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2008年7月

2008年7月26日 (土)

暑い、痒い、痛い

 今年の夏は暑い。
 先週三泊四日で南無谷へ行き、草刈りや草むしりをしていたら、暑さに全くまいりました。しばらく身体をつかっていなかったこともあり、体力の消耗が激しい。

 そのうえ毛虫にでも刺されのか、何かの樹液にでもかぶれたのか、小さな水泡が二つ三つ寄り合って腕のあちこちにできて、これが痒い。おさまってきたかと思うと、その裏側にまた出てきたり、なかなかおさまりません。
 前にも同じような状態になったことがあり、このときは皮膚科に行きましたが、結局何が原因かはよくわからず、「これをつけて様子を見ましょう」と言って出された薬で治りました。その薬が、まだ残っていたので、病院へは行かず、朝晩塗っていますが、まだまだです。

 おまけに、もう二週間くらい前から、右肩が「六十肩」状態で、こちらは日を追って状態が重くなっています。過去に四十肩も五十肩も、右も左もやったのに、どういうわけかまた同じ肩痛。
 こうなると「○十肩」のベテランですから、自分で診断できます。残念ながら、まだ痛みが頂点まで達していないから、もうしばらく辛抱しないといけない。痛みがピークに達したら、その後ある日痛みは薄れるだろう、ということです。やれやれ。
 何年か前には左膝に水がたまって痛かったし、体質として関節に弱点があるんでしょうか。そうだとすると、土屋賢二教授(http://www008.upp.so-net.ne.jp/kenji/)なら、プロレスラーや格闘技家にならなくてよかった、先見の明があったからだ、とでも言ういうことになるのでしょうが、痛みは軽くはなりません。

 そんなわけで、暑い、痒い、痛い、の三拍子のおかげで、仕事もブログもはかどりません。出かけないといけない用もあるので、仕事の方は今日から三連休にしました。

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スピードの水着

 北京オリンピックが近づいてきました。
 先日、うちの奥さんに「俺のスピードの水着を出しておいてくれ」と頼んだら、「何を馬鹿なこと言ってるのよ」と一顧だにされませんでした。
 しかし、わたしは本当にスピードの水着を持っているのです

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 写真が、余りきれいでなくてすみません。六年くらい前になるでしょうか。普通の海パンとして買いました。美津濃の製品だと思っていました。この頃は”SPEEDO”ブランドは、美津濃が売っていたんですね。

 はいてみると、腹がぎゅっとしめつけられます。これは腹が出てきたせいではなく、あの有名な締めつけ効果のせいでしょう。なんとなく昔より速く泳げそうな気もしてきました。
 さあ、海へ行こう。

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2008年7月15日 (火)

16 ピンとこない翻訳もの

 翻訳物のジョークには注釈がないとよくわからないものがあります。こんなジョーク。

シカゴのとても流行っているある大衆食堂に出ていた表示

『当店はエミリー・ポストが気を失った店』。エミリー・ポストは、無論あの有名な行儀作法の本の著者。
(植松黎編・訳『ポケット・ジョーク22 グルメと笑い』P41)

 これはいちおうエミリー・ポストについて、有名な行儀作法の本の著者という注釈がついています。ウィキペディアによれば、アメリカの女性作家で、1922年に出版した『エチケット』がベストセラーになり、エチケットの権威として知られているそうです。日本でいえば塩月弥栄子のような人でしょうか。
 それが気を失ったというのは、よほど汚いとか、客は粗雑なあらくれ者ばかり、というようなことなのか。それを看板に出すというのは、どういう意味があるのか。エチケットなんか知ったことか、お上品ぶって食う店じゃねえ、というだけのことなのか。昔、横浜の中華街では、狭くて汚い店の方がうまいという風説がありましたが、同じような意味があるのでしょうか、わかりません。

感謝
 
「この料理のレシピー」と夕食の食卓で妻君が打ち明けた。「じつは、図書館の雑誌から切り取って来たの。いけないことをしたと思うわ」
「まあ。図書館の人はきっと怒ってるだろうが」と亭主は言った。「きみに感謝しなければならん亭主どもが何十人いるか、誰にもわからんさ」
(植松黎編・訳『ポケット・ジョーク22 グルメと笑い』P78)

 これも今ひとつピンと来ません。まあレシピがないおかげて、まずい手料理を食わされずにすむということですが、奥さんの手料理はまずいもの、という共通の前提がないとわかりません。

