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2007年11月 1日 (木)

白川静

 懸案の「巳己已巳」の謎について、大学の同窓生で、大学の先生をしている友人から次のようなメールをもらいました。ありがとうございます。

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手元にある白川静著の『字通』をひも解いてみますと、イと読ませるのは、中で離れるやつで、字訓として、「はなはだ、やむ、すでに」とあり、コとキと読ませるやつは、みな離れる字で、字訓は「おのれ、つちのと」です。そしてすべてくっつくやつが、シと読ませ、字訓は「やむ、ああ、み」となっています。これは象形では、蛇の形だそうです。ただし説文解字でも、中で離れるやつで、「やむなり」と読ませ、ついでにすべてくっつくやつで「すでに」とも読ませています。そして、中で離れるやつと、すべてくっつくやつとが、「古くは区別が明らかでない」と注釈されています。金文では区別されていないということです。日本で盛んに使われたのが、説文解字であれば、この本家本元にすでに混乱があるのですから、江戸期の漢学者の解釈に混乱が生じたのもやむをえないのかなとも思われました。
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 白川静の『字通』が手元にあるというのはさすが大学の先生ですね。わが家にあるのは藤堂明保の『学研漢和辞典』、定価4,400円、『字通』は2万円超。ケチな話はおいといて、少し解説をさせてもらいます。

 白川静について、インターネットに次のような紹介があります。

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 人物紹介
立命館大学名誉教授。明治43年、福井に生まれる。働きながら夜間の立命館大学専門部国漢科に通う。立命館中学教諭を経た後、立命館大学法文学部漢文学科に入学し、卒業後、同大予科教授となる。29~56年、立命館大学教授を務めた。漢字研究の第一人者として知られ、59年、50年に及ぶ研究成果を盛り込んだ漢字の字源辞典「字統」を刊行、続いて「字訓」を刊行、平成8年には13年半かけて漢和辞典「字通」を刊行、三部作完成させる。他の主著に「金文通釈」(56冊)、「説文新義」(全16巻)、「稿本詩経研究」(
全3巻)、「詩経―中国の古代歌謡」「漢字」などがある。
http://obserai.co.jp/top/works/seisaku/eichi/s.shirakawa.html
(※05/07/08現在、このページは見つかりません。)
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 立花隆は『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』(文藝春秋、2001)にこう書いています。

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字を書く人、字を読む人なら、白川静の三部作(いずれも平凡社)、『字統』
(六六〇二円)『字訓』(六六〇二円)『字通』(二万一九〇五円)のうち、
少くも『字統』の一冊くらいは座右に置いてほしいと思う。漢字の学は、久し
く『説文解字』を最大の典拠とし、二千年近くにわたって、ほとんど進歩らし
い進歩がなかったが、二十世紀に入って、大量の古代甲骨文、金文の資料が出て、それをもとに漢字の歴史が書きかわりつつある。それを最も包括的にやりとげ、中国の学者も驚倒させたのが『字統』である。同書はどの一ページを開いても、驚くほど広くて深い知識がこめられており、碩学とはこのような人をいうためにある言葉かと讃嘆せざるをえない。(304頁)
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「字を書く人、字を読む人」必携という、べたぼめですね。
 そして、『説文解字』というのは、

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説文解字 せつもんかいじ
中国最古の字典。▽紀元100年ごろに,後漢の許慎(きょしん)がつくった
。漢字の成り立ちを「象形・指事・会意・形声」の4種に,漢字の使い方を「
転注・仮借」の2種に分けて説明する。この6種を六書という。
(学研学習事典データベース (C)Gakken 1999)
http://db.gakken.co.jp/jiten/sa/226940.htm
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 中国で最も古い漢字の字典ですから、以降の研究者はみなこれを基礎として漢字の研究をしてきたわけで、いわば最古の権威です
 ところが許慎の時代には、それ以前の甲骨文字とか青銅器や石碑に刻まれている金石文のことは知られていなかった。だから甲骨文字にまでさかのぼって漢字を研究した白川静によれば、最古の権威であった『説文解字』も、多々誤りがあるということになります。   メールをもらってから、わたしも図書館へ行って『字通』を見てみました。【已】、【己】、【巳】の三項目を読んだだけですが、【己】の字の解説には「〔設文〕十四下に……とするが、形義ともに無稽の説である。」【巳】の字の解説には「……〔設文〕の説は根拠がない。」とハッキリ書いてありました。無稽というのは荒唐無稽の無稽ですよね。すごいですね。

 わたしは、ちょっと著書を読んでみたことがありますが、とても歯が立ちませんでした。背景となる知識がないものですから、読み終えるのがやっとで、その後は、敬して遠ざけております。 

 それと気になるのは、ネットの中に、わたしの愛読する高島俊男が白川静を認めていないという記事があったことです。高島の先生だった藤堂明保(わたしの漢和辞典の著者)の影響であるということでしたが、このあたり、わたしにはまったくわかりません。

 話が長くなってしまいました。白川静によって「古くは巳・已の字の区別が明らかでなく」というのはわかりました。しかし、江戸時代の用例がどうだったのかは、わからないままです。まだまだ勉強しなければなりません。

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コメント

かなり有名な話ですが、1970年代に白川静
の初めての漢字の成り立ちを書いた出版物に対し、
藤堂明保が「無名の私学出なんかの人間が書いた
ものなんか信用できるか」みたいなことを言った
そうですわ。藤堂は東大出でマスコミにも有名だ
ったのに、自分の関係する世界で優れた書物が出
された事への驚きと嫉妬があったのかも。自分が
漢字学者として一番と天狗になっていたらしいから。
それに対して白川静はのちの著作で明確に藤堂らに
反論しています。
高島俊男が認めていないというのは、単に学門上の
ことよりも、藤堂と白川との上記の出来事が影響しているように
思えるのですが。

投稿: 通りすがり | 2007年11月 1日 (木) 11時20分

 白川静と藤堂明保との間にそんなことがあったんですか。知りませんでした。どうもありがとうございます。
 そのあたりの話、一度読んでみたいと思います。

投稿: 窮居堂 | 2007年11月 2日 (金) 10時56分

 高島俊男の『お言葉ですが…9 芭蕉のガールフレンド』にこんな記載がありました。(p198)

「以前、友だちがえらくほめそやすものだから、柿本人麻呂がどうとかしたという本を読んでみたら、研究と言うより下手な小説みたいなものであきれたことがある。漢字の大家とか碩学とか言われる人の本をのぞいて、たちまち投げ出したこともある。よく知らないが、どちらも、まともな研究者でとりあった人はないんじゃなかろうか。」

 前者は梅原猛であることはすぐわかりますが、後者が白川静ということになるんでしょうか。

投稿: 窮居堂 | 2008年5月13日 (火) 18時18分

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