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2009年6月 3日 (水)

井上ひさしと渡部昇一

 井上ひさしが上智大学の学生時代、当時大学の図書館で働いていた渡部昇一に腹を立てて悪さをしかけたという話。そこそこ知られている話のようですが、わたしは最近知りました。驚いて、以前読んだ本をひっくり返して確認してみました。

 井上ひさしの『本の運命』(新潮文庫、2000)と渡部昇一の『知的生活の方法』(講談社現代新書、1976)。
 『本の運命』は単行本が1997年だから十年くらい前、『知的生活の方法』は、これがベストセラーになったころだから三十年以上も前に読んでいます。読んだ時間が離れすぎているから、この二つを結びつけて考えることはできませんでした。

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 井上ひさしは、『本の運命』にこう書いています。

 もちろん大学には図書館がありました。釜石で感激してますから、ここも通いつめた。ところが、この上智大学図書館がひどかった。
 夜八時まで開いているんですけど、借りた本はそれまでに必ず返さなければいけない。返さないとバツ印がついて、次から借りられなくなる。ところが、こっちもアルバイトの都合やなんかで、そう時間通りにはいかない。遅れまいと必死で走っていくんですが、館員に厳格な人がいて、一秒でも過ぎると返却を受け付けてくれないんです。「これ受け取ってくれないと次の本借りられないんだ」って言うと、「いや、だめだ、規則だから」の一点張りで、融通が利かないんですね。八時ちょうどに鎧戸を下ろしはじめるので、下に足を突っ込んで何とか隙間から本を返そうとするんですが、逆に足を蹴飛ばされたり──(笑)。
 この館員に怒ってる学生がたくさんいたんです。そこで、みんなで「よし、あいつに一度、泡を吹かしてやろう」と相談一決、大学図書館が一番大事にしている本を盗んでしまおうということになった。(P113~114)

 渡部昇一の『知的生活の方法』を見ます。

 この、空間に苦しめられた(注:本の置き場に困ったということ)私が、二年間ばかり、異常な幸運に恵まれたことがある。それは海外留学から帰ってきた直後のことであった。留学中も同じく衣食を節して本を買ったのであるが、当時、東京には置くところがないので、大学宛に送った。そして帰ってくると上智大学の講師になり、志願して図書館の住込み宿直員になった。図書館のまだ空いているところに私の本を置いてもらい、同じ建物の中の夜警宿直者用の小部屋に住まわせてもらうことになったのである。普通の日は図書館は七時ころまでには閉まる。私は窓が全部閉まっているかどうか、三階建ての建物を見廻る。そして鍵をおろす。するとこの建物は私の城となった。正確に言えば、この建物にはもう一つの宿直室があり、若い哲学の研究者が住んでいたから、私たち二人の城となったと言うべきであろう。彼も読書家で議論好きで、しかも音楽に詳しかった。われわれは安物のステレオを廊下に出して、ベートーベンをかけたりした。三階までふき抜けになっている図書館の階段下のホールで、それは壮大な音楽となった。また、考えごとをするときは、真夜中の図書館を一人こつこつと歩くのである。なんという贅沢であったろう。(P97~98)

 ここのところ、一度くらいはこういう環境ですごしてみたいと、うらやましく思ったものでした。 この渡部が、厳格で融通のきかないわからずやの図書館員だったとは。

 井上は友人たちと、渡部が当番のときに、ガラスケースに入っていた貴重書を盗み出し、神田で売り払って、その頃流行していた「なんでも十円寿司」で腹いっぱい食べた。

 後で彼はすごく叱られたという噂を聞いて、溜飲を下げましたが、後日談を言いますと、彼はのちに有名な評論家になられました(笑)。(『本の運命』P115)

 というわけです。

 小役人風の杓子定規な対応はいけませんが、だからといって腹いせに本を盗んで売り払ってしまうというのは、今考えるとずいぶん乱暴な話です。1960(昭和35)年頃の話のようですが、実際に当時の若者は、これくらいのことは平気でやっていたのでしょうか。
 1960年は、わたしの中学入学の年です。若い体育の先生が、これに類する学生時代の武勇伝を話してくれたのを、尊敬とあこがれのまなざしで聞いたものでした。だから、井上の話にも武勇伝として多少の誇張があるかもしれませんが、戦後の焼跡・闇市の名残というか、これくらいやってしかるべきという気風はあったのでしょう。

 まあ、井上ひさしと渡部昇一では、若い頃から意見があったとは思えません。

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