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2007年9月

2007年9月29日 (土)

本のジョーク

 最近、早坂隆『世界の日本人ジョーク集』(中公新書ラクレ)がヒットして、書店の店頭にジョークに関する本が少し出回るようになりました。

 昔からジョークの本が好きでけっこう読んできたのですが、日本の宴会では、オヤジのダジャレや下ネタ話が横行して、なかなか気の利いたジョークを楽しむ機会がありません。そのうちせっかくのジョークも忘れてしまいます。そこで、とりあえず本に関するジョークをいくつか紹介します。

 なむや文庫には、ジョークの本も少し置いていますので、どうぞご利用ください。

稀覯本

 稀覯本の蒐集に凝っている男がいた。四六時中考えるのは本のことばかり、友人たちを古書と掘り出しものの話でうんざりさせて少しも反省の色がない。友人たちもしまいに我慢がならなくなってきて、とうとう、ちょっとばかり蒐集狂をこらしめることにした。
 友人たちは、若い俳優と相談し、筋書きをこしらえ、蒐集狂を昼食に招いた。昼食が始まるか始まらないかのうちに、予期したとおり、蒐集狂はたちまち古書の話を始めた。
「それですよ、あの古本。あんな役立たずな代物はありませんよ。ぼくは我慢がなりませんね」と共謀している役者は口をはさんだ。「かびくさいし、陰気で、たまったものじゃありません。実は、このまえも、うちにあった古いドイツ語の聖書を捨ててしまったところです。とにかく古いもんで、もう大昔からわが家に伝わっていたものなんです。ものが聖書だけに捨てきれなかったんですな!そのかびくさかったことといったら!」
「どこの印刷でした?」とマニアは膝をのりだした。
「さあ、よく覚えてませんが、グーテン何とかって名のドイツ人がつくったものらしかったですよ」
 マニアは、ポトリと手に持っていたフォークとナイフを膝の上に落とした。
「ま、まさか、グ、グ、グーテンベルグじゃないだろうね」
「ああ、それだ。グーテンベルグです」
「そりゃ、大変だ。ええ、きみ、大変なことをしてくれた。きみが捨てた本の値打はひと財産は優にあるんだ。さあ、すぐに拾いに行こう、こうしちゃいられないんだ」
「いや、だめです。そんなはずはありません」と役者は平然と言った。
「どういうことだ、それは?」とマニアは金切声に近い声で叫んだ。「なにを言ってる、ひと財産どころか、歴史的……さあ、早く、そんなトリの唐揚げなんか食っているときじゃないんだぞ」
「いや、あの本は何の値打もないですよ。だってぼくはたしかめたんです」と役者は言い張った。
「本の中にびっしりと書き込みがしてありましてね、だめなんです。そう、ルッターなにがしとか、そうだ、マルチン・ルッターという男が、余白なんか全然見えないほどなにか書き込んでしまってるんですよ……」
(植松黎編・訳『ポケット・ジョーク5』p116)

夫婦の会話

 カトリックの総本山ヴァチカンの図書館には、いろいろめずらしい本が展覧されている。その中に、二冊のバイブルが並べて置いてある。一冊は厚さが六十センチもある大冊で、もう一冊は、タテ、ヨコ三センチ足らずの豆本である。
 見学者たちをこの二冊の本のところに案内して来ると、ガイドはこう説明する。
「こちらの大冊の方には、イブがアダムに言ったことがすべて記録されています。そして、この豆本の方は、アダムがイブに言ったことが全部入っています……」

(植松黎編・訳『ポケット・ジョーク2』p130)

大誤植

 ある東大教授が本の編者をひきうけた。が、仕事はなかなかはかどらず、出版は大幅に遅れてしまった。
 そこで彼は、あとがきに、
<やむを得ぬ事情により出版が遅れたことをお詫び致します>
 と書いたのだが、できてきた本を見ると、なんと「事情」が上下逆に印刷されているのだった。

(『とっておきのいい話』文春文庫、p84)

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2007年9月27日 (木)

芙蓉が咲いた

 9月は、台風の前に南無谷へ行ったきりで、先日のお彼岸の連休まで間があいてしまいました。3週間ぶりに行ってみると、門の前には枯葉が堆積しており、庭にはどこからか飛んできた屋根葺きの銅板や、その下敷きの黒い紙など、いろんなものが散らかっていました。

