« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月

2008年11月30日 (日)

チェ・ゲバラのタバコ

 昨日(11/29)は学生時代の友人たちとの忘年会でした。もう十年以上、毎年銀座でやっています。

 その席上、友人のひとりがこんなものをくれました。友人の友人がくれたものだそうですが、わたしならおもしろがるだろうと持ってきてくれました。

Photo

 「el CHE」という名前のタバコ、メイドイン・パラグァイです。その名のとおりチェ・ゲバラの肖像が入っています。写真では逆さになっていますが、中のタバコの一本一本にも顔が入っています。
 タバコの上部がよれているのは、タバコの葉の詰めがスカスカなので、テーブルにトントン叩いていたら落ち込んでしまったものです。葉巻を好んだというチェが見たら怒ったんじゃないかと心配になります。

 チェ・ゲバラというのは、わたしたちの若い頃のアイドルのようなものでした。
 革命家であるというだけでちょっとカッコいいのに、そのうえ成功した革命家です。カストロと一緒にキューバをひっくり返してしまいました。革命家は数あれど成功した革命家というのはそうそういません。それに成功すると権力にとりつかれて粛清をはじめたりする例が多いのに、その後、キューバ工業相の地位を捨て、ボリビアに潜入してゲリラ活動を続け、最後に政府軍に射殺されるという生涯は、まさに劇的、革命を起こされる側の迷惑を考えなければ、左翼思想のあるなしにかかわらず、まったくカッコいいものでした。

 今では思想的なものはぬきに、肖像画がTシャツやポスターなどのポップアイコンとして使用されて、日本にもゲバラ・グッズの愛好家がいるようです。そういえばうちの息子もTシャツを持っていました。
 わたしは別にゲバラ・コレクターではありませんが、こんなものを持っています。キューバの紙幣、3ペソです。

Photo_4

 なむや文庫http://homepage2.nifty.com/namuyabunko/の在庫には、『チェ・ゲバラ フォト・バイオグラフィ(原題"THE CHE HANDBOOK" 2003、 原書房)』という写真集もありますので、よろしかったらどうぞお求めください。

Photo_3
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月28日 (金)

ビワの花もぎ

 今回の南無谷での作業のメインはビワの花もぎです。難しい言葉では「摘蕾(てきらい)です。
 手元の本には、こんな説明図があります。

Photo
 『NHK趣味の園芸 実践作業③ 覚えたい家庭果樹のテクニック』1995、日本放送出版協会)

 わが家のビワは、絵の左側の大粒の実がなる田中です。南房総のビワは、田中か田中を改良した品種のようです。
 今の状態は、一本の枝先に左右何段にも花がつき、ぶどうの房のようになっています。(この花房ごととってしまうのを「摘房」というそうです。)
 

Pb260271

 これを、まず上の花をとって、それから左右一枝ずつ残して、他の枝は全部とります。こんなふうになります。

Pb260273

 上の写真はちょっとわかりにくので、もっとわかりやすい花もぎ後の写真です。

Pb260281

 あんなにたくさん花芽がついていて豊かだったのが、なんだか貧相になってしまいました。最初のころは、こんなに取ってしまっていいのかと思ったものです。でもまだこれが最後ではありません。実が大きくなってきたら、育ち具合を見て、左右一個ずつを最終的に残す「摘果」を行います。

 作業を終えると、木の下は落とした花がいっぱい。

Pb260279

 ああこんなに落としてもったいない。これが全部実ったら数千個のビワがとれるのに…と以前は感じました。最近では、手入れをせず鈴なりにならせた実が小さくて酸っぱいことが身にしみてわかってきました。
 うちの奥さんががんばって(いつもそうですが)、花もぎの大半は終わりました。まだ、高いところなど一部残っていますが、今日は雨風が強く、作業はできません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月27日 (木)

マザー牧場

 一昨日(11/25)、南無谷へ来る前に、マザー牧場(千葉県富津市)へ行って来ました。   http://www.motherfarm.co.jp/

 平日なのでガラガラ、名前は牧場でも要するに遊園地ですから、ある程度客が入っていないと、がらんとしてさみしいうえ、なんだか場違いなところへ来てしまったような気がします。子供が小さいときだったら、順番待ちがなくてよかったかもしれないけれど。

