江ノ電でようやく江ノ島にたどりつきました。
江ノ島についての一番古い記憶は、
以前をいやア 江ノ島で
年期づとめの お稚児さん
という歌謡曲、三浦洸一の「弁天小僧」です。(これは春日八郎の歌だと思っていたら違いました。「お富さん」とごっちゃになっていたようです。)昭和三十年の曲だそうですから、小学校二年生のときですが、ちゃんと記憶にあります。この後は
くすねる銭も だんだんに
とうとう島を 追われ鳥
と、とても「よいこの愛唱歌集」には入れてもらえそうにない歌詞ですが、あのころの子供たち=わたしたちは、まるごと覚えてそのまま歌っていました。お稚児さんがどういうものか、弁天小僧が何をやっているのか、よくわかりませんでしたけれど。
でも「とうとう島を 追われ鳥」とか「髪も島田に 由比ヶ浜」などの「掛詞」もそのまま飲み込んで覚えたし、そのうちなんとなくこの弁天小僧の白波五人男の話も覚え、「お富さん」のおかげで「源氏店(げんやだな)」──「いやさ、お富、ひさしぶりだなあ」のあの芝居も知りました。このあたりの話は、当時の国民の共通の基礎知識みたいなものだったんだと思います。
三浦洸一の「弁天小僧」が聞きたい方はこちらからどうぞ。(YouTubeです) http://jp.youtube.com/watch?v=Ew7HxbTJjsk
江ノ島といえばなんといっても弁天様だと、途中の辺津宮・中津宮・奥津宮の三つの神社は横目で見るだけで、ひたすら島の奥の岩屋をめざしました。あの有名な裸弁天は岩屋にあるものだとばかり思っていました。ここも四十年くらい前に来たことがあって、洞窟の中で弁天様を見たような記憶があったのです。
ところが岩屋の奥で待っていたのは、雷鳴のような音と点滅する光に浮かび上がる作り物の龍。なんじゃこれは。五百円も入場料をとっているからサービスのつもりかもしれないが、ディズニーランドの「カリブの海賊」じゃあるまいし、小さな子供を驚かせたり泣かせたりするぐらいのことはできるかもしれませんが、ドラゴンズファンのわたしでもこれはいただけません。
奥からまた坂道を上ったり下ったりとことこ歩いて戻ってくると、弁天様は、島の入口に一番近い辺津宮の脇の弁天堂にいらっしゃいました。あんなに歩くことはなかったんだ。
この弁天堂は、昭和45(1960)年に造営されたものだというから、そのときに岩屋から移されたものなら、昔岩屋に弁天様がいたという記憶は間違いではないけれど、そのときまでは岩屋にいたという記事もない。どうもよくわかりません。
江ノ島もけっこう広いところで、岩屋への参道は登ったり下ったり、いささかくたびれて、しまいには左の膝が痛みはじめました。悪口を言ったから、あの龍のたたりでしょうか。前にもいためたところなのでちょっとやばい。龍の神様ごめんなさい。
土産物屋などの並ぶ参道の店で、しらすかき揚げソバとサザエの壺焼きを食べて、一息入れてから帰りました。

ともかく天気がよく、島のあちこちや展望塔から富士山がよく見え、気持のいい一日ではありました。
「弁天小僧」の次に記憶にある歌は、「真白き富士の嶺 緑の江ノ島」でした。
左端、海の上に突き出ているのは、茅ヶ崎の烏帽子岩です。