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2008年7月11日 (金)

蟹工船・党生活者(小林多喜二、新潮文庫)

 「蟹工船」と言えばプロレタリア文学の名作ということになっている。読んだことのない人でも話のあらすじはなんとなくわかっているのではないか。
  昭和初期、カムチャッカ沖のオホーツク海で蟹を捕り、船内で缶詰に加工する「蟹工船」で、過酷な労働条件のもとに働かされる労働者たちが、やがて団結してストライキに踏み切るが、資本家と結託した帝国海軍の介入によりいったんは敗北する。しかし、虐げられた労働者たちは再び立ち上がる、というストーリー。
 これが、どういうわけか、最近の若者たちに読まれていると評判になって、雑誌やTVが取り上げている。

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  ネットで調べてみると、作家の佐々木譲のこんな文章があった。(この作家の作品は読んだことがないが)。全文を引用する。産経新聞の「断」というコラムに書いたものらしい。

 
    【断 佐々木譲】蟹工船の次に読むもの

 小林多喜二『蟹工船』が売れているという。意外に感じるが、じっさい大手書店には平積みのコーナーまでできている。

 新しい読者は若いフリーター層、ワーキング・プア層が中心らしい。とすればこれまで、プロレタリアという言葉も知らなかったひとたちなのではないか。彼らが『蟹工船』の労働者たちに共感し、自分たちの境遇が「自己責任」などのせいではないと知るのは喜ばしいことだ。

 わたしが『蟹工船』を読んだのは、40年近くも昔、20歳前後のことだったろう。短期の肉体労働を繰り返していたころだ。それでもそのころすでに『蟹工船』は遠い時代の物語だった。労働3法は、たとえばわたしの体験した自動車工場の内部でも、とりあえず機能していた。日産京都工場の大争議など、『蟹工船』を連想させる事例は散発していたにせよだ。

 しかし、いまの派遣社員やワーキング・プア層の労働環境を見ると、事態は40年前よりもずっと小林多喜二の時代に近くなっているようだ。わたしの身近にいる若いひとたちの例を聞いても、その悲惨さは理解できる。現在は管理のシステムが洗練されただけだ。

 いまの『蟹工船』の読者は、次に何を読むのだろう。そこが問題だという気がする。かつて、わたしのまわりにいた底辺労働者たちは、小林多喜二などまったく読んでいなかった。いくらか知的好奇心のある労働者は、大藪春彦を読んでいた。わたしは最近の『蟹工船』読者たちに勧めたい。船戸与一はよいと思うぞ。(作家)
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080525/trd0805250332002-n1.htm 

 わたしも四十年の昔、この本を読んだことがある。しかし余りにも図式的な話にうんざりして途中で投げ出してしまった。資本家の暴虐、底辺にうごめく悲惨な労働者たち、やがて怒りが限界に達し、手を組んで立ち上がる労働者たち!
  佐々木も書いているように「蟹工船」の労働状況はいかにも古く、遠いものに思われ、また、こんな単純な話じゃないだろうとも思われた。

 今回あらためて読んでみても、それほど感想は違わない。「蟹工船」の労働状況は、たしかにこのようにあったものだろうが、やはり四十年前とも現在とも違う、古く遠いものに思われる。虐げられた労働者が手をつないで最後に立ち上がるという図式もちょっと恥ずかしい。

 しかし、どうもこの図式が、現代の格差問題、ワーキングプア問題に通ずるものとして評価されているようだ。
  毎日新聞の毎日.JPでは、今年1月9日に毎日新聞東京本社版朝刊文化面に掲載された作家の高橋源一郎と雨宮処凛(かりん)の対談が「蟹工船」ブームに火をつけたとして、次のように書いている。

 対談で、雨宮さんは「『蟹工船』を読んで、今のフリーターと状況が似ていると思いました」「プロレタリア文学が今や等身大の文学になっている。蟹工船は法律の網をくぐった船で、そこで命が捨てられる」と若者たちの置かれている状況を代弁するように発言。高橋さんも「今で言う偽装請負なんだよね、あの船は」「僕は以前(略)この小説を歴史として読んだけれど、今の子は『これ、自分と同じだよ』となるんですね」と応えた。
http://www.mainichi.jp/enta/book/news/20080514dde018040019000c.html

 わたしは戦後民主主義の風潮の中で育ったせいで、労働者の権利や団結という言葉を普通のものと受けとめ、虐げられた労働者がやがて立ち上がるという図式も、よくあるありきたりのものとしか感じられなかった。しかし今の若者にとっては、それが新しい考え方、世界のとらえ方ということになっているのだろうか。
  貧困のレベルは違っても、ワークキングプアの現状は、蟹工船に捕らえられている状態と構造的には同じで、そこから脱出できる方法をさがしているということだろうか。

  そうだとするなら、すぐに役立つ答えはないけれど、「蟹工船の次に読むもの」として、白土三平の『カムイ伝』をすすめたい。船戸与一も悪くはないが、できれば『忍者武芸帳』から始めて白土三平をじっくり読んでみることをすすめる。進化したプロタリア文学がここにある。

 「党生活者」は、パラシュートなどを作る工場に、身分を隠して臨時工として入り込んだ共産党員の組織活動とその生活の細部を描いた作品。
  生活を支えてくれるシンパの女性(笠原)に対する主人公の対応は、フェミニストの怒りの鉄槌を免れないところだが、この部分をふくめて、この時代にひとつの理想に燃えて生きた人間の実態をうつした記録として評価できるのではないか。むろん共産党に対する評価は、また別の問題である。

   
おまけ1
  白樺文学館というHPにある多喜二ライブラリーでは、市販もされている『マンガ蟹工船』が無料で公開されている。「30分で読める…大学生のための」という副題。
  http://www.takiji-library.jp/collection/read/kanikousen/kani_cmc.pdf

おまけ2
 余計なことだが、筒井康隆の『宇宙衞生博覽会』には「蟹甲癬」という作品があるが、これは「蟹工船」とは関係ない。また筒井康隆の毒に耐性のない人は、読まない方がいいと思う。

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