいいのか、専門の医師じゃないからちょっと不安になるが、こちらは大騒ぎで駆け込んできたけれど、ひょっとすると鎖骨骨折など医師の目から見れば、たいしたことではないのかもしれない。ともかくここではこれ以上のことはできないのだからと納得して
帰る。ありがとうございました。

 南無谷へ戻って、庭の後片付けや荷物を積んで、といって、わたしは当然何もできない。ひたすら奧さんと長男におまかせするのみ。わたしの不注意ご迷惑をかけて、まことに申しわけありませんでした。本当に、あのとき面倒がらずに脚立をきちんと安定させていればこんなことはなかった。馬鹿である。
 22日の夕方横浜の自宅着。この22日と23日がちょっとつらかった。痛むのと、これで本当にいいのか、少し不安だった。

 24日(火)、近所の整形外科へ行く。昔ぎっくり腰でかかって以来何かあるとお世話になっていて、現在は骨粗鬆症の治療で通院している。
  写りがよくないからとX線を撮り直しての診断は、鎖骨骨折と肋骨に三本くらいヒビが入っているようだとのことで、館山と変わらず。細かいヒビがどのくらいあるかは写真でもわからないそうだ。
 そしてこれなら手術は必要ないとのこと。写真を見ると折れた骨が上下に重なっているように見えるが、このまま固定しておけば骨が育ってくっつくのだという。外形が左とは少し変わるかもしれないというのは、現在肩の一部がほっこり盛り上がっているのがこのまま残るということだろうか。
 全治まで一か月半から二カ月。装具は館山のものをそのまま使用。痛み止めは館山での分が切れたら出す。電気療法(超音波療法:アクセラスという)がきくから、できれば毎日通院してやるように、ということで、
昨日一日放っておいたのも、特に問題はなかったらしい。「こんな状態で放っておいたから手術するしかない」とか言われるのが一番心配だった。やっぱり医師にとっては鎖骨骨折くらい、たいしたことではないようだ。ほとんど重症扱いされることはなかった。

 明日(10月6日(日))で怪我してから2週間になる。まだ右腕はちゃんとは使えないが、肩もアバラも少し痛みはやわらいだ。装具をつけたまま寝るので、寝返りが打てず、それが苦しくて夜中に目をさましてしまい少々睡眠不足気味で、昼間はテレビの前でうとうとしながらすごしている。朝から晩まで奧さんの世話になりっぱなしで、まことに申しわけありません。
 10月中の予定は全部キャンセルしたが、11月からは予定どおりに活動するつもりでいる。

 以上、台風15号余波、ちょっとした二次災害の話でした。

 

 


 

 

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2019年10月 3日 (木)

台風15号続き

     9月21日に南無谷へ、今回は三連休で休みの長男も一緒に、三人で南無谷へ出かけた。
 まず南無谷海岸の法華崎の様子を見に行ってた。
 「南無谷」の名前は、鎌倉時代に日蓮聖人がこの地から鎌倉目指して船出をしたことに由来すると言われており、航海の安全を祈って法華経を唱えたと言われているのが「法華崎」である。
 海岸に面して立てられた別荘がいくつも並ぶ場所で、見ると、その別荘群は大きな被害を受けていた。下のグーグルの航空写真のように、直接海からの風にさらされる場所である。

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 上の写真の下の方の二つの青い目印が、下の写真の二つの岩である。海側を雀島、陸側を船虫島という。下の写真では右側が雀島になる。(実は「船虫島」という名前は今回グーグルマップを見て初めて知った。そんなに船虫がウヨウヨしているという印象はないが)

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 これも何かおかしい。うまく比較できる写真が見つからなかったけれど、上の樹木がずいぶんさっぱりしているのだ。台風でかなりの木や枝が落ちてしまったものと思われた。台風は景観も変える。

 南無谷のわが家かようやく電気が来ていた。まずはよかった。
 まず折れた枝が庭中に散らばっているのを片づけ、伸び放題の雑草を草払い機で刈り、とりあえず庭の中を歩きやすくして、折れたままぶら下がっている枝の処理に取りかかった。
 折れた枝はチェンソーで切る。朴の木の大きな枝が折れていた。垣根の槙の木もそこら中で折れていた。
 倒れてもう復活の見込みはない木や、復活しなくてもいい木は根元から切ってしまう。グアバや松の木などだ。
 ほとんど倒れたと言っていいほど傾いたビワの木とレモンの木は、まず折れた枝を切ったが、重機でもないととても元のように起こすことはできない。幸い根っこは繋がっているので、傾いたまま上へ枝が伸びてくれることを期待しよう。地面に着いてしまった枝などは切り、整形した。青いレモンがたくさんとれた。

