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2008年12月27日 (土)

沖縄旅行6 雑感いくつか

 第四日は、那覇午前十一時半の飛行機で帰るので、観光は首里城のみ。司馬遼太郎の『沖縄・先島への道(街道をゆく6)』によれば、戦前の首里の旧王城界隈は、京都や奈良に比すべき美しい街であったらしいので、少しゆっくりできるとよかったのだが、この日行われる沖縄マラソンの渋滞に巻き込まれるといけないからと、予定より早めに出発。復元された王城を忙しくひとまわりしただけで、終わってしまいました。

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 居酒屋で民謡を聴き、おきなわワールドでエイサーを見、琉球村で王朝行事の舞台を見、首里の城を見ると、やっぱり沖縄は別の国だったんだと思います。本土の古代の文化とつながっているのはたしかだろうけれど、日本と中国の間で、また違う文化の花がたしかに開いていたのだと感じられました。

 また、民謡居酒屋の歌い手や、観光用の伝統芸能の出演者が、みんな若いのにも驚きました。エイサーは、高校生くらいの男女が溌剌として太鼓を打ち、踊っていて、とても楽しいものでした。
 観光が、一つの大きな産業として成りたっているから、若い従事者がふんだんに供給され、その結果、伝統芸能が干からびてしまわず、いきいきと命脈をたもっているのでしょう。その土台があるから、沖縄独自の新しい歌謡も次々に生まれてきているのでしょうか。

 沖縄の普通の家は、台風対策のせいでしょう、鉄筋コンクリートの家が圧倒的に多い。三十数年前にきたときには、赤瓦を漆喰でかためた伝統的な建築に感心したものでしたが、ずいぶん減ってしまっているようです。

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 三十数年前にきたときは、本土復帰後ですが、自動車はまだ右側通行でした。当時、転勤で沖縄にいた友人の車をちょっとだけ運転させてもらいました。
 街中の車線がきちんと分かれているところではよかったけれど、田舎の狭い道で、向こうからやってくる車とすれ違おうとしたとき、わたしは無意識に左に寄ってよけ、向こうは当然右に寄ってかわそうとし、一瞬、ぎくっとしたことがあったのを思い出しました。

 今では高速道路もでき、街の風景もずいぶん変わったようです。でも相変わらず沖縄はいいところでした。また、ゆっくり来たいものです。

 三日目に泊まったホテルの前には、サンタクロースの帽子をかぶったシーサーがいました。沖縄旅行の話は、とりとめなく、これでおしまいです。

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