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2009年10月16日 (金)

秩父の農民ロケット「龍勢祭」

 10月11日(日)は、秩父の吉田町(埼玉県秩父市)へ「龍勢祭(りゅうせいまつり)」を友人たちと見に行ってきました。

 下の写真は、当日もらった二種類のパンフの表紙です。
 龍勢とは、現地の椋(むく)神社に奉納のため打ち上げられるロケットのことで、丸太をくりぬいたものに火薬を詰めて作ります。戦国時代から伝わるとのこと。地元には打ち上げの流派が二十七もあって、それぞれに秘伝を守り、工夫をこらし、毎年打ち上げの技を競うのだそうです。流派名は、武甲雲流とか愛火雲流、城峰瑞雲流など華やかな名前です。

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 当日は10万人という人出です。横浜から池袋経由で西武秩父へ着くと、駅から龍勢会館行きのバスは次々出ていますが、どれも超満員。ポールにつかまって窮屈な姿勢のまま40分揺られて、ようやくたどり着きました。わが家を出たのは8時ちょっと前、現地へ到着したのはもうお昼頃でした。

 今回の見物は、このお祭りの見物桟敷を毎年確保している埼玉在住の知り合い(仮にK熊さん、O川さんとお呼びします)からお誘いがあってのこと。現地では道路端など無料の見物客も大勢いますが、龍勢のよく見える場所にはずらりと有料桟敷が並びます。
 お二人の桟敷はいい位置にありました。

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桟敷席と打上櫓(発射台、赤で囲んだところ)

 詳しいことは下記の公式ホームページを読んでいただきたいと思いますが、龍勢は花火大会のように短時間に次々と打ち上げられるのではなく、15分間隔で一本ずつ、朝9時から夕方4時半ごろまでの長丁場となります。
 例外的に二本上げるところもありますが、だいたいは各流派とも一本上げるだけ。火薬を使うのでテストをするわけにもいかないそうで、一年間この日のために努力して、本番の一本がうまく上がるかどうかという勝負になります。ですから各流派とも気合いが入っています。
http://www.ryusei.biz/festival/ryu01.html

http://www.ryusei.biz/festival/ryu02.html

 順番が来ると、発射台で打上の準備をしている間に、まず本部から女声のアナウンスで流派の概略の案内があります。その次に各流派の自己紹介で、どんな団体か、どんなところに工夫したかなど詳しい説明があって、さらにその後、打上の口上(こうじょう)があります。
 祝詞に似たような独特の節回しで、「東西、トーザイー、ここに掛け置く龍の次第は~…」とか始まって、家族の健康、会社の繁盛、地域の発展や世界平和まで祈ったりして、最後は「これを椋神社にご奉納~」となって、点火、発射となります。

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口上を述べているところ

 うまく上がった龍勢は、上空で、仕掛けものの唐傘やパラシュートが開いて、ゆっくり降りて来ます。また打ち上げる方向を定めるため筒の下に下げる矢柄(やがら)という18メートルもある長い竹も降りてきます。
 龍勢祭りの通(つう)のK熊さん、O川さんによれば、これが龍の頭と胴体にあたるので、上空できちんと分離して降りてこないといけない、ただ高くあがればいいというものではないのだそうです。初めて見るわたしは「あ、上がった上がった」とそれだけで喜んでいましたが、なるほど奥が深い。

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打上げられ、仕掛けが降りてくる

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高いものは500mも上がるという

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 一発勝負とあって、うまく打ち上がるものばかりではありません。うまく行かない方が多いくらい。

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 上の写真は、発射台が煙に包まれるばかりで、とうとう上がらなかったもの。
 龍勢が上がらないとか仕掛けがうまく開かないというばかりではなく、口上を述べる櫓が観客席の方にあって、発射台と離れているせいか、口上が始まった途端に発射されてしまうものがあったり、逆に口上が終わってもウンともスンとも言わず、しばらくたってからようやく煙が出るものもあります。秒刻みの予定で進行していく昨今のイベントと違い、昔はみんなこんなものだったのでしょう。時間がゆっくり流れていきます。
 いい声で口上はとても立派だったのに打上は失敗とか、中には発射後「ああ今年も駄目でした!」という悲痛な叫びがあったり、観客席はそのたびに野次が飛んだり、爆笑が広がったりします。
 打ち上げている方は必死なのでしょうが、だいたい半分宴会をしながら見ている観客席の方は気楽なものです。

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 われわれも、青空の下、おでんなどを食べ、のんびりと酒をのみながら、十分に楽しませてもらいました。いいお祭りでした。K熊さん、O川さん本当にありがとうございました。

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 9時からはじまったという打上が、終わったのはもう夕刻。発射台のある山の向こうに両神山が見えていました。

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