 着いてまもなく「ひつじの大行進」がはじまりました。

Pb250237

 ヒツジはとてもおとなしくて、近くによっても、さわってもじっとしています。後で見た「冬でも毛狩りが見られるシープショー」では、この寒いのに、おとなしく全身の毛を刈られるままになっていました。説明では、毛を刈ると油を分泌するので、ヒツジは寒くないと言っていましたが。

Pb250243

 しかし、わざわざマザー牧場へやってきた目的はヒツジではありません。開催中の「'09年賀状はこれできまり!!牛と記念撮影会」です。来年の干支にあわせて牛と一緒に、それもいかにも牧場らしい場面設定でとれます、というイベントです。

 いい歳をして、と思われるかもしれませんが、いろいろ事情があって、これは行かなければなりません。
 やってみたらこうなりました。長靴、エプロン、帽子は借り物です。恥ずかしいので顔は隠してあります。牧場と工房の違いがありますが、DIYの雑誌『ドゥーパ!』の表紙がいつもこんな感じで、有名人がそれらしくDIYをやっている雰囲気になっているのを思い出しました。

Spb250256

 他の客は、小さな子供連れがほとんでしたが、若い夫婦が、角のはえた帽子をかぶって二人で「モー」と言いながら写真をとっていたのが印象的でした。
 ここは平日ですいていてよかった。土日の混んでいるときだと、場違いな年寄りには、きっと並んで待つのがつらかったことでしょう。

 このあと、「乳しぼり体験」もやって写真をとりました。こちらも子供連れがほとんどで場違いでしたが、がんばってやってきました。両側から一人ずつしぼっているところで、左側の手がわたし。拡大すると乳が出ているのが見えますが、ちゃんとバケツに入っているかどうか心配になる角度です。

Pb250249

 終わってから南無谷へは、海沿いの道に戻らないで、志駒川渓谷沿いの「もみじロード」をまわりました。
 紅葉はきれいになっていましたが、もうちょっと、十二月はじめくらいが見頃になるでしょう。(写真は山中地区)

Pb250262

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月24日 (月)

『簡易木工器具の作り方』

 こんな本を手に入れました。昭和五年発行の『簡易木工器具の作り方(蒲田賢三、誠文堂、S5.12.25)』。七十八年前の本だけに、表紙など、だいぶ 傷んでいます。

__4   __3

 「木工器具」というのはなんだろう。作業用の台とか治具のようなもののことだろうか、と思って見てみると、木工による家庭器具=本立て、郵便函、テーブル、椅子などの作り方を書いた、普通の家庭用木工の本でした。
 今は「DIY( Do It Yourself )」と言いますが、ちょっと前までは「日曜大工」でした。昭和五年には、まだ「日曜大工」という言葉は普及していなかったのか、それとも著者がふさわしくないと思ったのか。
 「少年技師ハンドブック第十九編」となっていて、巻末にはこのシリーズの紹介があります。最後に「少年科学者必携のシーリイズ」とうたっていますから、やはり「日曜大工」ではふさわしくなかったのでしょう。

_0003

 わたしは戦後の生まれですが、このリストは子供の頃に雑誌「子供の科学」などを読んであこがれていた世界そのままです。昭和五年の発行ですから、これを読んでいたのは大正生まれの子供たちです。子供の頃、戦前は暗黒時代のように思っていましたが、同じような子供たちがいて、ちゃんとつながっていることがわかります。

 「子供の科学社代理部」の模型材料などの通信販売の広告ものっています。発行の誠文堂は、今も「子供の科学」を出している誠文堂新光社でしょうが、この頃は「子供の科学社」は別会社だったのでしょうか。

