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2009年8月20日 (木)

平凡パンチの創刊号

 週刊「平凡パンチ」創刊号。昭和39(1964)年5月11日号です。

 秋には東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開催された年。わたしは高校二年生でした。
 平凡パンチの創刊は覚えていますが、買った記憶はありません。高校生の小遣いでは、なかなか週刊誌までは買えません。「伊賀の影丸(横山光輝)」や「おそ松くん(赤塚不二夫)」で大人気だった『少年サンデー』は、友達とのまわし読みなどでやりくりして、ちゃんと読んでいましたが。
 電車通学の途上、他の記事を読むために買った『サンデー毎日』に、司馬遼太郎の「国盗り物語」が連載されていて、読んでみたらとてもおもしろく、続きを読みたくて何号か買いました。しかし、とても資金が続かず、「こんな大衆小説を読んでいては、いかん」と途中でやめたことを覚えています。司馬遼太郎の読み始めでした。

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表表紙と裏表紙

  大橋歩のイラスト、今となってはなつかしいけれど、この表紙が見はじめで、名前もはじめて知りました。斬新でした。
 そして、これがその創刊号の目次。

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 トップ記事は「ポルシエ九〇四」、グラビアは加賀まりこにワシントン広場にファッション。 車、女、アメリカ情報にファッションの基本路線はこの後も変わらず、一世を風靡しますが、今見ると、創刊号の中身は意外に地味です。

 表紙を開けると、こうなっっています。

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 表紙とトップ記事の間に、頁幅を狭くした厚手のカラーグラビアとして三船敏郎(「赤ひげ」です)とアン・マーグレットが挟まっています。これが後にはピンナップになって、平凡パンチの礎となるのですが、創刊号はこれだけです。

 加賀まり子の写真もこんなもの。

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 そしてこれが「ワシントン広場の若者たち」のグラビア。

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 「ワシントン広場の夜は更けて」この歌もずいぶん流行りました。「グリニッチ・ビレッジ」は憧れでした。
 しかし、上の写真を見ると、なんだかフォークダンスか盆踊りの紹介のようにも見えます。この歌詞もこうやって眺めるとなんだか場違いです。

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