開拓者

 長い間、熱帯雨林の環境調査をしている独身主義の男が、仲間と四方山話をしていた。談たまたま、政治から料理に転じた。
「じつを言うと、おれは昔、料理の本てやつを一冊取り寄せたことがあるんだ」と独身主義の男が仲間に打ち明けた。「でも、どうにもできんかったよ」
「手の込んだややこしいことばかり書いてあったんだろう?」と仲間が言った。
「その通りさ!」と独身主義者は言った。「どのレシピーもみんな同じように始まってるんだ──綺麗なお皿を一枚用意します、ってな。それで、おれはあきらめたよ」
(植松黎編・訳『ポケット・ジョーク22 グルメと笑い』P178)

 これは「綺麗なお皿を一枚用意します」が「手の込んだややこしいこと」だというんでしょうが、これも日本人にはピンとこないようです。
 最後は、よくわかるやつをどうぞ。

風味

 月曜日、キリスト教の宣教師が人食い人種の村に到着した。しかし、火曜日の午後には、彼は、歴史上の人物となってしまった。
 彼の遺したもののなかに、一冊の雑誌があった。原住民のひとりが、その中に人物の写真があるのをみつけ、人間が写っている部分を破いて、一呑みに呑くだした。
 それを見て、仲間がたずねた。
「どうだね、乾かしたやつ味は?」
(植松黎編・訳『ポケット・ジョーク22 グルメと笑い』P185)

 人食い人種もののジョークもいろいろありますが、最近のPC=ポリティカル・コレクトの風潮からだんだんすたれていくのでしょうか。「本」が出てくるジョークはほとんどありませんが。

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2008年7月11日 (金)

蟹工船・党生活者(小林多喜二、新潮文庫)

 「蟹工船」と言えばプロレタリア文学の名作ということになっている。読んだことのない人でも話のあらすじはなんとなくわかっているのではないか。
  昭和初期、カムチャッカ沖のオホーツク海で蟹を捕り、船内で缶詰に加工する「蟹工船」で、過酷な労働条件のもとに働かされる労働者たちが、やがて団結してストライキに踏み切るが、資本家と結託した帝国海軍の介入によりいったんは敗北する。しかし、虐げられた労働者たちは再び立ち上がる、というストーリー。
 これが、どういうわけか、最近の若者たちに読まれていると評判になって、雑誌やTVが取り上げている。

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  ネットで調べてみると、作家の佐々木譲のこんな文章があった。(この作家の作品は読んだことがないが)。全文を引用する。産経新聞の「断」というコラムに書いたものらしい。

 
    【断 佐々木譲】蟹工船の次に読むもの

 小林多喜二『蟹工船』が売れているという。意外に感じるが、じっさい大手書店には平積みのコーナーまでできている。

 新しい読者は若いフリーター層、ワーキング・プア層が中心らしい。とすればこれまで、プロレタリアという言葉も知らなかったひとたちなのではないか。彼らが『蟹工船』の労働者たちに共感し、自分たちの境遇が「自己責任」などのせいではないと知るのは喜ばしいことだ。

 わたしが『蟹工船』を読んだのは、40年近くも昔、20歳前後のことだったろう。短期の肉体労働を繰り返していたころだ。それでもそのころすでに『蟹工船』は遠い時代の物語だった。労働3法は、たとえばわたしの体験した自動車工場の内部でも、とりあえず機能していた。日産京都工場の大争議など、『蟹工船』を連想させる事例は散発していたにせよだ。

 しかし、いまの派遣社員やワーキング・プア層の労働環境を見ると、事態は40年前よりもずっと小林多喜二の時代に近くなっているようだ。わたしの身近にいる若いひとたちの例を聞いても、その悲惨さは理解できる。現在は管理のシステムが洗練されただけだ。

 いまの『蟹工船』の読者は、次に何を読むのだろう。そこが問題だという気がする。かつて、わたしのまわりにいた底辺労働者たちは、小林多喜二などまったく読んでいなかった。いくらか知的好奇心のある労働者は、大藪春彦を読んでいた。わたしは最近の『蟹工船』読者たちに勧めたい。船戸与一はよいと思うぞ。(作家)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080525/trd0805250332002-n1.htm 