 内容を見てみると、ノコギリ、カンナの使い方からはじまって、当然のことながら電動工具はでてきません。(わたしの感覚では、「日曜大工」は手ノコギリ・カナヅチで、電動ノコや電動ドリルを使うようになったのが「DIY」です。)
 附録として「木彫の話」と「木工細工の常識」という章がついています。その「木工細工の常識」の中で、ガラス瓶を輪切りにしたいとき、切りたいところに銅線を巻いて電池から電流を通して熱し、冷水をぶっかけて切る、というのが唯一、電気を利用した工作です。
 「ブリキのハンダ付の法」もありますが、これは「七輪に火をおこして、その中に鏝(こて)を充分に焼いておきます。」となっています。

 作例の中には「巻煙草入」や「煙草盆」が入っていますが、当時は特に問題にもならなかったでしょう。親のため、家庭のために工作する感心な少年です。
 時代を感じさせるのは、下の「炭箱」とか、「芥溜(ごみため)箱」です。

_0009

 「ビール箱を使ったソファー」「ビール箱の腰掛け」というのもあります。この頃ビールは木箱に入っていたんですね。わたしも子供の頃、木のリンゴ箱に紙を貼った本箱を使っていたのを覚えています。この「ビール箱を使ったソファー」では、藁でソファーの中身を作っています。 今では、藁は高くて、なかなか手に入りません。

_0007

 木工編の最後には、なんと「極く簡単な家の作り方」までのっています。下の設計図は九尺四方ですから、四畳半です。「土地の選び方」からはじまって「地ならし」「柱と骨組み」「屋根はどうする」…と続いていきます。

_0006

 これをもとに実際に家を作った少年がいたかどうかわかりませんが、これを読んで胸をときめかせた少年は数多くいたことでしょう。

 わたしも、家は造れませんが、これにならって、バーベキュー用の炭箱でも作ってみるこにしましょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月22日 (土)

映画『容疑者Xの献身』

 一昨日(11/20)、映画『容疑者Xの献身』を見ました。地元の「港南台シネサロン」で見たのですが、観客は、われわれ夫婦を含めて四人。先月『崖の上のポニョ』を見たときも同じようなものでした。ほとんどプライベート映画館ですが、あんまり少ないとかえって落ち着きません。
 これで商売になるのか、心配にもなります。歩いていけるところに映画館があるというのは、とても便利なので、なんとか今後もがんばってほしいと思います。

 『容疑者Xの献身』は、とてもおもしろい映画でした。
 原作は東野圭吾。小説の内容の紹介はこうなっています。

天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた高校教師の石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に秘かな想いを寄せていた。彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、2人を救うため完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が、その謎に挑むことになる。ガリレオシリーズ初の長篇、直木賞受賞作。
http://www.bunshun.co.jp/book_db/7/11/01/9784167110123.shtml

 原作は読んでいませんが、映画もこのとおりのストーリーで展開されます。犯人がはじめからわかっていて、探偵がその犯行をあばいていく、いわゆる倒叙推理小説のかたちです。
 このシリーズの前作『探偵ガリレオ』『予知夢』は読んでいたので、
これも謎を最新の科学知識で解いていく話だろうと思っていたら、意外や、そうではありませんでした。映画の最初に船の爆発シーンがあって、それを超伝導だかなんだかの実験で説明するところから始まったので、すっかりだまされました。あれは目くらましだったのか。けっこうクラシックなトリックでした。ネタバレになるからこれ以上書きませんが。

 冒頭の爆発や実験のシーン、ヘリコプターからの撮影など、ひとつひとつのシーンがけっこう金をかけて作られていて、話の本筋とはあまり関係ない、山のシーンがきれいだったり、違法カジノの検挙シーンがにぎやかだったりします。柴咲コウ扮する女性刑事が忙しいのにお茶くみをさせられたりして警察内部の雰囲気もよく出ていました(本物の警察の雰囲気を知っているわけではありませんが、臨場感がありました)。

 犯人役の堤真一は、「三丁目の夕日」の「鈴木オート」役しか知らないせいか「天才数学者」には見えにくかったけれど、暗い感じが出ていてなかなかよかった。欲を言えば、犯人がどうしてここまでやる気になったのか、もう少し説明がほしかった。そしてもう一つ盛り上がりというか、もっと泣かせる見せ場を作ってもよかったのではないでしょうか。
 今度は原作を読むことにしましょう。

