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2009年5月19日 (火)

盗まれたスタインベック

 『盗まれたスタインベック』(ウェイン・ワーガ、村山汎訳、扶桑社ミステリー、昭和63)

 カバー裏表紙の売り文句は、

「ライフ」誌の特派員として中南米を駆け回っていたジェフリー・ディーンは、現在ロサンジェルスに書店を構え、古書売買を生業にしている。
ある日、地元で開催された古書市に出かけたディーンは、そこでスタインベックの二冊の初版本と再会した。それは、かつて彼の蔵書であったが、必要に迫られて手放したものだった。
だが、しばらくぶりに手にとってみたその二冊には、以前なかった著者の献辞と署名が入っていた。すでにスタインベックは物故している以上、この署名は明らかに偽造であった。
ひさしぶりに記者魂が甦ったディーンは、二冊の追跡調査を開始した。……が、本の売り渡し先を尋ねた時から彼の身辺に黒い影がつきまといはじめた。
1985年度アメリカ私立探偵小説作家賞新人賞に輝く異色のミステリー!

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 古書市から話が始まり、古本の相場の話やオークションと、古本好きには興味津々の話題が次々出てくる。しかも主人公は、現役作家の初版本と探偵小説を専門に扱っているから、出てくる作家の名前や本も、標題のスタインベックに、レイモンド・チャンドラー、ロス・マクドナルド、エリック・アンブラー、カート・ヴォネガット…と、あらかたわかるのがうれしい。
 まあアメリカ生まれの古本は、1600年代のイギリス植民地時代にまでしかさかのぼらないから(「殺人詩篇(ウィル・ハリス)」参照)、やたら古い本は出てこない。これが西洋中世の宗教書だの歴史書だのの話だと、出てくるナントカ修道院もカントカ城もわからないし、実在の本の話かどうかすらわからないことが多い。

 偽造されたスタインベックを追っていく話に、離婚した妻との子供の養育と金をめぐる話や同業者の姪の英文学教師との出会いがからみ、さらに怪しいアラブ人の古書業者があらわれて、CIAのスパイが登場し、とうとうカダフィ大佐の大統領暗殺計画にまでつながっていく。
 正直な話、これはやりすぎじゃないのという気がしてくる。古書業界の話で十分おもしろいのに、ここまで話を広げる必要があったのか。
 大統領暗殺という大仕事をもくろんでいる人間が、古書の偽造を調査しているだけの奴を、わざわざ殺そうとして話を面倒にしてどうする。それも狙撃すればすむところを、オートバイで幅寄せして乗用車を坂から落とそうとするなんて、映画化を意識しているんだろうが、不自然きわまりない。

 小鷹信光も同じように感じたらしく、巻末の解説で、作者自身ではなくエージェントか編集者がスパイ小説に仕立てるよう求めたのだろうと書いている。アメリカでは編集者の力が強くて、しかもこれは処女作だということだから、おそらくそのとおりなのだろう。無理やりスパイをはめこんで、その部分が浮いてしまっている。

 小鷹はまた、ベッドシーンがよかった、とも書いているが、これについては海外ミステリの愛読者である養老孟司の『臨床読書日記』から、次の部分を引いておこう。

 楽しみで読む小説には、よく性描写が出てくる。著者はサービスのつもりらしいが、ほとんどの場合、これは邪魔である。アメリカの場合には、ひょっとすると編集者が要求しているのではないか、という気さえする。ともかく私の場合、性が出てこなければ、それだけで点が上がる。べつに上品ぶっているわけではなくて、性は話の筋書きと関係がないので、話の邪魔になる。ウルサイ。(『臨床読書日記』(文藝春秋、1997)娯楽で読む本、p66)

 本当に、アメリカのミステリでは、欠かせないものとしてベッドシーンを一定量以上入れるよう決められているのではないかと思うときがある。
 そういえば、別れた妻から子供の養育や金のことで無理を言われ…というのも、よくあるパターンだ。たいてい男は我慢してがんばっている。
 これがアメリカの男の二大関心事項ということだろうか。

 カダフィ大佐にまで結びつけるのはちょっと強引だったが、古本話を十分楽しむことができ、合格点のミステリである。
 ただ最後に、あれっと思ったのは、スタインベックはどうしたんだ、ということ。『盗まれたスタインベック』というタイトルから、これはスタインベック本人またはその本にまつわる謎を追うミステリだとばかり思っていたのに、そんな話はどこにも出てこない。たまたまスタインベックのサインを偽造した本が見つかった、その偽造者を探っていくと…という話。
 上の写真を見ても、スタインベックがむずかしそうな顔をしているし、これではそう思ってしまうではないか、羊頭狗肉だと文句を言いたくなるが、その下には『HARDCOVER』の文字があるのに気がついた。
 原題は『ハードカバー』というだけで、スタインベックの名前はない。日本語の題にだまされたというわけだった。ただの『ハードカバー』より、『盗まれたスタインベック』の方がそりゃ売れるだろうけど…。

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