« 島崎藤村『夜明け前』 | トップページ | 21 本のダジャレ »

2009年11月15日 (日)

北小路健『古文書の面白さ』

 『夜明け前』を読んで、関係書をあたっているうちに、おもしろい本にぶつかりました。北小路健『古文書の面白さ』(1984、新潮選書)です。

Photo

 これは実は、題名から古文書の入門書だと思って買い置いてあったのですが、『夜明け前』の研究書の中に、同じ著者の『木曽路文献の旅-『夜明け前』探求』(1970、芸艸堂)という本があるのを知りました。どんな人なのだろうかと引っぱり出して読んでみると、これがすてきにおもしろい。

 内容は古文書入門などではなくて、著者の波瀾に満ちた人生の回想記でした。
 満洲育ちの著者は、国文学の学究として成果をあげながら東京で生活していたが、戦争のため満洲へ戻り、やがて敗戦を迎える。侵攻してきたソ連軍に蔵書一万三千冊を焼き捨てられ、短期間だが収監もされる。闇屋・ブローカーのようなことをするうち食料雑貨の店を開き、機会をうかがって新京から大連へ脱出。そこでようやく引き揚げ船に乗ることができた。
 引き揚げ後は、戦中の体験から組織の中で生きるのがいやになって、大学には戻ろうとせず、幼稚園・保育園への教材の行商をしながら、在野で独自に自由民権運動、遊女の歴史などの研究を続けた。

 『夜明け前』には、敗戦後の新京の街の露店で、「うらぶれた敗戦国民として再び巡り合」ったのだという。著者は東京での学生時代、講演の依頼で島崎藤村と会ったこともあり、買って、貪るように読み耽った。

『夜明け前』に描かれた木曽路の冬は、私をして酷烈の思いをかきたてさせると同時に、晩春初夏の候、一時に新緑に彩られる谷間の、心を奪うばかりの鮮麗な風景は、切ないほどの憧憬をかきたてた。
”国破れて山河あり”とは、陳腐なことばである。しかし、毎日の敗戦の生活が陰惨であればあるほど、私は、まだ一度も足踏み入れたことのない木曽路に惹かれた。(P96)

 私は、『夜明け前』をふかく理解するために、当時の宿駅制度や、歴史の裏側に生きた人びとの生活や習俗など……さまざまなものを詳しく知りたいと願ったし、何よりもまず、命あって日本の土を踏むことができたなら、必ずこの足で木曽路を歩きたいと念じ、いまだに残るであろう宿場の旧家をおとずれて、囲炉裏のそばで歴史そのものに触れて実感したと、しきりに思いつづけた。(P97)

 そして、引き揚げ後、二十年近くたってから木曽路を訪れ、綿密な調査の上、書きあげたのが『木曽路文献の旅-『夜明け前』探求』正・続(1970、1971芸艸堂)だというわけです。さらにこの後、『『夜明け前』探究-伊那路の文献』(1974、 明治書院)も出しています。

Photo_2

 まだ、この『文献の旅』を読むところまではいっていませんが、『古文書の面白さ』に書かれている話だけでも十分におもしろいものです。

 著者は藤村が直接参考にした文献だけでなく、藤村が読んでいない資料まで幅広く求めて歩きます。しかし、大学教授というような肩書きのない著者は、すんなりと貴重な資料まで見せてもらえるわけではありません。
 落合の旧本陣では、まず見せられた三幅対の掛軸が、幕末の老中間部詮勝自筆の七言絶句であり、このあたりの風景を詠じたものであると読みといてみせることによって、主の信頼をえます。

井口氏の話によれば、これまでにも県史編纂関係の人や某大学教授などが、何か資料はないかとしばしばたずねてきたことがあるが、この三幅対は誰もが無視したという。わざわざこの掛軸を床の間や壁間にかけて見せるのだが、何と読むのか、何のことを書いたものなのか、誰ひとり説明してくれた者はいないし、はたして読めるのか読めないのか、それさえ怪しいものだと井口氏ははなはだ批判的な口吻で不満をもらされた。(『古文書の面白さ』P208)

 井口家では、この後、初対面なのに蔵の中まで入れられ、さらに貴重な資料を見せられたと、ちょっと自慢げに書いていますが、肩書きを持たず、実力だけが頼りの在野の研究者の自負のあらわれでしょう。読めない資料は無視する大学教授というのもいかにもありそうです。
 資料を所蔵者に読んでみせ、説明し、どんな研究の役に立つのか伝え、さらにそれを書き記して残すことで信頼を得ながら、調査を広げていくというのは生やさしいことではありません。

0028
『木曽路文献の旅-『夜明け前』探求』の一部

 ウィキペディアの北小路健の項目には、『古文書の面白さ』について「蔵書を焼いたロシヤ人らを「露助」と何度も書いているためか再刊されないが、これは名著である。」と書いてあります。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E5%B0%8F%E8%B7%AF%E5%81%A5 
 再刊されない理由が、本当にこのとおりであるのかどうかはわかりませんが、そう書いてあるのはたしかです(ただし漢字ではなくカタカナで)。ともかく名著というか快著というか、おすすめできる一冊です。

|

« 島崎藤村『夜明け前』 | トップページ | 21 本のダジャレ »

なむや文庫雑録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 北小路健『古文書の面白さ』:

« 島崎藤村『夜明け前』 | トップページ | 21 本のダジャレ »