 港南台シネサロンでは、この映画の上映は昨日でおわって、今日からは中居正広主演の『私は貝になりたい』をやっています。
 この前紹介した週刊文春の創刊号に、昔の、フランキー堺主演の映画の広告がのっていたことを思い出しました。それがこれです。

Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月20日 (木)

週刊文春の創刊号2

 週刊文春創刊号の表紙の裏、裏表紙の裏の広告はこうです。

Photo

 住友銀行、東海銀行、東邦レーヨンは、合併やらなんやらで、現在はもうありません。
 左下のセントラルアパートというのは、原宿の表参道にあった、ちょっと名の知られた建物で、写真家の浅井慎平に『原宿セントラルアパート物語』という本があります。この建物ももうありません。

 裏表紙がこれ。

Photo_2

 この会社は最近「パナソニック」になりました。一般的には「ナショナル」と呼ばれていて、正式名称を松下電器産業というのだとわたしが知ったのは学生になった頃でした。

 広告が、全体にすごく控えめです。やはり時代があらわれているのだと思います。

 もうひとつ、これはグラビアにあった紳士服の広告からです。

Photo_3

 五十年前の津川雅彦です。先日、テレビの「相棒」で代議士の瀬戸内先生をやっていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月19日 (水)

週刊文春の創刊号

 週刊新潮の次は、やはり週刊文春の創刊号です。昭和三十四(1959)年四月二十日号。四十九年前になります。

S_2

  この年の四月十日が皇太子御成婚。わたしは小学五年生でした。いわゆる「ミッチー・ブーム」で、同級生の女の子たちはみんなヘア・バンドをしていました。男の子にはなんとなく、のりきれない話題でしたが、ともかくブームがすごかったのを覚えています。
 創刊は四月二十日号となっていますが、十日以前に発売されたものか、記事の内容は御成婚前のものです。これが目次。

Photo

  記事の中では、まだ結婚前なので「美智子さん」と呼ばれています。結婚後は「美智子妃殿下」と呼ばれていたと思うのですが、今の皇太子妃は「雅子様」と呼ばれています。これはいつから呼び方が変わったのでしょうか。

 高島俊男が、「Web草思」の「新お言葉ですが…」に「選ばなかった道」と題する文章を書いています。長くなりますが引用します。(『お言葉ですが… 別巻2』(2009、連合出版)に収録)

 (注:送られてきた讀賣新聞「編集手帳」の記事の)その二篇のうちの一つに、皇后の歌を引用してあった。前後をふくめてしもに引きます。

〈誰にも人生の岐路で選んだ道があり、選ばなかった道がある。皇后陛下のお歌を思い出す。「かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこ行きけむ」。選ばなかった分かれ道の片方には別の人生があり、行方は誰も知らない。〉

 この歌には心を打たれた。
 はじめて見た歌だから、もとより、いつどういう折につくった歌なのか知らない。あるいは歌会始に「道」という題が出た年があって、その時の作なのかもしれない。
 心を打たれたことはいくつもある。
 まず、「こんな歌をつくっていいのか?」というおどろき。
 (中略)
 皇后のほうは、岐路があった。その時に、たいがいの娘さんなら忌避したにちがいないほう——山手線に乗ることもスーパーマーケットへ買物に行くこともできなくなるほうを選んだ。 あの時に、ふつうの道のほうを選んでいたらどうだったろう。中央官庁につとめるエリートと結婚するか、大会社の社員と結婚するか、どっちにしても、時には学生のころからの友だちとおしゃべりしながら銀座をあるくくらいのことはできたろう。
 わたしが心を打たれたのは、第一にその大胆であったが、もう一つ、この歌から感じられる強い悔いの念である。
 あんなに美しかった人が、泣きそうな顔の、猫背の——これは身長の点でも天皇につきしたがう形をつくれ、と役人に要求されてのことだろう——老女になった。その悔いが、おそらく半世紀にわたって心身を苦しめてきたのであろうことがうかがわれる。
(中略)
 図書館で話をしたら、何人もの人から、あのかたは山歩きがすきだからこれはハイキングの歌かもしれない。すくなくとも表むきはそういう際のことをよんだ歌だということになっているのだろう。あの時右がわの道をおりたが、もし左がわへおりていたらどんな景色のところへ出ただろう、というふうな——。それなら宮内庁の役人云々は問題にならない。
 そうか。なるほどねえ。ぼくは自分の人生を悔いてばかりいるものだから、つい他人の歌まで自分にひきつけて受けとってしまったんだねえ。そうか。ハイキングの歌の可能性もあったか。考えもしなかったなあ。どうもありがとう、とお礼を申したことでありました。
http://web.soshisha.com/archives/word/2007_0215.php

