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2009年10月

2009年10月29日 (木)

横浜能楽堂・掃部山公園

 10月27日(火)、横浜能楽堂へ「ブランチ能」というのを見に行ってきました。
 平日の午前中からお昼まで、子供の一時保育もつけて、能の普及をはかろうという趣旨のようですが、やはり客は、わたしと同年輩かそれ以上の高齢者が多い。

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 演目は、狂言 「鎌腹(かまばら)」 (大蔵流)
      能 「鉄輪(かなわ)」 (喜多流) 

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 前回、能を見たとき、途中で寝てしまってさっぱりわからなかった(芸能鑑賞二題)ので、今回はちゃんと能を鑑賞しようという趣旨です。
 そうしたら、なんと狂言「鎌腹」がはじまってそうそう睡魔が襲ってきて、大半を寝てしまいました。これまで、狂言はなんとか話がわかって、けっこうおもしろいので寝たことはなかったのですが、どうしたことか気持ちよく眠ってしまいました。

 しかし、これで寝が足りたせいか、能の方は、最後までしっかり見ることができました。
 今回の「鉄輪」は、「お、陰陽師安倍晴明が出てきた」とか、話もよくわかって、しかも主人公の、夫を呪う女は、後場では見た目も恐ろしい鬼女の面(「橋姫」という面だそうです)に変身して出てきて、怖さもよく理解できます。しかも前回見た「野宮」は二時間かかりましたが、今回は一時間で終わりました。

 今回のような演目をいくつか見続けていけば、そのうち能の良さもだんだんにわかってくるのではないかという気がしてきました。また行くことにします。

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横浜能楽堂

 この横浜能楽堂は桜木町駅から紅葉坂を上がった掃部山(かもんやま)公園の一角にあります。この「掃部山」の名は、あの幕末の大老、井伊掃部頭(かもんのかみ)直弼にちなみ、井伊直弼の銅像があります。

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 この銅像を見ると、いつもこれを思い出します。

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 日本開港100年の記念切手(昭和33(1958)年5月10日発売)です。
 この切手に描かれているのが掃部山公園の井伊直弼像です。まわりの模様は、開港した横浜・函館・長崎の各市章です(菱形が横浜、巴が函館、星が長崎)。
 当時わたしは小学5年生。切手収集が流行っていて、兄たちの真似をしてわたしも集めたものでした。この切手は発売と同時に買いました。
 この頃の記念切手は、大ブームだったので発売枚数も多く、持っている人も多く、あまり値上がりしてないようで、ネットで調べてみると、この開港百年切手は未使用のもので1枚50円くらいが相場です。

 なんとなく、幕末に井伊直弼が、この山から開港予定の港を見下ろしていたようなことでもあって、ここに銅像を建てたのだろうと、ずっと思っていました。
 あらためて公園内の看板を見てみると、横浜開港50周年記念の1909年(明治42年)に、旧彦根藩有志が、井伊直弼の開港の事績を顕彰するため、この丘に直弼の銅像を建て、「掃部山」と名付けたとのことで、直接この場所にゆかりがあったわけではないようです。
 その後、1914年(大正2年)、井伊家から土地と銅像が横浜市に寄贈され、市が公園にしたと、また別の碑には書いてありました。
 銅像を建てた当時は、きっとここから港が見えたのでしょうが、今や見えるのはビルばかり。下の写真の正面に見えるのはランドマークです。これではちょっと井伊直弼もかわいそうな気がします。

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 ちなみに今年はちょうど開港150年。あの切手から、もう50年たちました。
 6月2日には開港150年記念切手も発売されました。手元には下の使用済の横浜の三種しかありませんが、横浜、函館、長崎それぞれ十種セットで発売されています。 

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 横浜開港150周年記念テーマイベント「開国博Y150」というのも開催されましたが、不人気で今ひとつ盛り上がらず、わたしもとうとう行かずじまい。赤字を出して市長が逃げ出したというような話まで流れています。横浜市民としては、ちょっと情けない話です。