 一番大きな被害は、庭の奥にあるタブノキの枝が一本、裂けて落ちていたこと。直径十五センチくらいもある太い枝が、葉蘭の茂みに落ちていました。何もないところでよかった。

 芙蓉が色鮮やかに咲いていました。

Photo

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2007年9月25日 (火)

古典的漢字の覚え方

 前回(「声に出して覚える漢字」)で紹介したフォントハウスのページには、「巳、已、己」の他にも次のとおり、漢字の覚え方の表があります。

○壽の書き方
 「士(サムライ)が笛(フエ)を吹くフエの長さは一吋」
  しかし当用漢字で「寿」に略されたので,特殊な字体にだけ残ります。例:儔・檮
○戌・戊の覚え方
  「イヌ(戌)にボウ有り,ボウ(戊)にボウ無し」
○爪・瓜の覚え方
  「ツメ(爪)にツメ無く,ウリ(瓜)にツメ有り」
○于・干の覚え方
   「ウ(于)カン(干)はね,ぼう」
○亨・享の覚え方
  「トオル(亨)は通らず,通るはキョウ(享)」
  亨(とおる)は人名漢字、享(キョウ・うける)は常用漢字
○十戎・廿戒の覚え方
    「十(じゅう)ジュウ(戎),廿(にじゅう)カイ(戒)」
○識・職・織・幟の読み方
    「言うはシキ(識),耳シヨク(職)なれば,糸はオル(織)巾偏こそはハタジルシなれ」

 これこそが、わたしが期待していた「声に出して覚える漢字の本」の内容なのですが、さすがにこれだけでは本になりません。
 他のホームページからも漢字の覚え方を拾ってみることにします。

 いくつかのホームページで言及されていて、この手の漢字の覚え方で、もっともポピュラーなのは、どうやら「戀」と「櫻」のようです。皆さんもご存じでしょう。

「糸し糸しと言う心(いとしいとしというこころ)が戀」
「二貝の女が木にかかる(二階の女が気に掛かる)が櫻」
 これは、小学校だか中学校のとき、中年のオヤジ教師から教えられました。どうだ面白いだろうと教えてくれたのですが、旧漢字なのでピンとこなかったからでしょうか、わたしにはちっとも面白くありませんでした。

「努力の努は、女の又に力」
 これも昔から伝えられている有名な覚え方です。もう陳腐な感じがしますが、上のふたつと合わせてポピュラー御三家というところでしょうか。

 大修館書店のホームページには、この「戀」と「櫻」について、「寅さんの漢字講義」と題するコラムがありました。

先日、寅さんこと渥美清さんの7回忌のニュースが流れました。もうそんなにもなるのかと思われた方も多いのではないでしょうか。
 その寅さんが、漢字に関する講義を披露していたことをご存じでしょうか。
 「男はつらいよ」の第1作、妹のさくらのお見合いのシーンです。さくらの名前が戸籍上では「櫻」(=桜)と書くことが話題となったとき、寅さんはこう言います。「この『櫻』って字がね、おもしろうござんしてね。木偏に貝2つでしょ。それに女ですからね。『二階(貝)の女が気(木)にかかる』って、こう読めるんですよ。」これに相手方のお父さんが大感心。図に乗った寅さんは、つづいて「漢字ってのはおもしろうござんすね。」と前置きして、尸(しかばね)の部首に属する字にまつわるちょっとお下品な漢字講義をぶちかましてしまい、一気に株を下げるのですが、そこのところは、気になる方はビデオでお楽しみください。
 この「二階の女が木にかかる」というのは、「いと(糸)し、いと(糸)し、と言う心」(戀=恋)などとともに、昔は都々逸などにも歌われて、ずいぶんとはやった漢字の覚え方のようです。しかし、「櫻」も「戀」も旧字体。戦後の漢字改革については賛否両論ありますが、新字体を採用したことで、こういう文化が失われてしまったのは確かかもしれません。http://www.taishukan.co.jp/item/sinica/maimag_sample.html

 昔、わたしが中学生だった頃の小林旭の映画、渡り鳥シリーズの主題歌にも「旭のノーチヨサン節」というのがあって「恋という字はヤッコラヤノヤ、分析すればノーチヨサン、いとしいとしと言う心」と歌っていたのを思い出す。ここでまた新たな疑問がひとつ。「ノーチヨサン」っていったい何だ?「のう千代さん?」
 上の寅さんの尸(しかばね)の部首に属する漢字講義というのはわかりますね。尸の中に水または米が入ります。

