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2009年3月 9日 (月)

元禄忠臣蔵

 一昨日(三月七日)、歌舞伎座へ行ってきました。
  建て替えのため四月までさよなら公演というので、あわてて演目も見ずに切符を買ったら、なんと来年の四月まで十六カ月もさよなら公演は続くのだそうで、なにもあわてることはありませんでした。

 出し物は真山青果の「元禄忠臣蔵」。見たのは夜の部で、「南部坂雪の別れ」、「仙石屋敷」、「大石最後の一日」。大石内蔵助を市川団十郎、片岡仁左衛門、松本幸四郎がそれぞれ演じ、「南部坂雪の別れ」では瑶泉院を人間国宝中村芝翫という豪華な顔ぶれでした。

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 おもしろく楽しんできましたが、ちょっと気になったのは「南部坂雪の別れ」最後の場面、内蔵助の真意を知った瑶泉院が屋敷から見送るところ。道路に面した窓から瑶泉院が顔を出して、ということなのですが、武家屋敷の囲いにあんな窓があるものか、吉原の張見世じゃあるまいし、と感じました。
 まあ歌舞伎のご都合主義は毎度のことで、なんでもありですから細かいことを言い出すときりがないようですが、この場面はなんだかおかしな絵に見えました。せっかくの芝翫と団十郎なのに。

 おかしいといえば、「大石最後の一日」も。おみのという、義士の一人礒貝十郎左衛門と結婚の約束をしていた娘が男装して、内蔵助に十郎左衛門に会わせてくれとせまる。十郎左衛門の心を確認したおみのは喜びながら、切腹の場に向かう十郎左衛門を見送って、いつわって屋敷内に潜入したおわびにと腹を切って死にます。
 おみのが、なんで腹を切らないといけないのか、これは外国の人にはわけがわからないのではないのでしょうか。男装の潜入は微罪で情状酌量の余地が大きい、男の気持ちは確かめられた、しかも年とって病気の父親さえ残っているというのに。
 わたしにもいまいち唐突な感じはしますが、それでもなんとなく心根のあわれさ、いじらしさみたいなものや、話全体の流れを感じて、わかってしまうところがあります。欧米人に説明を求められたらうまく説明できそうにないので、日本の芝居ではこういうとき死ぬことになってるんだ、とでも言うしかありません。
 ちなみに、おみのを演じた中村福助はとてもきれいでした。

 前に『パルムの僧院』の読後感で、 ヒロインのクレリアが、永遠に主人公ファブリスを見ないという誓いを守るため、闇の中で密会したという話が、わたしには納得できないと書きましたが、これは現実にありうる話かどうかはともかく、きっと欧米人にはなんとなくわかる話なんでしょうね。おみのの腹切りはわからなくても。

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