 

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2009年10月26日 (月)

三省堂古書館へ出品

 2009年10月27日(火)、神田古本まつりの開催にあわせて、神保町に三省堂古書館がオープンします。

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http://www.books-sanseido.co.jp/blog/kosyo/

 この古書館には、当店「なむや文庫」が参加しているスーパー源氏(http://sgenji.jp/)加盟の古書店32店が出品します。

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神田神保町の三省堂書店本店

 場所は、上の写真の三省堂書店神保町本店の裏側、三省堂書店第2アネックスビル4階。すずらん通りです。
 入口がちょっとわかりにくいかもしれません。下の写真に矢印を入れておきました。

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 なむや文庫もその一角に、ささやかながら出品いたします。10月23日(金)に行って、本を配架してきました。当初の予定より少ない冊数になりましたが、汗をかきながら棚の高さを調整して、一所懸命並べました。
 どういうお客さんが来てくれるのか、よくわかりません。神保町という土地柄から、けっこう渋い本も売れるのではないかと、たいしたものはありませんが、ノンフィクション系の地味目の本を中心に並べてみました。開店後の様子を見て、また対応を考えます。

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 オープンすると店名の表示はなくなりますので、なむや文庫の棚がどこか一見してもわかりません。(本に貼ってあるラベルには店名が印字してあります。)
 それでも、古本のお好きな方、ご用とお急ぎでない方など、神田・お茶の水方面についでのある節には、どうぞお立ち寄りくださるよう、よろしくお願いいたします。

 

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2009年10月23日 (金)

秋の収穫

 ほったらかしになっていた畑の中に、鮮やかに赤いものが見えます。
 これは赤くなってしまったピーマン。

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 そしてこれはシシトウ。

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 なんとかなっているのではと思わせるのは、このサツマイモ。

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 掘ってみるとこのとおり、けっこう大きな芋がとれました。

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 荒れた畑から、食べられそうなものを集めたら、こんなにありました。

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 これは冨有柿です。いくつか実が落ちていましたが、残っているのはそろそろ食べられそうな感じ。

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 一つ切ってみました。
 そこそこ甘くて、OKでした。

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 ほったらかしの畑でも、ちゃんと秋の収穫はありました。
 うれしいものです。 

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2009年10月22日 (木)

二ヶ月ぶりの南無谷

 10月15日から18日まで南無谷へ行って来ました。なんだかんだあって前回から二カ月も間があいてしまいました。
 前回は夏の暑い盛りだったのに、今回はもう秋です。入口には枯葉がいっぱいたまっています。

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 庭の草は伸び放題。

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 畑のミニトマトは、支柱ごとサクランボの木にもたれかかっていました。その他の野菜も、立ち枯れか伸び放題の状態。次に来たときに片づけるつもりでいたのですが、間があきすぎました。

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 去年、秋の庭で紹介した花の中には、不在のうちに、もう終わってしまったものもあるようですが、コスモスは好き勝手にいろいろ咲いています。

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 花の名前は、うちの奥さんがいろいろ教えてくれるのですが、なかなか覚えられません。
 これはムラサキシキブ。

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 これは…?

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 これも… 

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 あ、これはわかります。バラです。

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 ともかく庭の草刈りをして、畑を片づけました。

 空の色は青、木の葉も色づいて、もうすっかり秋です。

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2009年10月19日 (月)

『ロケットボーイズ』

 秩父の農民ロケット「龍勢祭」を見て、思い出した本と映画があります。

 『ロケットボーイズ』(上・下、ホーマー・ヒッカム・ジュニア、草思社、2000)と映画『遠い空の向こうに』(1999、アメリカ、原題 October Sky)です。
 その名のとおり、ロケットを打ち上げる少年たちの物語です。