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2007年9月22日 (土)

『大衆の反逆』

 最近、機会あって、オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』(ちくま学芸文庫)を読んだ。
 この本は、もう40年近く前、まだ学生だったとき角川文庫版で読んでいるのだが、よくわからなかった、おもしろくなかった記憶だけがある。ところが今回読み直してみると、とてもおもしろいのに驚いた。

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 オルテガは、社会は少数者と大衆のダイナミックな統一体で、「少数者とは、特別の資質をそなえた個人もしくは個人の集団であり、大衆とは、特別の資質をもっていない人々の総体である。(前掲書P15)」という。
 この少数者の努力によって築き上げられたデモクラシー社会は、デモクラシー浸透の結果、社会を統治することなど及びもつかない大衆が「慢心しきったお坊ちゃん」として社会的権力の座を占めるという状況を生んでしまった。これが「大衆の反逆」である。

 当時の大衆は、公の問題に関しては、政治家という少数者の方が、そのありとあらゆる欠点や欠陥にもかかわらず、結局は自分たちよりいくらかはよく知っていると考えていたのである。ところが今日では、大衆は、彼らが喫茶店での話題からえた結論を実社会に強制し、それに法の力を与える権利を持っていると信じているのである。わたしは、多数者が今日ほど直接的に支配権をふるうにいたった時代は、歴史上にかつてなかったのではないかと思う。(前掲書P21)

 なんとこれは、ちょっと前の小泉人気とか、最近の参議院選挙での自民党の大敗とか、あるいはわたしがテレビのニュースを見ながら「朝青龍は引退しろ!」「安倍は無責任だ!」とか叫んでいる状況のことではないか。これならよくわかる。

 まだある。

  •  たとえば、勝負ごとやスポーツを人生の主要な仕事にしたがる傾向とか、自分の肉体への関心──衛生や美しい衣服への関心──とか、女性との関係におけるロマンティシズムの欠如とか、知識人を楽しみの相手にしておきながら、心の底では知識人を尊敬せず、召使や警吏に彼らを鞭打つように命ずるとか、自由な議論よりも絶対的な権威ののもとでの生活を好む、等々といったことである。(同P141)

 これは今の日本の話ではないか、とても1930年のスペインこととは思えない。「召使」には「マスコミ」をあてはめればいい。

 どうしてこの本がわからなかったのか。
 ひとつは、わたしが世間をよく知らなかったせいだろう。世の人々が何を考え、どう感じているのか、よくわからず、これが大衆だと言われても理解できなかった。
 もうひとつは、オルテガの「選ばれた少数者」という考え方に反発したことにあるように思われる。

「特にわたしは、周知のごとく、歴史に対する根本的な貴族主義的な解釈の支持者であるからなおさらのことである。」(同P24)

 しかし、これは訳者解説にあるように、血統上の貴族の話ではない。

  •  この場合の少数者と大衆の別は、いわゆる上層階級と一般大衆というような社会階級的区別ではなく、質的なものであって、少数者とは優れた資質をもつとともに自らに多くの要求を課し、すすんで困難と義務を負い、常に前進しようとする人々──つまり、オルテガの言う「真の貴族」──であり、大衆とは、自分に対して特別の要求をもたない人々、生きるということが現在の自分の繰り返し以外のなにものでもなく、自己完成への努力を自ら進んではしようとしない人々のことである。」(同p297)

 落ち着いて読めば理解できない話ではないのに、若いわたしは、これは大衆蔑視のエリート主義だと反発したように思われる。単純だったのだ、嗚呼。

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2007年9月17日 (月)

声に出して覚える漢字

 以前、友人たち相手に書いた「声に出して覚える漢字」を少しずつ修正しながら書いてみます。

 『声に出して読みたい日本語』(齋藤孝、草思社、2001)と言う本が評判になったころ、店頭で手にとってみました。要するに「名文集」で、どうしてこんなものが当たるのかよくわからない。その場で声に出して読んでみるところまでやってみたわけではないけれど、特に新しい工夫があるとも思えない。これが当たるなら、柳の下のドジョウ本がいくらでも出てくるだろう、俺にだって作れるぞ、と思いました。
 俺にだって作れると言っても、実際に以前からこんな本を作ろうと思っていたわけではないし、思いついたところでわたしの名前で本を出してくれるところはありません。コロンブスの卵で、最初にやった人がえらい。この本以来、日本語本のちょっとしたブームになったから、齋藤孝はえらかった。

