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2009年1月15日 (木)

鎌倉へ初詣

 昨日(1/14)は鎌倉の鶴岡八幡宮へ初詣に行って来ました。

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 子供が小さかったとき、正月はほとんど毎年わたしの田舎へ帰っていたので、初詣は地元の氏神様ですませ、松の内が過ぎ参詣客も少なくなった成人の日の頃に、家族で鶴岡八幡宮へ詣っていました。毎年大銀杏の下で子供の写真をとっていたので、貴重な定時定点撮影の写真が残っています。
 いつも境内の屋台でブドウ飴を買い。帰りに小町通りの「壁の穴」でスパゲティを食べるのが定番コースでした。大きくなるに従って、だんだん子供たちは誘ってもついてこなくなり、今では「壁の穴」もなくなってしまいましたが、十五日頃の八幡宮参詣は、夫婦でずっと続けています。勝手にここは家の氏神様のつもりです。

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 お詣りをすませたら久しぶりに江ノ島へ行く予定でしたが、途中で荏柄天神(えがらてんじん)の梅が咲いているという話を聞いたので、ちょっとそちらへまわってみることにしました。

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 これは行く途中にある源頼朝の墓。

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 これが荏柄天神。話のとおり紅梅が咲いていました。

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 これは荏柄天神にあったミツマタ。枝先が三つに分かれるので三つ又と言うそうです。三つの枝それぞれに花がひとつずつついています。咲くのはまだこれからです。
 ここまで来ると鎌倉宮(大塔宮)はすぐなので、正月でもあり、ちょっと寄ります。

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 これが鎌倉宮。お守りの獅子頭が鎮座しています。
 ついでに奥の土牢も見てきました。四十年前に見たはずですが、何も覚えていないので、あらためて確認です。

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 後醍醐天皇の皇子、護良親王(もりながしんのう)が足利方によって幽閉され、殺害されたということですが、吉川英治は、土牢ではなかったのではないかと、『私本太平記』にこう書いています。

  ことむずかしくいえば、土牢(どろう)は塗籠(とろう)で、すなわち”塗(ぬ)り籠(ご)め”──壁ばかりな部屋ということの訛伝(かでん)であろうか。(『私本太平記 六』P169、講談社、吉川英治歴史時代文庫)

 明日十五日はお焚きあげ、左義長です。ここ鎌倉宮のお札収め所は、写真のとおり、もうあふれはじめていました。

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 江ノ島へ行く前の寄り道が長くなってしまいました。

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