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 上巻のカバー袖にある売り文句を引用します。

1957年、ソ連の人工衛星スプートニクが、アメリカの上空を横切った。夜空を見上げ、その輝きに魅せられた落ちこぼれ高校生四人組は考えた──このままこの炭鉱町の平凡な高校生のままでいいのか?そうだ、ぼくらもロケットをつくってみよう!
度重なる打ち上げ失敗にも、父の反対や町の人々からの嘲笑にもめげず、四人はロケットづくりに没頭する。そして奇人だが頭のいい同級生の協力も得て、いつしか彼らはロケットボーイズと呼ばれる町の人気者に。けれど根っからの炭鉱の男である父だけは認めてくれない……
         ***
のちにNASAのエンジニアになった著者が、ロケットづくりを通して成長を遂げていった青春時代をつづる感動の自伝。

 何年か前に読んだ本なので、細かいところはもう忘れていますが、ロケットづくりの苦心談に、父親との葛藤・田舎の斜陽の炭鉱町(舞台はアパラチア山脈)からの脱出という青春物語がからんだ、とても楽しい本でした。
 アメリカの田舎というのは、当時の日本とたいして変わらないくらい封建的?(家父長的?)あるいはもっと厳しいところではないかと思った本でもありました。

 これを映画化したのが『遠い空の向こうに October Sky』です。

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『遠い空の向こうに』 DVD

 本を読んでから映画を見ると、ついつい本の「絵解き」を見るようになってしまいます。それに話がわかっている分、感興が削がれるところもありましたが、十分おもしろい映画でした。

 廃れていく炭鉱町、父親との葛藤、それにイベントの成功までの苦労話というと、そのまま日本映画『フラ・ガール』です。あれもおもしろい映画でした。あの映画の製作者はきっと『ロケットボーイズ』あるいは『遠い空の向こうに』を見ているに違いありません。

 スプートニクの打ち上げのとき、わたしは10歳で、小学校四年生でした。当時の大ニュースで、マンガの世界が現実になっていくんだということを教えられました。わたしも夜空を見上げ、科学者にあこがれたものです。そしてソ連の人工衛星打ち上げの記念切手を手に入れました。
 『ロケットボーイズ』の著者は当時14歳で、ハイスクールでロケットを作り、炭坑町を出て大学へ進み、とうとうNASAの技術者にまでなったという、夢を実現した人生を送ったわけですが、わたしは記念切手から先へは進めなかったようです。

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2009年10月17日 (土)

秩父山の家

 龍勢祭が終わってから、K熊さんやO川さんたちの「秩父山の家」へ行くことになりました。日帰りのつもりで来たので何の準備もしていなかったのですが、いつも龍勢祭と山の家はセットになっているようで、お二人は今夜そこで泊まる予定とのことでした。一度行ってみたいと思っていたので、飲んでいい気持になっていた勢いも加わり、この際われわれも行こう、という話になりました。

 西武秩父駅から、荒川の支流でしょうか、浦山ダムのある川沿いの道を30分ほど行ったところへ車をおいて、さらに山道を40分ほど登ります。もうすっかり暗くて、懐中電灯だけが頼りです。

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 「秩父山の家」というのは、K熊さんやO川さんが勤めていた会社の仲間を中心に、みんなで、この山中に維持・共用している家のことです。

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 山の家のメンバーで、家の所有者でもあるN山さんが先に来ていて、囲炉裏に火をたいて食事の支度をしながら待っていてくれました。

 明くる朝、6時頃起きて外に出てみると、家の外には山の稜線が見え、「ピーッ」という鹿の鳴き声が聞こえました。
 稜線の右側の方が東京都との境界だそうです。
 この景色は、風呂の窓からも眺められます。

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  山の家はこんな感じ。昔ここは八軒の集落だったそうですが、今では使われているのはこの家だけ。