 わたしも四十年の昔、この本を読んだことがある。しかし余りにも図式的な話にうんざりして途中で投げ出してしまった。資本家の暴虐、底辺にうごめく悲惨な労働者たち、やがて怒りが限界に達し、手を組んで立ち上がる労働者たち!
  佐々木も書いているように「蟹工船」の労働状況はいかにも古く、遠いものに思われ、また、こんな単純な話じゃないだろうとも思われた。

 今回あらためて読んでみても、それほど感想は違わない。「蟹工船」の労働状況は、たしかにこのようにあったものだろうが、やはり四十年前とも現在とも違う、古く遠いものに思われる。虐げられた労働者が手をつないで最後に立ち上がるという図式もちょっと恥ずかしい。

 しかし、どうもこの図式が、現代の格差問題、ワーキングプア問題に通ずるものとして評価されているようだ。
  毎日新聞の毎日.JPでは、今年1月9日に毎日新聞東京本社版朝刊文化面に掲載された作家の高橋源一郎と雨宮処凛(かりん)の対談が「蟹工船」ブームに火をつけたとして、次のように書いている。

 対談で、雨宮さんは「『蟹工船』を読んで、今のフリーターと状況が似ていると思いました」「プロレタリア文学が今や等身大の文学になっている。蟹工船は法律の網をくぐった船で、そこで命が捨てられる」と若者たちの置かれている状況を代弁するように発言。高橋さんも「今で言う偽装請負なんだよね、あの船は」「僕は以前(略)この小説を歴史として読んだけれど、今の子は『これ、自分と同じだよ』となるんですね」と応えた。
http://www.mainichi.jp/enta/book/news/20080514dde018040019000c.html

 わたしは戦後民主主義の風潮の中で育ったせいで、労働者の権利や団結という言葉を普通のものと受けとめ、虐げられた労働者がやがて立ち上がるという図式も、よくあるありきたりのものとしか感じられなかった。しかし今の若者にとっては、それが新しい考え方、世界のとらえ方ということになっているのだろうか。
  貧困のレベルは違っても、ワークキングプアの現状は、蟹工船に捕らえられている状態と構造的には同じで、そこから脱出できる方法をさがしているということだろうか。

  そうだとするなら、すぐに役立つ答えはないけれど、「蟹工船の次に読むもの」として、白土三平の『カムイ伝』をすすめたい。船戸与一も悪くはないが、できれば『忍者武芸帳』から始めて白土三平をじっくり読んでみることをすすめる。進化したプロタリア文学がここにある。

 「党生活者」は、パラシュートなどを作る工場に、身分を隠して臨時工として入り込んだ共産党員の組織活動とその生活の細部を描いた作品。
  生活を支えてくれるシンパの女性(笠原)に対する主人公の対応は、フェミニストの怒りの鉄槌を免れないところだが、この部分をふくめて、この時代にひとつの理想に燃えて生きた人間の実態をうつした記録として評価できるのではないか。むろん共産党に対する評価は、また別の問題である。

   
おまけ1
  白樺文学館というHPにある多喜二ライブラリーでは、市販もされている『マンガ蟹工船』が無料で公開されている。「30分で読める…大学生のための」という副題。
  http://www.takiji-library.jp/collection/read/kanikousen/kani_cmc.pdf

おまけ2
 余計なことだが、筒井康隆の『宇宙衞生博覽会』には「蟹甲癬」という作品があるが、これは「蟹工船」とは関係ない。また筒井康隆の毒に耐性のない人は、読まない方がいいと思う。

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2008年7月10日 (木)

本の殺人事件簿 Ⅰ

  古本の出てくる推理小説第二弾は『本の殺人事件簿 Ⅰ』(シンシア・マンソン編、バベル・プレス、2001年)。原題は『Muder by the Book』、本に関するミステリ傑作二十選ということで、Ⅰにはそのうち次の十一編の短編が収められている。

ビル・ジェイムズ 「ボディ・ランゲージ」
ロバート・セネディック 「作家とは……」
ビル・プロンジーニ 「パルプマガジン・コレクター」
ミシェル・ノールデン 「ジェーン・オースティン殺人事件」
ジェイムズ・サーバー 「マクベスの謎」
エドワード・D・ホック 「犯罪作家とスパイ」
マーガレット・マロン 「ハラルド警部補と『宝島』の宝」
ジョン・ネルソン 「大いなる遺産のゆくえ」
マイクル・Z・リューイン 「ザ・ヒット」
マイクル・イネス 「ウッドパイルの秘密」
ジョぜフ・ハンセン 「女の声 ]