 22日の朝、山側の方の様子を見に行ってみた。
 わが家の前の赤道(あかみち:里道)は、倒木や倒れた電柱でふさがれたままになっている。車の通る道路は住民の動員で、とりあえず通れるように片づけたが、こういう道まではまだ手がまわらないということだ。

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 山の上神社は鳥居が傾いて、石灯籠の笠が落下していた。

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 川には倒木が落ち込んだまま。

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 このあたりの家のおばあさんに話を聞くと、母屋の方には電気が来たけれど、隣の作業場にしている建物にはまだ来てないのだという。ここは個別の配線の問題かもしれないが、山の方へ入れば入るほど電気の回復は遅かったようだ。

 ソテツを栽培している山へ行ってみると、

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 ソテツも、その上の木も根こそぎになっていた。

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 そこら中で、折れた木がぶら下がっていたり

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倒木がそのままだったりしている。千葉県中の山の中が、こんな状態だとすると、片づけるまでには相当の時間がかかりそうだ。この上さらに台風が来ると崩れてしまいそうな箇所もあちこちで見かけた。復興までは本当に大変だ。

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2019年9月19日 (木)

台風15号来たる

  台風15号が千葉県を直撃したのは2019年9月9日(月)の早朝。首都圏では電車が計画運休し交通機関が一日混乱したが、大規模な氾濫や崖崩れなどが起こったというニュースはなく、台風一過で、千葉県の停電、断水といった被害も少しずつ回復していくものと思っていた。
 南無谷のわが家も多少の被害―樹木の枝が折れたり倒れたり、屋根のトタン板が剥がれるくらい―は想像された。しかし停電や断水で大変なところへ行ってもできることは少ない。二,三日すれば落ち着くだろうから、様子を見てそのうちにと思っていた。
 ところが千葉県は大変なことになっているとだんだんわかってきた。ネットでの情報を見ると、大きく派手な被害こそ少ないが、広い地域で、電線や電柱、道ばたの樹木に膨大な数の被害が出ている。そしてそれらの集積がこれまでにない大規模なものになっていて、東京電力もちょっとやそっとでは対応できず、電気や水道がなかなか回復しないということらしい。
 9月13日に南無谷のわが家のちょっと奧にある家と電話が通じ、聞いてみると、水道は出ているが電気はまだ来ていないとのこと。

 友人たちと豊橋まで手筒花火見物の旅行の予定があったが、急遽不参加にしてもらって、9月14日(土)、うちの奥さんと一緒に南無谷の様子を見に行ってきた。
 久里浜からフェリーで金谷に着くと、金谷はまだ電気が来ておらず、まず国道へ出る信号がついていないのに、驚くというか、被災を実感した。信号機が停電した道を走るのは2011年の東日本大震災以来だ。あのときは横浜でも、計画停電で一部の地域の信号が止まった。
 鋸山の麓のトンネルも電灯なし。保田(ほた)のあたりを鋸南町(きょなんまち)というが、この数日はテレビで毎日「鋸南町では…」と被害状況を報告されている。テレビで何度も写されたブルーシートだらけの集落は、国道より海側へ入った場所のようだが、国道沿いの家々もブルーシートの屋根が目立つ。きちんとした屋根瓦の母屋はブルーシート、倉庫のような建物は損壊、倒壊というパターンが多い。
 南無谷のある南房総市も、今回は連日テレビで「南房総市では…」と実況されている。鋸南町や南房総市がこんなに有名になる日が来るとは思わなかった。南無谷地区へ入るとまず道端の温室のビニールが派手に剥がれているのが見え、ブルーシートもあちこちに見えた。
 そしていよいよ南無谷のわが家。

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   写真では草ぼうぼうで何がどうなっているのかよくわからないけれど、何とか家が建っているのはわかる。
 庭木はそこら中で傾いたり、枝が折れたりしてそこら中に散らばっているので、見苦しいことこの上ないが、ともかく母屋は大丈夫。
 ただ以前から剥がれかかっていた ひさしの裏のベニヤ板は、今回きっちり剥がれたようだ。