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奥に見える新しい小屋が稜線の見える風呂場

 老朽化していて、手直しのための足場も組まれています。山の家のメンバーには技術屋さんがたくさんいて、たいていのことは自分たちでやってしまいます。風呂場もみんなで新しく作ったもの。資材をここまで上げるのが一番大変なようです。

 家の下の、今は崩れかけたユズの段々畑でユズを採って、お土産にもらいました。
 昨日に引き続き天気がいいので布団を干したりもしました。

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今回は突然やってきたうえ、わたしが仕事の予定があったことを朝になってから思い出したので、あまりのんびりもせず、昼ご飯をすませて早々に帰ることになりました。

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 山道を下る途中、普段の不摂生からでしょうか、古傷の左膝が痛みはじめましたが、なんとか無事下までたどり着きました。

 K熊さん、0川さん、N山さん、どうもお世話になりました。重ねてありがとうございます。
 また今度、山菜採りの季節などにお邪魔したいと思っております。

 

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2009年10月16日 (金)

秩父の農民ロケット「龍勢祭」

 10月11日(日)は、秩父の吉田町(埼玉県秩父市)へ「龍勢祭(りゅうせいまつり)」を友人たちと見に行ってきました。

 下の写真は、当日もらった二種類のパンフの表紙です。
 龍勢とは、現地の椋(むく)神社に奉納のため打ち上げられるロケットのことで、丸太をくりぬいたものに火薬を詰めて作ります。戦国時代から伝わるとのこと。地元には打ち上げの流派が二十七もあって、それぞれに秘伝を守り、工夫をこらし、毎年打ち上げの技を競うのだそうです。流派名は、武甲雲流とか愛火雲流、城峰瑞雲流など華やかな名前です。

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 当日は10万人という人出です。横浜から池袋経由で西武秩父へ着くと、駅から龍勢会館行きのバスは次々出ていますが、どれも超満員。ポールにつかまって窮屈な姿勢のまま40分揺られて、ようやくたどり着きました。わが家を出たのは8時ちょっと前、現地へ到着したのはもうお昼頃でした。

 今回の見物は、このお祭りの見物桟敷を毎年確保している埼玉在住の知り合い(仮にK熊さん、O川さんとお呼びします)からお誘いがあってのこと。現地では道路端など無料の見物客も大勢いますが、龍勢のよく見える場所にはずらりと有料桟敷が並びます。
 お二人の桟敷はいい位置にありました。

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桟敷席と打上櫓(発射台、赤で囲んだところ)

 詳しいことは下記の公式ホームページを読んでいただきたいと思いますが、龍勢は花火大会のように短時間に次々と打ち上げられるのではなく、15分間隔で一本ずつ、朝9時から夕方4時半ごろまでの長丁場となります。
 例外的に二本上げるところもありますが、だいたいは各流派とも一本上げるだけ。火薬を使うのでテストをするわけにもいかないそうで、一年間この日のために努力して、本番の一本がうまく上がるかどうかという勝負になります。ですから各流派とも気合いが入っています。
http://www.ryusei.biz/festival/ryu01.html

http://www.ryusei.biz/festival/ryu02.html

 順番が来ると、発射台で打上の準備をしている間に、まず本部から女声のアナウンスで流派の概略の案内があります。その次に各流派の自己紹介で、どんな団体か、どんなところに工夫したかなど詳しい説明があって、さらにその後、打上の口上(こうじょう)があります。
 祝詞に似たような独特の節回しで、「東西、トーザイー、ここに掛け置く龍の次第は~…」とか始まって、家族の健康、会社の繁盛、地域の発展や世界平和まで祈ったりして、最後は「これを椋神社にご奉納~」となって、点火、発射となります。