 『声に出して…』は、日本語をより深く味わうために、美しい日本語のために、声に出して読んでみよう、ということのようですが、この本に収められた文章のいくつかは、わたしも読んだことがあり、調子の良さからなんとなく覚えているものもあります。
 歳をとるにつれて記憶力が衰えてきましたが、名文に限らず、若い頃に口調よく覚えた文章や、語呂合わせで覚えた知識は意外に記憶に残っていて、変なところで役立ったりしています。

 だから「声に出すこと」が売れたポイントだとすれば、続くブームの中できっと、「声に出して覚える漢字あるいは知識」、というような本が出るにちがいないと推測しました。
 「瓜に爪アリ、爪に爪なし(うりにつめあり、つめにつめなし)」で「瓜」と「爪」の漢字の違いを覚える、あるいは「西向くさむらい小の月」で大の月、小の月を覚える、というやつです。こんなのもありましたね。
 水金地火木土天海冥(すいきんちかもくどてんかいめい)
 キロキロとヘクト、デカけたメートルがデシをとられてセンチミリミリ
 いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府

 そう推測したのは、わたしの永年の疑問のひとつが解決できるかもしれないという願望があったせいもあります。
 それは何かというと、「巳、已、己」の三つの漢字の覚え方です。わたしはこれを
「すで(已)半ば、おのれ(己)は いでず、巳(み)は………」
という文句で覚えました。この「巳は…」の後には当然それなりの文章があったのですが、少し難しかったのか、ちゃんと覚えていないのです。まあ二つだけ覚えておけば、くっついているのが「巳」だからこれでいいやと、若いときにずぼらな覚え方をしてしまったのです。
「すで(已)半ば、おのれ(己)は いでず、巳(み)はくっついた。」
 多少語呂が悪くても、これでいいことにしたのですが、これがいけなかった。人の名前でときどき直巳、直己、克己、博巳なんぞという字を見ると、「さてあの下の句はなんだっけ」と疑問を思い出してしまうのです。

 だから、「声に出して」ブームなら、どこかでそんな本が出て、疑問が解決できるのではと、本屋の店頭で柳の下のドジョウ本をあれこれのぞいてみましたが、そういう本はいまだに出てきません。年号など受験勉強用の記憶本は今も参考書売場にあるようですが、日本語ブームとはいえ、そんな呪文集みたいな本が売れるわけはないということでしょうか。解答は見つかりません。

 そこで、あらためてインターネットで調べてみました。ヤフーで「漢字の覚え方」を検索してみると、大半は小学校の先生や学習塾の先生などの、偏や旁の意味を教えて同じ仲間の字であることを理解させて…などという正統派の教育ページで、わたしの探しているものとはちがいます。しかし、とうとう「巳、已、己」の出てくるページを見つけました。
 フォントハウス(おそらくフォントを作っている会社でしょう)というところのページ(http://www.apricoweb.ne.jp/museum/fonthouse/tips51.html)(※07/09/17現在このページはありません)には、さがしていた「巳・已・己」について、次のように書いてありました。

巳・已・己の覚え方
 「ミ(巳)は上に,スデニ(已)半ばと思えども,オノレ(己)は下と思え世の中」
巳・已・己の読み方
 「ミ(巳)シ(巳)は上,ヤ(已)むイ(已)はスデ(已)に半ばなり,オノレ(己)ツチノト(己)コ(己)キ(己)下につく」

 なんと字の形と意味、読み方の違いまで覚えられます。
 しかしわたしの記憶とは少し違います。ズバリ正解、疑問氷解とはいかず、「オノレ(己)は下と思え世の中」と人生訓まで加わって、いっそう複雑になって、さらに覚えにくくなってしまいました。うーん。
 どなたか、わたしの疑問の下の句をご存じでしたらどうか教えてください

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2007年9月11日 (火)