 「分去れの道(わかされ-)というのは、分かれ道のことで、固有名詞としては、軽井沢町追分の中山道と北国街道との分岐点を言い、近くには「分去れの碑」もあるそうです。軽井沢と聞くとテニスを思い出します。
 高島は、最後にハイキングの歌かもしれないと結んでいますが、やはりこれははじめの解釈を想起せざるをえません。
 週刊文春の創刊号にも、こんなグラビアがあります。

Photo_3
 

 あのころの新聞にはこんな写真がいっぱい載って、子供心にきれいな人だなあと思ったことを覚えています。あれから三十年たって昭和が平成になり、それからさらに二十年、五十年近い月日が過ぎました。
 司馬遼太郎の『台湾紀行(街道を行く40)(朝日文庫、1997)』には、「南の俳人たち」として台湾人の俳句が紹介されていますが、その中にはこんな句があります。

平成の皇后陛下お夏痩せ  董昭輝

 この句には、とくにやつれたという感じはないのですが、御成婚時を思うと、時の移り変わり感じさせます。

 もう一度、歌を読みましょう。

かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこ行きけむ

 わたしにも過去を振り返って「あのときに…」と思うことはありますから、歳をとれば誰にでもある感慨と言えば言えるのでしょうが、なにかしら重いものを感じてしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月17日 (月)

モグラ道

 最近また、畑にも芝生にもモグラの通った跡が目立ってきました。あちこちで、ぼこりぼこりと土が盛り上がっています。

 昨年の六月には、どうしたものか地上にあらわれました。そのときの写真です。頭だけ穴につっこんでいて、右端にシッポが見えます。

S

 現物を見るのははじめて。意外にちいさくて、かわいいものでした。お尻を棒でつついてやったら穴にもぐりこんで、その先の土が、まったくマンガのようにモコモコ盛り上がりながら進行していきました。子供の頃モグラを見たことがなかったので、あれはマンガの誇張だと思っていましたが、本当だったんだ、と少し感動しました。
 高校の生物の先生によれば、これは関東に普通に見られる「アズマモグラ、Mogera imaizumii 」だそうです。

S_2

 上の写真のコンクリと芝生の境に沿って、土が見えているところがモグラの通り道です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月16日 (日)

ビワは花ざかり

 ビワの花が盛りになってきました。日当たりの悪いところには一部しか開いていないものもありますが、白い花がいっぱい、という感じになってきました。

Pb150368

Pb150370

 この次には、花もぎをしなければいけないようです。

 夏ミカンの実が大きくなってきました。

Pb150373

 果物の実りは「一年おき」だと言うとおり、去年ほとんど実らなかった枝にたくさん実がつき、去年いっぱい実をつけた枝には数えるほどしかついていません。こうやって枝ごとに一年おきにしてくれると、毎年なにがしかの収穫が得られて助かります。

 畑では、まだトマトがとれます。

Pb140350

 うちの奥さんがまいた菜っぱ類の芽が出てきました。

Pb140353

 ダイコンの葉も大きくなってきました。

Pb140349

 去年、近所のおばあさんがダイコンをくれたうえ、タクアンの漬け方を教えてくれたので、うちの奥さんがタクアンを作りました。今年はダイコンを作るところから始まっています。乞うご期待、というところです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年11月10日 (月)

