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2009年8月27日 (木)

長良川の鵜飼

 2009年8月22日(土)から25日(火)まで、岐阜方面へ行ってきました。

 今回は、まず長良川の鵜飼を見ようということで、夕刻乗り場へ。

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 6時15分乗船開始。屋形船の乗合船に乗りました。夏休みの土曜とあって、ホテルや団体の貸切船など、たくさんの舟が出ていました。

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 少し上流へ行ったところに舟をとめて、鵜飼がはじまるのを待ちます。なんと開始は7時半だそうです。この間に舟の中で弁当を食べ、お酒など飲んでゆっくりと、ということです。
 三十数年前に一度来たことがあるのですが、どういう手順だったのか、何もおぼえていませんでした。

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 すっかり暗くなってから、六艘の鵜舟が、とめてある屋形船の前を、鵜飼をしながら間をおいて流れていきます。篝火が揺れながら、まわりを照らしています。なかなかの見ものです。

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 ちょっと遠いけれど、鵜匠が鵜を操っているのが見えます。どんどん進んでいくので、鮎をちゃんととったかどうかとか、細かいところまでは確認できませんでした。

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 このあと、六艘の鵜舟が横隊になって、「総がらみ」という漁法を見せて、鵜飼は終わりです。

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 風情のある光景でしたが、この終わりの頃から、わたしはちょっと困った事態におちいっていました。腹がしくしくしてきて、なんとなく便意を催してきたのです。
 まあ大丈夫だろうと思っているうちに鵜飼が終わって、ああよかった、これで帰れる、今動くか、この次かと待っていると、どうしたことかわたしの乗った舟はいっこうに動かない。そのうちに腹の方はどんどん高まってくる。
 三十艘くらいいた屋形船のうち半分以上が出発して、右隣も左隣もいなくなってしまったのにまだ動かない。船着き場で降りるのに時間がかかるせいか、それまで順番に出ていたのに、残っている舟は全然動かなくなってしまいました。乗合船は、どうも一番後になるらしい。
 もうすぐだと思うからほとんど脂汗をかきながら我慢していたのに、動かなくなっていつになるかわからないとなると不安が高じて、とてもたまらない。とうとうもうダメだと観念し、船頭さんに「便所へ行きたいから降りる」と言って、船尾から降りて、川原へ一目散。

 「舟へ戻ってもらわないと困る」と言われたけれど、「もう戻らない」と言い捨ててきたので、そのまま船着き場まで向かったら、これがなんと近いこと。三百メートルもないくらいで、すぐ着きました。暗くてどこへ舟をとめているのかわからなかったので、我慢して苦しい思いをしたけれど、これなら早めにさっさと降りて用を足して、また舟へ戻ることだってできました。うーん、なんだか自分が情けない。

 芭蕉の句が身にしみました。

おもしろうて やがてかなしき 鵜舟かな 

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コメント

私は生まれも、育ちも岐阜県です。長良川の上流
で育ちました。従って、「鵜飼い」見物は過去に
数回あります。子供の頃は余り感激はありませ
んでしたが、大人になってお酒を飲み、料理を味
わいながらの「鵜飼い」は正に「一夜大名」にふ
さわしいものだと思いました。私的には「鵜飼
い」はいい思い出ばかりです。将来、屋形船を一
艘借り切って、気の置けない仲間と「鵜飼い」見
物をやりたいと思っています。

投稿: | 2009年9月 1日 (火) 16時48分

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