本が好き、悪口聞くのはもっと好き

■ インターネット古本屋なむや文庫 店主 窮居堂のブログです ■

 どんな本が好きか書いてみようかと思って、まず浮かんだのが『本が好き、悪口言うのはもっと好き』という高島俊男のエッセイ集の題名。
 高島俊男は、ベストセラー『漢字と日本人』(文春新書)の著者で、週刊文春に連載していたエッセイ『お言葉ですが…』のシリーズは11巻まで出ています。(この連載は昨年打ち切りになってしまったのですが、草思社のWeb上で「新・お言葉ですが…」http://web.soshisha.com/archives/word/index.php がはじまったのを知って、やれうれしやと思ったら、現在は「筆者現在心神状態甚だ不振につき、この連載しばらくお休みさせていただきます。」とのこと。残念。)
 大新聞、大出版社、大学教授等々、世の権威を物ともせず(というか世の権威を中心に)、典拠や参考文献を明らかにして、用字用語の間違いを、辛辣かつ徹底的に叩くところが大好きです。文章はわかりやすいし、ユーモラスでもあり、「おもしろくてためになる」とおすすめできます。
 日本では、目下の者を名前で呼ぶことはあっても、目上の人を名前で呼ぶことはけっしてなかった、という話では、NHKの大河ドラマ「吉宗」の予告編で、吉宗自身が「この吉宗が…」と怒鳴っていたが、将軍が臣下の者に対して自分の名前など言うものか、
「例えば河野洋平外務大臣が部下の役人に「洋平が言いつけた通りになぜしないのだ!」と言うものかどうか、考えたらわかりそうなものだ。」
と書いています。(『お言葉ですが…』「美智子さま雅子さま」、文春文庫)
 これには思い切り笑いました。この頃、なにかで河野外務大臣が週刊誌の話題になっていたのでしょうが、あの役者のような顔で「この洋平が…」と言っているシーンを想像してしまいました。

 世の権威を辛辣にやっつけるということでは、谷沢永一や『風の書評』の百目鬼恭三郎も好きでした。本の中でも、実証を積み重ねながら、権威をじわじわやっつけていくこういう傾向の本を読むのが痛快、ということになります。
 しかしこれには、世の権威をやっかんでいるだけじゃないのか、自分がなんの権威にもなれなかったことの裏返しじゃないのか、という声も自分の中から聞こえてきます。

 まあでも、おもしろいものはおもしろい。高島俊男の本は読み出したらやめられません。本が好き、悪口聞くのはもっと好き…

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2007年9月 3日 (月)

窮居堂、鳩居堂

 ■ インターネット古本屋なむや文庫 店主 窮居堂のブログです ■

 「窮々自適」の生活だからわたしの号は「窮居堂」と決めました。これはむろん「鳩居堂」のもじりです。

 鳩居堂といえば銀座の店の前の土地が日本一高いことで有名です。たいていの人は、毎年の路線価報道で名前を聞いてはいるが、どんな店なのかはよく知らないのではないでしょうか。少なくともわたしはそうでした。
 だから銀座の店という印象が強いのですが、鳩居堂のホームページ(http://www.kyukyodo.co.jp/index.htm)をみると、京都が発祥の地で、平家物語の一の谷合戦で有名な熊谷直実の末裔、1663年の創業、屋号の鳩居堂は儒学者・室鳩巣の命名によるとあります。
 たいへん由緒正しい店で、横浜の支店で便箋を買ったことがあるくらいのわたしが、軽々に「キュウキョドウ」を名乗っていいのかという気もしますが、まあ間違える人もいないでしょうし、競合することもありませんから、いいことにします。

 もう一つ、これは福沢諭吉の『福翁自伝』を読んでいて知ったのですが、幕末に村田蔵六(後の大村益次郎)が江戸で開いた蘭学塾が「鳩居堂」だったそうです。

 インターネットで検索してみたら、
 「大村益次郎永敏(文政7年至明治2年)こと村田蔵六良庵32才安政3年11月江戸麹町新道一番町千鳥ヶ淵近傍幕府御家人篠山某家屋敷買受け蘭学私塾鳩居堂開塾」
というのが出てきました。(http://ci.nii.ac.jp/naid/110002881308/en/
(大島進「鳩居堂村田藏六による蘭語BERIGTENの譯述語「情貌ヲ報告」と其簡約語「情報」」)

 古本屋の名前も、はじめは「書肆窮居堂」とか「古書窮居堂」にすると、いかめしそうでいいかとも思ったのですが、この案は、うちの奥さんから「商売をしようというのに、はじめから「窮」なんて名前をつけてどうするの!」と一喝されて消えました。

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