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口上を述べているところ

 うまく上がった龍勢は、上空で、仕掛けものの唐傘やパラシュートが開いて、ゆっくり降りて来ます。また打ち上げる方向を定めるため筒の下に下げる矢柄(やがら)という18メートルもある長い竹も降りてきます。
 龍勢祭りの通(つう)のK熊さん、O川さんによれば、これが龍の頭と胴体にあたるので、上空できちんと分離して降りてこないといけない、ただ高くあがればいいというものではないのだそうです。初めて見るわたしは「あ、上がった上がった」とそれだけで喜んでいましたが、なるほど奥が深い。

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打上げられ、仕掛けが降りてくる

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高いものは500mも上がるという

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 一発勝負とあって、うまく打ち上がるものばかりではありません。うまく行かない方が多いくらい。

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 上の写真は、発射台が煙に包まれるばかりで、とうとう上がらなかったもの。
 龍勢が上がらないとか仕掛けがうまく開かないというばかりではなく、口上を述べる櫓が観客席の方にあって、発射台と離れているせいか、口上が始まった途端に発射されてしまうものがあったり、逆に口上が終わってもウンともスンとも言わず、しばらくたってからようやく煙が出るものもあります。秒刻みの予定で進行していく昨今のイベントと違い、昔はみんなこんなものだったのでしょう。時間がゆっくり流れていきます。
 いい声で口上はとても立派だったのに打上は失敗とか、中には発射後「ああ今年も駄目でした!」という悲痛な叫びがあったり、観客席はそのたびに野次が飛んだり、爆笑が広がったりします。
 打ち上げている方は必死なのでしょうが、だいたい半分宴会をしながら見ている観客席の方は気楽なものです。

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 われわれも、青空の下、おでんなどを食べ、のんびりと酒をのみながら、十分に楽しませてもらいました。いいお祭りでした。K熊さん、O川さん本当にありがとうございました。

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 9時からはじまったという打上が、終わったのはもう夕刻。発射台のある山の向こうに両神山が見えていました。

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2009年10月 9日 (金)

20  『夫と妻』、『先生と生徒』

 ひさしぶりの「本のジョーク」です。おなじみの角川文庫、植松黎編・訳『ポケット・ジョーク』シリーズから。

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読書

「いま、ミステリーを読んでるところなんだ」と夫が妻のミリーに言った。
「あら、その本うちの家計簿によく似てるわね」
「そう、家計簿なんだ」
(『ポケット・ジョーク21 夫と妻』P87)


金婚記念

 若い娘が、爺さんの本屋に、結婚して五十年になる祖父母におくるのにふさわしい本を選んでほしいと言った。
 爺さんは、ただちに棚から一冊の本をぬきだした。
『抗争の半世紀』というタイトルの本を。
(『ポケット・ジョーク21 夫と妻』P159)


感想

 先生はペンギンについて書いた本を生徒たちに配り、それを読んで感想を書くようにと言った。
 メイベルが書いた作文はたった一行だった。
「その本には、わたしが知りたいと思うよりずっとたくさんペンギンのことが書いてありました」
(『ポケット・ジョーク16 先生と生徒』P13)


ゆっくり教育

「何を読んでるの?」母親が七歳になるハリーにたずねた。
「お月さまを跳びこえた牝牛の話だよ」息子が答えた。
「そんな本、すぐ捨ててしまいなさい」母親が叱りつけた。「何度言ったらわかるんだい。まだサイエンス・フィクションを読むには早すぎるって」
(『ポケット・ジョーク16 先生と生徒』P72)


育児

 少年が、激しく泣きながら歩いていた。
「どうしたんだい、坊や?」親切そうな紳士が尋ねた。
「ママが、心理学の本を失くしちゃったちゃったんだよ」少年はしゃくりあげながら言った。「それで、ママったら、自分の考えでボクをそだてはじめたんだ」
(『ポケット・ジョーク16 先生と生徒』P72)