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 中へ入って確認すると、水道は出たが、電気はまだ来ていない。携帯電話は圏外になっている。
 ずっとブルーシートの屋根を見ながら来たので、屋根がどうなっているか一番心配だった。何年か前の大風の時には、屋根のトタン板が少し飛ばされてしまい、近所の大工さんに直してもらった。 修理のとき大工さんは、全体を点検して怪しいところは釘を打ち直しておいた、と言ってくれた。
 それがよかったのだろう。一階の屋根にはしごをのせて二階の屋根をのぞいてみると、写真のとおり大丈夫だった。
 奧のブルーシートの屋根は、ちょうどその大工さんの家の二階で、ちょっと悪いような気もした。

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 一階の居間の天井には雨漏りのシミが出てたが、たいしたことはない。二階のベランダの際(きわ)あたりから水が入ったようだ。

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 ベランダは棚が倒れ椅子が吹き飛び、ぐちゃぐちゃだが、これもたいしたことはない。

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 庭はかなりひどいが、もうしょうがない。これはデイゴの木。真ん中で好き勝手に枝を伸ばしていたのがこの有様。

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 苗木で買ってきて、今や収穫の中心にまで育てたビワの木も、こんなに傾いてしまった。根こそぎにならなかったのが幸いというところ。

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 これもやっぱり苗木から育てた松。屋根より高くなったのに。

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 わたしの手づくりのキウィの棚は見事に倒壊。「わたしの手づくり」が主な原因だろう。

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 わが家はなんとかこの程度でよかったというところなので、入口のあたりだけ片づけてから、ご近所を訪問して、お見舞いかたがた、話を聞かせてもらった。

 お隣は台風の時、ベランダから居間に水が流れ込んで水浸しになってしまい、大変だったとのこと。そして、なんと昨日の夜8時頃にようやく電気が来たという。隣まで来たのに、わが家はまだなのか。
 次に奧の大工さんのところへ行ってみると、こちらはまだ電気は来ていない。
 昨日(13日)電話をしたところ、お隣には通じなかったけれど、大工さんの家には通じた。電気と電話は別々に少しずつ復旧しつつあるということらしい。
 この後国道沿いの豆腐屋さんと魚屋さんでも聞いてみると、どうも国道沿いの地区には昨日電気が来たけれど、それより奧はまだということだ。実際に生活していて、隣はOK、自宅はダメという状態が長期間続くと、かなり腹立たしくなってきそうだ。少しずつ復旧させるしかないのだろうけれど、東電にはどうかがんばっていただきたい。
 大工さんは、もう歳なので最近引退されたのだけれど、この台風で、あちこちから屋根の修理やブルーシートかけを頼まれて、連日朝から飛び回っているとのこと。歳をとっても役に立つ人は役に立つ。頭が下がる。 身体に気をつけて、なんとかもうしばらくがんばってください。

 後は、いつも世話になっているビワ農園を訪れて話を聞き、町の風景をざっと見てきた。よそ様の家の被害状況の写真は撮りにくいので、南房総市富浦町のシンボルである道の駅「枇杷倶楽部」の屋根の写真だけ撮ってきた。緑の屋根が剥がれて、天辺の尖塔が歪んでいた。

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 停電ではしょうがないので、とりあえず日帰りで帰った。近いうちに樹木の片づけに行かねばならない。

 台風から10日たった今日(19日)の18:14現在で、千葉県では今なお約27,600軒が、そのうち南房総市は約2,800軒となっている。(東電のHPより)
 台風15号の被害からの早期の復旧・復興を心から願います。

 

<おまけ>

 台風とは関係ないが、二階の屋根の切妻部分にある明かり取りの窓の外枠にスズメバチが巣を作っていた。大きさは握りこぶしくらい。
 ここに作られたのは初めてだ。二階の屋根をのぞいてみようとしなかければ発見できなかった。次に行ったら、これも片づけなければいけない。

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2019年8月28日 (水)

JB77 英語のジョーク7

227 英語はジョークで身につける

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    (書名) 英語はジョークで身につける

      (著者) 酒井一郎
      (出版者)河出書房新社
      (形状) 四六判ソフトカバー
      (頁数) 174
      (出版年)2004/02/05