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 わたしは、ミステリに興味はあってもそんなに詳しいわけではない。上記の作家のうち知っていたのはビル・プロンジーニだけである。そして残念ながら、この十一編のなかで「古本」が重要な役割を果たすのも、プロンジーニの「パルプマガジン・コレクター」だけだった。
 あとは作家や古典に関係はあるが、「古本ミステリ」とは言い難い作品ばかりなので、タイトルをあげるにとどめ、言及しない。

 パルプマガジンというのは、主に二十世紀前半の、粗悪な紙に刷られた、アメリカの大衆小説雑誌を総称する言葉で、探偵小説、SF、西部小説などの各種雑誌があったそうだ。
 ビル・プロンジーニは、自身がパルプマガジンのコレクターであって、この短編の主人公「名無しの探偵」もパルプマガジンのコレクターであるという設定になっている。しかもこの短編では、金持ちのパルプマガジンコレクターが密室で殺され、そのダイイング・メッセージとして三冊のパルプマガジンを握りしめていたという、まさにパルプマガジンずくめになっている。

 その三冊の本とは『クルーズ』、『キーホール・ミステリーマガジン』、『プライベート・ディテクティヴ』。このタイトルから名無しの探偵は犯人を推理する。

 うーん「キーホール」は鍵穴だから、これは密室に関係がある。「プライベート・ディテクティヴ」は私立探偵だろ。探偵が怪しいのか?「クルーズ」と言えば船とか船員がからむのか?
 ところがこれは船のクルーズ(cruise)、クルージング(cruising)ではなく、このクルーズは clues で、手がかり・糸口の clue なのだった。 だから「手がかり」は、「キーホール」と「プライベート・ディテクティヴ」だというダイイング・メッセージになる。
 日本人は r と l の音の区別がつかないからなあと変に納得しながら読んでいくと、この先には、クルーズよりさらに思いつけそうにないネタが隠されていて、ピンと来ないまま事件は解決してしまった。

 種が明かされたとき、なるほどそうかと感心するのが推理小説の楽しみのひとつなのだが、こちらにはわからないアメリカ人の内輪ネタでは感心も驚きもしようがない。肩すかしをくったような気分でちょっと残念だった。

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2008年7月 9日 (水)

梅雨の庭

 また間があいてしまい、三週間ぶりに来てみると、庭は雑草がいっぱい。花も雑草の中で咲いています。

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 ノウゼンカズラも大きくなって、雑草と一緒に、支え枠を押し倒しそうです。

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 梅雨のまっさかり。雨の中で、こんな濃い色のアジサイも咲いていました。

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 どうしたのか、今頃、赤いモクレンが咲きました。

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 畑はどうかと見ると、エダマメの先がみんなそろってなくなっています。なにものかに食べられてしまったたようです。また鳥でしょうか、それともタヌキでも出てきたのでしょうか。二週間も三週間も不在にすると、草が生えるのも鳥に食べられるのも、ある程度はしょうがないのですが、やっぱりがっかりします。

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 エダマメの隣でトウモロコシが大きくなってきました。今度はこれが狙われるのか。危うしトウモロコシ!

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2008年7月 4日 (金)

バラのアーチ、支え枠、ウマ

 昔は日曜大工といいましたが、今ではDIY(Do It Yourself)と呼ばれる方が多くなってきたようです。下手の横好きですが、店主の趣味のひとつで、なむや文庫でも取り扱い分野のひとつとしてしています。

 最近はこんな物を作りました。

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 バラのアーチです。少し歪んで不安定そうに見えますが、バラのツルが伸びてきっちり巻き付いてくれれば、きちんと安定するはずです。

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 これはノウゼンカズラの支え枠。これもノウゼンカズラさえしっかりしてくれれば倒れることはないはずです。

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 作業用のウマ。英語ではソーホースと言うそうです。園芸用の踏み台兼用です。
 これは残念ながら支えてくれる植物がいないので、けっこう頑丈に作りました。そうしたらかなり重くなってしまい、移動に不便です。やれやれ。

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2008年7月 3日 (木)

