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2009年8月30日 (日)

墨俣一夜城

 伊吹山を下りてから岐阜へ戻るまで時間があったので、墨俣一夜城へ足を伸ばしてみました。
  木下藤吉郎が一夜にして城を築いたという伝説の真偽については諸説あるようですが、地元では平成3年に、竹下内閣のあの「ふるさと創生資金」の一億円で城を造り、「墨俣一夜城歴史資料館」としているそうです。
 レンタカーのカーナビの操作を間違えて、少し行き過ぎてしまいましたが、なんとかたどり着きました。

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 長良川に平行して流れる支流のほとりに「墨俣一夜城歴史資料館」はありました。

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 ところが残念なことに月曜休館のため、中へは入れませんでした。
 ここへ寄ってみようと思ったのは、以前にこの本を読んでいたからでした。

Photo

 藤本正行、鈴木真哉『偽書『武功夜話』の研究』(洋泉社、2002)です。
 この本のカバーの袖にはこう書かれています。

戦国文書『武功夜話』は、なぜ偽書の疑いが強いのか?
一九五九年の伊勢湾台風で、愛知県内の旧家の崩れた土蔵から発見された「前野文書」は、のちに『武功夜話』と題して公刊された。
同書はNHKや朝日新聞などのメディアが、戦国時代を解明する第一級の史料として喧伝したり、遠藤周作や津本陽らの有名作家の種本として使われたことから、その内容が史実として一人歩きすることになる。
しかし、同書はその原本が公開されていないために、用語や記述に多くの疑問がありながら、専門家の検証すらなされてこなかった。
在野の戦国史研究の第一人者が、様々な角度から徹底検証し、真贋に決着をつける!

 つまりこの本は『武功夜話(前野家文書)』という古文書はニセモノだと主張しているのですが、その『武功夜話』には墨俣一夜城の築城について詳しく書かれており、それにのっとってこの歴史資料館の展示も行われているということなのです。
 『偽書『武功夜話』の研究』はなかなかおもしろい本で、それなりに説得力があります。しかし『武功夜話』本体を読まずに、これが正しいのかどうかは言えません。『武功夜話』は全5冊、定価4万数千円、それにわたしに読みこなせるかどうかも考えるとちょっと手が出ないので、とりあえずこの資料館だけでものぞいておこうかと思ったのでした。

 真贋はともかく、この『武功夜話』をもとにして書かれたという、遠藤周作の『決戦の時』、『男の一生』はおもしろい時代小説でした。
 木曽川沿いの川並衆の野武士であった蜂須賀小六と前野将右衛門は、信長、秀吉と関わっていくことで、戦国の世の中、次第にのしあがっていきます。しかし大名になり、関白秀次の守り役となった前野将右衛門は秀頼が生まれたことによって、秀次と一緒に滅亡させられてしまいます。
 この前野家の子孫の家に伝わったのが『武功夜話(前野家文書)』だというわけです。

 わたしは濃尾平野の同じ木曽川沿いで生まれ育ちました。しかも父方の祖父はポンポン船を持っていて、名古屋まで木曽川を下って石を運んで売るという仕事をしていました。だからわたしもいわば川並衆の末裔ではないかと思いながら、蜂須賀小六や前野将右衛門が、子どものころから馴染みのある地名の間を駆け回って活躍するのを読むのは、とても気持がいいものでした。
 地元民としては『武功夜話(前野家文書)』は本物であると考えたくなるのがよくわかりました。なんと言われても、郷土が生んだ英雄のことだし、その方が楽しいんだからいいじゃないか、ということになるのでしょう。

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 この墨俣一夜城には金の鯱までついています。こんな城を一夜で築いたわけはありませんが、これも地元の、このくらいであってほしいという願いのあらわれでしょうか。大垣城の天守を模したものだそうです。

 『武功夜話』なり、その研究書なりをまた読んでみたいと思います。

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