・ジョークを英語学習の教材にした本。負担感がなくラクに頭に入るようにと、和訳を先に読んでから英文を読むようになっている。たしかにすらすら読める。英語もそんなに難しくない。レイアウトもゆったりしているので、どんどん先へ進んで行けるのは気持ちがいい。

・集められたジョークに、あまり目新しいものはない。英語、ジョークともに入門書と考えればいい。

リチャード・ニクソン
 リチャード・ニクソンは、しばしば自分は神だと思っていた。
 リチャード・ニクソンと神との違いは何か?
 神は一度も自分のことをリチャード・ニクソンだと思ったことはない。(p66)

Richard Nixon
 Richard Nixon often thought he was a God.
What's the difference between Richard Nixon and God?
Agod never thinks he is Richard Nixon.

 

・たしかに昔こういうのがありました。英語のダジャレです。しかし最近の若い人にはわからない? 今やビートルズを知らない若者もけっこういるそうです。

”When John Lenon was killed, do you know what Yoko said?"

 ”Oh, No!”(p109)

 

「ジョン・レノンが殺されたとき、ヨーコは何といったか知っているかい?」

「オーノー(小野)」(p108)

 

 

 

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2019年8月20日 (火)

千の風になって

漢詩のなぞなぞ 22 千の風になって

 「千の風になって」という歌があります。死んだ後わたしはお墓の中にはいません。千の風になって大きな空を吹き渡っています、という歌です。
 漢詩人の中に、死後、この歌のとおり空を吹き渡って海を越え、はるばる日本までやってきて、ある歴史上有名な人物に生まれ変わったという人がいます。
 さてその歴史上の日本人とは誰で、もとの漢詩人とは誰でしょう。

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 答  千利休と陸游 (千の陸游(りくゆう))

 これは「陸羽(りくう)」でも正解としましょう。唐代の文筆家の陸羽は『茶経』を著し、岡倉天心が「茶道の鼻祖」と言ったそうですから、こちらの方が利休にはふさわしいかもしれません、

 南宋の陸游は、北の金に対する徹底抗戦、主戦論を称えた憂国詩人であった一方、故郷の風物を歌う叙情詩人でもあったそうです。一万首と言われる作品の中に、お茶を詠み込んだ詩もたくさんあるようです。

 临安春雨初霁    臨安にて春雨初めて霽(は)る  陸游 

世味年來薄似紗  世味(せいみ)年来 薄きこと紗(さ)に似たり
誰令騎馬客京華  誰か馬に騎りて京華に客たらしむ
小樓一夜聽春雨  小楼 一夜 春雨を聴き
深巷明朝賣杏花  深巷 明朝 杏花を売る
矮紙斜行閒作草  矮紙斜行 閒(かん)に草(そう)を作(な)し
晴窗細乳戲分茶  晴窓 細乳 戯れに茶を分かつ
素衣莫起風塵嘆  素衣 起こす莫れ 風塵の嘆
猶及清明可到家  猶お晴明に及んで家に到る可(ベ)けん

  陸游

 

 

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2019年8月 9日 (金)

JB76 ジョークあれこれ4

226 詭弁のジョーク術

   (書名) 詭弁のジョーク術
         賢人たちの実例集
      (著者)  三浦 竜
    (出版者) KKベストセラーズ"
      (形状)   文庫(ワニ文庫)
      (頁数)    239
      (出版年) 1991/02/05

・「説得、弁解、反論に役立つ――詭弁のジョーク術」という長いタイトルで、さらに賢人たちの実例集」というサブタイトルがついている。


・一番最初の小見出しが「ドゴールは遅刻常習の大臣をどう叱ったか」で、閣議に遅刻した言い訳をする大臣にドゴールは「おやめなさい。あなたが閣議に間に合うか、遅れるかは、まったくどうでもいいことなんですから」と言った、と書いてある。
 これはジョークじゃなくて単なる叱責のような気もするが、有名人のこんなエピソードがとことどころに書いてあって、説得や弁解などに役立つという構成になっているが、もともとがジョークの本なので、そんな役には立ちそうもない。

