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2009年10月29日 (木)

横浜能楽堂・掃部山公園

 10月27日(火)、横浜能楽堂へ「ブランチ能」というのを見に行ってきました。
 平日の午前中からお昼まで、子供の一時保育もつけて、能の普及をはかろうという趣旨のようですが、やはり客は、わたしと同年輩かそれ以上の高齢者が多い。

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 演目は、狂言 「鎌腹(かまばら)」 (大蔵流)
      能 「鉄輪(かなわ)」 (喜多流) 

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 前回、能を見たとき、途中で寝てしまってさっぱりわからなかった(芸能鑑賞二題)ので、今回はちゃんと能を鑑賞しようという趣旨です。
 そうしたら、なんと狂言「鎌腹」がはじまってそうそう睡魔が襲ってきて、大半を寝てしまいました。これまで、狂言はなんとか話がわかって、けっこうおもしろいので寝たことはなかったのですが、どうしたことか気持ちよく眠ってしまいました。

 しかし、これで寝が足りたせいか、能の方は、最後までしっかり見ることができました。
 今回の「鉄輪」は、「お、陰陽師安倍晴明が出てきた」とか、話もよくわかって、しかも主人公の、夫を呪う女は、後場では見た目も恐ろしい鬼女の面(「橋姫」という面だそうです)に変身して出てきて、怖さもよく理解できます。しかも前回見た「野宮」は二時間かかりましたが、今回は一時間で終わりました。

 今回のような演目をいくつか見続けていけば、そのうち能の良さもだんだんにわかってくるのではないかという気がしてきました。また行くことにします。

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横浜能楽堂

 この横浜能楽堂は桜木町駅から紅葉坂を上がった掃部山(かもんやま)公園の一角にあります。この「掃部山」の名は、あの幕末の大老、井伊掃部頭(かもんのかみ)直弼にちなみ、井伊直弼の銅像があります。

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 この銅像を見ると、いつもこれを思い出します。

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 日本開港100年の記念切手(昭和33(1958)年5月10日発売)です。
 この切手に描かれているのが掃部山公園の井伊直弼像です。まわりの模様は、開港した横浜・函館・長崎の各市章です(菱形が横浜、巴が函館、星が長崎)。
 当時わたしは小学5年生。切手収集が流行っていて、兄たちの真似をしてわたしも集めたものでした。この切手は発売と同時に買いました。
 この頃の記念切手は、大ブームだったので発売枚数も多く、持っている人も多く、あまり値上がりしてないようで、ネットで調べてみると、この開港百年切手は未使用のもので1枚50円くらいが相場です。

 なんとなく、幕末に井伊直弼が、この山から開港予定の港を見下ろしていたようなことでもあって、ここに銅像を建てたのだろうと、ずっと思っていました。
 あらためて公園内の看板を見てみると、横浜開港50周年記念の1909年(明治42年)に、旧彦根藩有志が、井伊直弼の開港の事績を顕彰するため、この丘に直弼の銅像を建て、「掃部山」と名付けたとのことで、直接この場所にゆかりがあったわけではないようです。
 その後、1914年(大正2年)、井伊家から土地と銅像が横浜市に寄贈され、市が公園にしたと、また別の碑には書いてありました。
 銅像を建てた当時は、きっとここから港が見えたのでしょうが、今や見えるのはビルばかり。下の写真の正面に見えるのはランドマークです。これではちょっと井伊直弼もかわいそうな気がします。

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 ちなみに今年はちょうど開港150年。あの切手から、もう50年たちました。
 6月2日には開港150年記念切手も発売されました。手元には下の使用済の横浜の三種しかありませんが、横浜、函館、長崎それぞれ十種セットで発売されています。 

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 横浜開港150周年記念テーマイベント「開国博Y150」というのも開催されましたが、不人気で今ひとつ盛り上がらず、わたしもとうとう行かずじまい。赤字を出して市長が逃げ出したというような話まで流れています。横浜市民としては、ちょっと情けない話です。

 

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