浄化

 
 文学部の学生が夏休みに家庭雑貨の店でアルバイトをやった。
 最初の客は、掃除用の強力な洗剤を買いにきた中年の女だった。
「この洗剤、ほんとにどんな汚れでも取れるかしら?」女はたずねた。
「もちろんですよ、奥さん」とバイト学生は熱心に説明した。「わたしはこいつで”チャタレー夫人の恋人”を拭いてみたんです。拭きおわってみたら、なんと、そいつは、”若草物語”になっていました。汚いものはみんなこいつが拭き取っちまったんですね」
(『ポケット・ジョーク16 先生と生徒』P185)

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2009年10月 6日 (火)

『夜明け前』を軽く読む 2

 今日は伊勢佐木町の有隣堂まで行って、表紙用にレザックという紙を買ってきました。あまり気に入ったものではありませんでしたが、ともかく作ってしまわないと本が読めません。

 昨日作った、扉つきの中身の上に二つ折りにした見返し紙を貼ります。下の写真の空色の紙がそれです。

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 その見返し紙の上に表紙を貼ります。下の紺色の紙です。一枚で表も裏もカバーします。
 普通は見返し紙一面にべったり糊をつけて貼りますが、そうすると表紙が固くなってしまいます。ソフトカバーにするため、ノドの部分にだけ糊をつけて貼ることにしました。

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 これで乾いたら四分冊のできあがりです。ついでに背中にタイトルを書いた紙も貼りました。こんな感じです。多少不揃いなところはありますが、実用には十分です。

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 函に入れて、もとの状態と比較してみました。

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 重さは四冊で919グラムですから、もとの937グラムからたいして減っていませんが、一冊平均230グラムぐらいになりましたから、持ち運びには問題ありません。

 さて、これでようやく『夜明け前』を軽くすることができました。あとはちゃんと最後まで読み通せるかどうかです。
 ともかく明日からがんばることにします。

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2009年10月 5日 (月)

『夜明け前』を軽く読む

 タイトルを見ると、藤村の『夜明け前』をサラッと読んだ話のように聞こえるでしょうが、ちがいます。「『夜明け前』を読む前に」にしようかとも思ったんですが、これも事前に勉強しようという話に聞こえてしまいます。
 カテゴリーを見てください。「日曜大工、DIY」に分類してあります。

 読書会酣(たけなわ)の11月の課題が『夜明け前』です。長編なので、そろそろ読み始めないと間に合いません。しかもこの本は若い頃に何度か挑戦したけれど、いつも途中で投げ出してしまいました。気合いを入れて、今回読みきらないと、もう一生読まずに終わることになりそうなので、なんとかしたいと思っています。
 しかし、この本は重い。
 筑摩書房『現代日本文學大系 島崎藤村集(二)』(昭和48年5刷)。これに『夜明け前』第一部・第二部全篇がおさめられています。
 菊判534頁、函込1078グラム、函なしで937グラム。寝ながら読んだり、持ち歩いて電車の中で読んだりするのはちょっと辛いところです。

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 それで、思いきってこの本をバラして、文庫本と同じ第一部上下、第二部上下の四冊に分けることにしました。
 それならはじめから文庫で読めば、と言われそうですが 最近、できるだけ「旧仮名で書かれたものは旧仮名で」読もうと思っているのです。今『夜明け前』が出ている新潮文庫も岩波文庫も、ずいぶん前から新字新仮名になってしまっています。
 こわれかけでもいいから安い旧字旧仮名の本がないかと探していたのですが、『夜明け前』は長編なので文学全集にもあまり収録されておらず、すぐには間に合いません。この筑摩の全集は、漢字は新字ですが、仮名は旧仮名のままなので、これで読むことにして、持ち運びに便利なようバラすことにしました。

 でも「『夜明け前』をバラす」のタイトルでは、ちょっと物騒だし、藤村のスキャンダルを告発しているようにも聞こえます。「『夜明け前』を軽く読む」とした次第です。

 いよいよ取りかかります。製本のしっかりした、まだきれいな本なので、最初に見返しを扉からはがして、表紙と中身を分離させるときには、ちょっと胸が痛みました。

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 しかしこうなると、もう取り返しはつきません。

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 中身を立ててみると、こんな感じです。ごらんのとおり、いくつかの折り丁に分かれていて、糸で綴じられていました。この時代の本はもう糸をつかわないで、接着剤だけになっていると思いこんでいたので、ちゃんと綴じの確認をしないまま、いきなりバラしてしまったことを少しだけ後悔。