こぐこぐ自転車

 二月に自転車を買いました。使っていたママチャリがこわれてしまったからですが、ちょうど買い換えを楽しみに待っていたところでもありました。というのは、『こぐこぐ自転車』(伊藤礼、平凡社、2005)という本を読んで、今度買うときにはこれにしたいと思っていた自転車があったのです。

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 『こぐこぐ自転車』というのは、まもなく古希で定年退職という大学教授が突然自転車に目覚め、同じような年齢の仲間たちと、房州、碓氷峠、はては北海道へとツーリングに出かけていくという話で、旅の様子や自転車についての蘊蓄があれこれ語られる。
 文章がいい。著者は作家の伊藤整の子供で、『チャタレイ夫人の恋人』完訳版の訳者でもある。ところどころ皮肉もきかせながら、さりげない書き方ですっとぼけた味のユーモアがにじみ出ている。
 例えば自転車を買ったときの話。自転車雑誌やカタログなどを三カ月にわたって検討し、二十万円のこれこれの自転車を買おうという魂胆を秘めながら自転車店にやってきた著者は、

 それから私はなんとなくお店を見たくて来たのであって、とくに何かを買いに来たのではないというふりをした。最初からこれこれこういう自転車を買いたくて来たのだと言うのはお互い気疲れをするものであるからだ。これこれこういう自転車が欲しくてたまらない、というような気分を横溢させて店に飛び込むというようなことは控えなければいけないのだ。買うことになるにしても、なんとなく買うはめになったとか、すごく気に入ったものを偶然見つけたら嬉しくなってつい買ってしまった、という形にしたいのである。最初から計画的に何かをほしがるというのは下品なのである。どんなに欲しくても歯を食いしばって顔や態度には出さないというのが望ましかった。(P208)

 そして、ほしい自転車の名前をはっきり言わないままに、店の小僧にすすめられた他のメーカーの十六万円のマウンテンバイクを買ってしまう。しかし、この自転車はいい自転車だったようで著者は満足したのであるが、この話にはこんな落ちもついている。
  出かけた先でパンクを直してもらった自転車屋から

 「だけどね、あんた、なんだってこんな自転車を買ったんだい」。私が自転車にまたがって走り出そうとしたとき、彼は言うのだった。
  「そういうのは高校生が乗る自転車だぜ」

  古希をすぎて、この赤と黄色だんだらの「茹であげた上げたタラバ蟹の脚」のような自転車で四国を走ってきたという著者に敬意を表し、わたしも自転車がほしくなった。むろん何十万もする自転車などとても買えないし、碓氷峠も箱根の山も手におえそうにない。ほしくなったのは、著者が四台目に買ったという普通の主婦用自転車である。
  宮田工業のこの「クオーツXLα」は、通常二十キログラム前後の重量がなんと九.九キログラムという超軽量で、しかも値段は四万円だという。それに著者はこうまで書いている。

  極端なことを言うと、宮田工業はこんな自転車が作れるのならこれ以外の自転車を作る必要はない、と思うくらいである。軽いから発進に苦労しない。内装三段の変速機がついているから都内の坂道ぐらいなら不便は感じない。また当然のことながら、なによりも私の三台の折り畳みに較べると、格段に乗り心地がいい。安定している。Quartz XL αにまたがると、これなら下関ぐらいまでなら平気で行ってしまうな、と自然に考えてしまう。(P190)

 これはほしくなりますね。そこへ持ってきて、おあつらえ向きにママチャリがこわれてしまいました。(わざとこわしたりはしていません)
  ネットで調べてみると、ありました。
 
・MIYATA(ミヤタ)クォーツ・エクセルα
   サイズ 26インチ
  カラー シルバー
  変速 3段変速付き
  重量 10.5kg(変速機なしモデルの重量)
http://item.rakuten.co.jp/joy-joy/dqf630/

 これまで使っていたホームセンター特売のママチャリなら四台買える値段ですが、思い切って買いました。この機種は受注生産だということで、二週間ぐらい待って二月初めに届きました。

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  乗ってみると本当に軽い。坂道も軽い。これまで立ってこがないと登り切れなかった坂が座ったままで登りきれました。さすがに下関まで行けそうな気まではしませんが、郵便局まで荷物を運ぶ毎日の仕事がちょっと楽になりました。
 
 そのうち赤と黄色だんだらのとんがりヘルメットをかぶって、
 
  サイクリング サイクリング
  ヤッホー ヤッホー

とやってみましょうか。

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