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2008年11月19日 (水)

週刊文春の創刊号

 週刊新潮の次は、やはり週刊文春の創刊号です。昭和三十四(1959)年四月二十日号。四十九年前になります。

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  この年の四月十日が皇太子御成婚。わたしは小学五年生でした。いわゆる「ミッチー・ブーム」で、同級生の女の子たちはみんなヘア・バンドをしていました。男の子にはなんとなく、のりきれない話題でしたが、ともかくブームがすごかったのを覚えています。
 創刊は四月二十日号となっていますが、十日以前に発売されたものか、記事の内容は御成婚前のものです。これが目次。

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  記事の中では、まだ結婚前なので「美智子さん」と呼ばれています。結婚後は「美智子妃殿下」と呼ばれていたと思うのですが、今の皇太子妃は「雅子様」と呼ばれています。これはいつから呼び方が変わったのでしょうか。

 高島俊男が、「Web草思」の「新お言葉ですが…」に「選ばなかった道」と題する文章を書いています。長くなりますが引用します。(『お言葉ですが… 別巻2』(2009、連合出版)に収録)

 (注:送られてきた讀賣新聞「編集手帳」の記事の)その二篇のうちの一つに、皇后の歌を引用してあった。前後をふくめてしもに引きます。

〈誰にも人生の岐路で選んだ道があり、選ばなかった道がある。皇后陛下のお歌を思い出す。「かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこ行きけむ」。選ばなかった分かれ道の片方には別の人生があり、行方は誰も知らない。〉

 この歌には心を打たれた。
 はじめて見た歌だから、もとより、いつどういう折につくった歌なのか知らない。あるいは歌会始に「道」という題が出た年があって、その時の作なのかもしれない。
 心を打たれたことはいくつもある。
 まず、「こんな歌をつくっていいのか?」というおどろき。
 (中略)
 皇后のほうは、岐路があった。その時に、たいがいの娘さんなら忌避したにちがいないほう——山手線に乗ることもスーパーマーケットへ買物に行くこともできなくなるほうを選んだ。 あの時に、ふつうの道のほうを選んでいたらどうだったろう。中央官庁につとめるエリートと結婚するか、大会社の社員と結婚するか、どっちにしても、時には学生のころからの友だちとおしゃべりしながら銀座をあるくくらいのことはできたろう。
 わたしが心を打たれたのは、第一にその大胆であったが、もう一つ、この歌から感じられる強い悔いの念である。
 あんなに美しかった人が、泣きそうな顔の、猫背の——これは身長の点でも天皇につきしたがう形をつくれ、と役人に要求されてのことだろう——老女になった。その悔いが、おそらく半世紀にわたって心身を苦しめてきたのであろうことがうかがわれる。
(中略)
 図書館で話をしたら、何人もの人から、あのかたは山歩きがすきだからこれはハイキングの歌かもしれない。すくなくとも表むきはそういう際のことをよんだ歌だということになっているのだろう。あの時右がわの道をおりたが、もし左がわへおりていたらどんな景色のところへ出ただろう、というふうな——。それなら宮内庁の役人云々は問題にならない。
 そうか。なるほどねえ。ぼくは自分の人生を悔いてばかりいるものだから、つい他人の歌まで自分にひきつけて受けとってしまったんだねえ。そうか。ハイキングの歌の可能性もあったか。考えもしなかったなあ。どうもありがとう、とお礼を申したことでありました。
http://web.soshisha.com/archives/word/2007_0215.php

 「分去れの道(わかされ-)というのは、分かれ道のことで、固有名詞としては、軽井沢町追分の中山道と北国街道との分岐点を言い、近くには「分去れの碑」もあるそうです。軽井沢と聞くとテニスを思い出します。
 高島は、最後にハイキングの歌かもしれないと結んでいますが、やはりこれははじめの解釈を想起せざるをえません。
 週刊文春の創刊号にも、こんなグラビアがあります。

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 あのころの新聞にはこんな写真がいっぱい載って、子供心にきれいな人だなあと思ったことを覚えています。あれから三十年たって昭和が平成になり、それからさらに二十年、五十年近い月日が過ぎました。
 司馬遼太郎の『台湾紀行(街道を行く40)(朝日文庫、1997)』には、「南の俳人たち」として台湾人の俳句が紹介されていますが、その中にはこんな句があります。

平成の皇后陛下お夏痩せ  董昭輝

 この句には、とくにやつれたという感じはないのですが、御成婚時を思うと、時の移り変わり感じさせます。

 もう一度、歌を読みましょう。

かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこ行きけむ

 わたしにも過去を振り返って「あのときに…」と思うことはありますから、歳をとれば誰にでもある感慨と言えば言えるのでしょうが、なにかしら重いものを感じてしまいます。

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