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 でもここまで来れば前進あるのみ。これを、第一部上・下、第二部上・下の四つに分けます。

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 折り丁の境目で一部・二部、上・下が分かれているわけではありませんから、状況に応じて折り丁を切り、切った頁は、ノドのところに糊をつけて所属する部の折り丁にくっつけます。
 そして、ちょっと凝って、扉をコピーしたものに「第一部 下」などのタイトルを入れ、二冊目以降の扉として貼り付けてみました。

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 ここで、本来なら綴じ直すところですが、まだ綴じはしっかりしており、糊で固めておけば当分大丈夫そうなので、あとは簡単に、見返しと柔らかい表紙を貼り付けてすませることにします。しかし、表紙に使えそうな紙が三冊分しかありませんでした。表紙がバラバラというのも気に入らないので、明日買いに行くことにして、今日の作業はここまで。

 そもそも早く読むためにはじめたことなのに、これではいつになったら読み始められるのか。
 こんなことをしてる間に、少しでも読んだらどうだ、という声が聞こえてきそうです。

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2009年10月 1日 (木)

日向ひまわり独演会

 9月26日(土)、横浜にぎわい座へ行ってきました。
 真打ちになって1年、新進女流講談の「日向ひまわり独演会」(第3回)です。

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 演目は・「野狐三次・木っ端売り」
     ・ トークショー
     (中入り)
     ・「魚屋本多」

 「野狐三次・木っ端売り」も「魚屋本多」も親子の人情話だったので、ひとつは趣向を変えてもよかったのでは、と後から思いましたが、十分楽しませてもらいました。

 愛知県にいる兄が、地元のイベントで自作の講談を演じてもらったという縁から贔屓になって、この6月にはわざわざ東京まで聴きにきていました。それで、横浜で独演会があるというので、どんなものかと出かけた次第です。

 舞台の、「のげシャーレ」(横浜にぎわい座地下)は、上のちゃんとした寄席とは違って、若手の練習用、あるいは素人の発表会などに使われている、倉庫みたいなところ。
 そんなに客は来ないだろうと思っていたら、けっこう入りました。定員143人と書いてありましたが、ほとんど満員に近い盛況。年輩の、つまりわたしと同じくらいかそれ以上の客が多い。

 この独演会のホームページ(http://hiwari3.web.fc2.com/)によれば、横浜でのイベント(「ららヨコハマ映画祭」)に出演してもらったのが縁で、イベント関係者が横浜での独演会を立ち上げたものだそうです。
 そういう趣旨からか、トークショーは、なんとなく仲間うちでやっている感じで、今回は「講談教室」として、下のチラシにある「三方ヶ原の合戦」冒頭部の読み方指導がありました。入門するとまずやらされる話だそうです。
 最初は押さえ気味にして、息を継ぐ手前で盛り上げて、「エビのシッポ」のようにピッとはねるようにしゃべると講談らしく聞こえるというのが今回の指導の眼目。なるほど。やってみると、けっこうおもしろいけれど、息が続きません。声を出すだけでも長年の習練が必要なんだと、あたりまえの話ですが、あらためて感じ入りました。

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当日配布のチラシより

 最後には色紙やお菓子の当たる抽選会まであって(残念ながら当たりませんでした)、和気藹々の雰囲気でした。日向ひまわりを「育てる喜び」、ちょっとしたタニマチ気分(それにしてはチケットが安すぎますが)をみんなで味わっているというところでしょうか。名人・上手になることを期待して、わたしも次回また行きたいところです。

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