橘家圓蔵を横浜にぎわい座で聞く

  先週(11月7日)、久しぶりに横浜にぎわい座へ落語を聞きに行ってきました。

Photo

 三遊亭好楽は「親子酒」。江戸家小猫はいつもの動物ものまね。

 お目当ては橘家圓蔵、昔の月の家圓鏡です。最近はテレビにあまり出なくなりましたが、「圓鏡」でテレビに出まくっていたころ、並び称された志ん朝、談志、円楽とは一味ちがう、ドタバタ落語というか、ギャグにつぐギャグで笑わせる落語で、「猫と金魚」なんか、本当におもしろかった。

 ああいうにぎやかな噺を期待していったのですが、今回の話はなんと、じっくり聞かせる「心眼」という噺でした。三遊亭圓朝の作で、桂文楽が得意の噺だったそうです。

 盲人の按摩が悔しい思いをして、目を開けてくれるよう薬師様に願をかけ…という話で、びっくりしたのは、いきなり放送禁止用語が連発されたこと。おっ、これはいいのかと、まず思ってしまいました。明治初期の話だから、会話のことばを置き換えてしまっては話にならない。理屈のうえではわかっているつもりでしたが、日常的に使ってはいけないことばとして、もう脳にしみついてしまっていることに、あらためて気づかされました。

 「心眼」が終わったあと、圓蔵本人が、俺だってこういう噺もできるんだ、たまにはやりたくなるんだと言っていました。この噺は、按摩が横浜へ出かけた帰りに弟の家へ寄って…というところから始まるので、「横浜にぎわい座」でやる気になったものでしょうか。

 期待とは違いましたが、珍しい、圓蔵のしんみりした噺を聞くことができました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 7日 (金)

『カムイ伝』をどうぞ

 なむや文庫(http://homepage2.nifty.com/namuyabunko/)の今月の本棚は、このブログで『蟹工船』の次に読む本として推薦しておいた、白土三平『カムイ伝』です。

S
 
  推薦するからには内容の紹介などをしようと思いたったのはいいけれど、さて最後に読んだのはいつだったか。あらすじもだいたい覚えているつもりでしたが、さて書こうとするとよくわからなくなって確信がもてません。
  読み返さなければなりませんが、ともかく大長編です。白土三平画業50周年記念として2005年9月から刊行された『カムイ伝全集』版では、第一部15巻(なむや文庫で売り出した新書判では21巻)、第二部12巻、『カムイ外伝』11巻の合計38巻あります。
  読み返しは後日にして、ここはとりあえず、全集の広告ページにある「カムイ伝とは」という案内を全文引用しましょう。

 
江戸期のはじめ、日置藩に三人の少年がいた。
非人の子・カムイ、下人の子・正助、武士の子・草加竜之進である。
カムイは自由を求めて剣の道を究めようとするが
はからずも忍びの道に入る。
正助は百姓になろうと勉学に精を出し、農業技術を磨いていく。
竜之進は日置城主の陰謀によって草加家を滅ぼされ、復讐を誓う。
やがて、カムイは抜け忍として終わりのない逃亡と闘いの日々を送り、
正助は開墾した新田を守るため一揆を起こし、仲間とともに自首するが
役人の策謀によって一人生き残り、裏切りものの汚名を着る。
竜之進は武士という階級に深い疑いを抱えながら浪々の旅をおくっていく。
三人の少年たちは、圧倒的な大きさを持つ自然、社会制度、権力にぶつかり苦闘し、成長していく。

第一部では三人の夢と挫折が描かれ、外伝では逃亡を続けるカムイの内面が深く描かれる。
一度、ばらばらになった三人が再び出会い夢を追い始めるのが第二部。第三部で完結の予定。(http://www.shogakukan.co.jp/kamui/

 E382abe383a0e382a4e4bc9de4babae789a
(登場人物は、ゴールデンコミックス版第11巻より)