・『赤壁賦(せきへきのふ)』で有名な中国の北宋の詩人蘇軾(そしょく)(蘇東坡(そとうば))のところに、ある日、男がやってきて自作の詩の批評を乞うた。男が詩を読み終わると、蘇軾は一言、
「100点!」
 これに喜んだ男がよせばいいのに100点の理由を聞くと、蘇軾は平然と答えた。
「キミの声が70点で、残りの30点がキミの詩だよ」(p60)

・あるとき、フランスの作家デュマ(小デュマ)のところに、戯曲を2本持参して批評を乞いにきた劇作家がいた。
 デュマが、その中の1本を受け取ってさっと読むと、こう言った。
「もう一つの方がいいね」
「え? でも、こっちはまだお読みになってないじゃありませんか」
「いや、これよりひどい作品はないはずだよ」(p61)

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2019年3月 9日 (土)

勝負に生きる李白

漢詩のなぞなぞ21  勝負に生きる李白
 李白が大酒飲みだったことは有名ですが、それに加えて勝負事も好きだったことは、あまり知られていません。
  博打にのめり込んでいた頃、いくら負けが込んでも、もう一回ツキがまわってきさえすれば! という勝負哲学を詠んだ有名な句があります。さてなんという句でしょう?

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答 丁半、いっぺんのツキ!

 この詩のもとの題は「四か五か?」と言うそうです。

 子夜呉歌   李白

長安一片月   長安一片の月Photo
萬戸擣衣声   萬戸衣を擣(う)つの聲
秋風吹不尽   秋風吹いて尽きず
総是玉関情   総て是れ玉関の情
何日平胡虜   何れの日にか胡虜を平らげて
良人罷遠征   良人遠征を罷めん

 

 

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2019年2月24日 (日)

嗚呼稀勢の里

漢詩のなぞなぞ 20  嗚呼稀勢の里
 
 平成31年(2019)初場所、初日から三連敗した稀勢の里は、翌四日目の朝、親方に引退を申し出ました。稀勢の里は、決心するまでの間、李白の詩の一節を、何度も何度もつぶやいていました。さて、何とつぶやいていたでしょう?
 

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答 一敗、一敗、復た一敗(一杯、一杯、復一杯)

 

山中與幽人對酌    山中にて幽人と対酌す 李白

 兩人對酌山花開  両人対酌して山花開く
一杯一杯復一杯  一杯一杯復た一杯
我醉欲眠卿且去  我酔うて眠らんと欲す卿(きみ)且(しばら)く去れ
明朝有意抱琴來  明朝意あらば琴を抱いて来たれ

 李白は酒飲みで、杜甫から「李白一斗詩百篇」と歌われたほどでした。江戸川柳には、これを受けて「李太白一合宛に詩をつくり」という九があります。(太白は字(あざな)で、一斗で百なら一合でひとつできるという計算です。) 

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2019年2月20日 (水)

来るものは拒まず

漢詩のなぞなぞ19 来るものは拒まず

 有名な漢詩人になると、あちこちから詩を書いてくれ、書を書いてくれと頼まれます。しかしさすがにプライドの高い人が多くて、そう簡単には引き受けてくれませんでした。いくら大金を積まれても、気分が乗らないと絶対書かないという人もいたそうです。
 そんな中で、どんなに少額でもとにかくお礼さえすれば、気軽に引き受けてくれるという詩人がいました。さて、誰でしょう?

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答 謝霊運 (しゃれい、うん!)

 謝霊運というのは南朝の宋の大貴族の出身で、金持ちのわがまま坊ちゃん育ち、激しやすい人だったそうです。不満が多く、常識はずれの行動をして、最後は死刑にされたといいますから、お礼さえすればなんでも「うん!」と聞いてくれたというのは、ひょっとすると間違いかもしれません。
 山水詩の元祖のような人で、山登り用の下駄を発明したという話もあります。
 こちらの話は本当のようで、李白の詩にも「謝公屐(しゃこうげき)」を履いて山に登るという場面があります。「謝公屐」を中国の百度百科でひくと、下記のように、書いてあります。
 謝霊運(谢灵运)が登山のときに履いた木靴の一種で、底に二つの歯があって、上りのときには前の歯をとり、下りのときには後ろの歯をとる、ということです。

谢公屐,汉语词语,读音为xiè gōng jī,指谢灵运(385~433)登山时穿的一种木鞋。鞋底安有两个木齿,上山去其前齿,下山去其后齿,便于走山路。

 

 

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