第三部でようやく物語は核心に入るのだと白土三平は言っているようですが、はたして、実際に第三部を読むことができるかどうか、はなはだ心配なところです。
 
  全集の刊行にあわせて
「白土三平とカムイ伝の世界」というサイト(http://kamui.shogakukan.co.jp/kamui/
が立ち上げられ、そこに田中優子が
「カムイ伝から見える日本」http://kamui.shogakukan.co.jp/kamui/original.html
を書いています。
 最近出た『カムイ伝講義』(田中優子、2008、小学館)という本は、これをもとにまとめられたもののようです。おもしろそうですが、未読なので今のところなにも言えません。ただちょっと残念なのは、この本の趣旨は『カムイ伝』そのものを論じることにはないことです。
「カムイ伝のむこうに広がる江戸時代から「いま」を読む」
と惹句にあるように、『カムイ伝』を素材にして、身分制度とか百姓の生活、農業・商業の発達などを検証し、江戸時代を考えるというのが、この本の目的のようです

 その他、ネットでは松岡正剛の『千夜千冊』の第千百三十九夜「白土三平『カムイ伝』全15巻」http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1139.htmlがとても参考になります。

 『カムイ伝 第一部』は、同時代で読んでいた本でした。「ガロ」の連載を読み、単行本を出る都度買って読み、友人たちとあれこれストーリイや登場人物について話もしたものです。
 その中に、どういうわけか「シブタレ」と呼ばれていた友人がいました。性格によほど問題があったのでしょうか。実はその「シブタレ」が毎月「ガロ」を買っていて、いつもそれを読ませてもらっていたのですが…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 6日 (木)

垣根の手入れ

 この三月に、タブノキなど大きな木を業者さんに切ってもらった話を書きましたが、小さな木は自前で切らなければなりません。
 このあたりでは、マキの垣根で家を囲っていることが多く、館山の那古のあたりには、わたしが勝手に「マキ囲いロード」と名付けている、立派なマキの垣根の続く道があります。これはそのうち写真をとってきて紹介しましょう。
 わが家も三方はマキの垣根になっています。手入れをしていないと、木は好きなように伸びていきます。

Pb030295

 こんな感じで、中には、いつのまにか勝手にはえてきた木もあります。上の写真で一番右上に見える木がそうです。

Pb030335

 こちらは最初の写真とは違う木ですが、真ん中のマキの横に勝手にはえてきて、メインのマキにからむようにして、マキよりずっと太く大きく育ってしまいました。切ると、垣根に大きく隙間があいてしまいますが、放っておくと優勢勝ちでマキが負けてしまうので切りました。

Pb030296

 ヘッジ・トリマーという庭木用の電動バリカンのようなもので、伸びすぎの枝を切って整えました。高さなどちょっとふぞろいです。まあ素人のやってることだから、いいことにしましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 5日 (水)

ビワの花と畑

 ビワの花が咲きはじめ ました。

Pb030305

 一本の茎でこれだけ花芽がつきますが、これから花もぎをして、左右一本ずつくらいを残します。それから実が大きくなったらさらに摘果して、最終的に残すのは一つか二つだけにします。
 「もったいない」と言ってたくさん残すと、大きな甘い実はできません。袋をかけたり、けっこう手間がかかります。

Pb030311

 畑では、まだトマトがとれます。収穫後に撮った写真なので、青い小さいトマトしか写っていませんが、赤い甘いトマトがとれました。

Pb030304

 これは秋ナス。

Pb030308

 ピーマンもまだいっぱいとれます。今夜はチンジャオロース(青椒肉絲)にするか、それとも牛肉を節約して、チンジャオ・チンジャオ(青椒青椒)?

Pb030310

 以下は、これから期待の、ダイコン、ショウガ、アスパラです。

Pb030302

Pb030321

Pb030323

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 3日 (月)

太郎ちゃんの漫画王かりんとう

 今日(十一月三日)、南無谷から帰ってきました。房総の金谷から久里浜へのフェリーの中でもこれを売っていました。

Photo

  太郎ちゃんの「漫画王」明太子かりんとう。「太郎ちゃんまんじゅう」もありました。行きには「純ちゃんまんじゅう」を買ったことだし、これも買ってみました。
 この内閣もそう長いことはなさそうだから、いつまでも売っているとは思えないので。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »