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2009年12月

2009年12月26日 (土)

桂米朝一門会

 12月25日(金)は、横浜にぎわい座で「桂米朝一門会」を見てきました。
 スカパー(スカイパーフェクトTV)に「時代劇専門チャンネル」というのがあるのだそうで、その公開録画でした。12月分のにぎわい座のチケット半券があれば、12月20日(日)の朝10:00から無料で入場券を配布するというので、寒かったけれど9:00に行って行列に並び、無事入手できたという次第です。

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 米朝はビデオ映像で出てきただけでしたが、桂ざこば、桂南光、桂吉弥というにぎやかな顔ぶれでした。

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 桂吉弥「愛宕山」
 桂南光「初天神」
 桂ざこば「肝つぶし」

 「愛宕山」は、吉弥も出ていたNHKの朝の連続ドラマ「ちりとてちん」で、師匠役の渡瀬恒彦が稽古をつけていましたが、渡瀬のはちっともおもしろくありませんでした。
 さすがに吉弥のはおもしろい。太鼓持ちが、重い荷物をかつがされての山登りでだんだんへばっていく様子を、身体全体をつかって面白おかしく見せてくれました。幕があいたとき座布団だけで、上方落語の特徴である見台がなかったので、あれっと思いましたが、動きをちゃんと見せるためにそうしたんですね。
 TVにとって映像が残るということもあったんでしょうか、熱演でした。

 「初天神」は親の言うことを聞かないこまっしゃくれた子供を初天神にへ連れていく話。1月25日が初天神だそうで、正月向きの話でしょうか。

 「肝つぶし」ははじめて聞く話でした。恋わずらいの話が、意外や生き肝を抜くという恐い怪談話になるのかと思ったら、そこでサゲになって無事終わりました。本来ここで終わる話なのか、それとももっと話の続きがあったものなのでしょうか。恐いけれど、もうちょっと続きを聞いてみたいような気もしました。

 来年1月9日に放映されるそうですが、わが家ではスカパーは見られません。

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2009年12月20日 (日)

ワゴンセール

 昨日(12月19日(土))は、神田の三省堂古書館の「あおぞら出前市」という古本のワゴンセールに行って来ました。
 前にも書きましたが(三省堂古書館へ出品)、三省堂古書館は、ちょっと奥まったビルの4階にあるので、古本販売かたがた、古書館の宣伝を、というわけです。

 すずらん通りの入口前に仮設テントをたてて、ワゴンを並べ、古本を売りました。この日の出店者は当店を含めて三店です。

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 他の店が出店した先週の土曜日は、最高気温が二十度近くになったポカポカ陽気の日でしたが、昨日は真冬並の七度だとか八度だという話で、ホカロンを腰に貼り、厚着をしてでかけました。空気は冷たかったものの、さいわい風がそれほどなく、11:00から16:00まで、屋外で店番や街頭で呼び込みをやりましたが、なんとか無事すごせました。

 身体はともかく、肝心の売上がパッとしなかったのが、ちょっとこたえました。
 売れないのは、まず並べていた本の種類と価格が問題ですが、売り方もあれでよかったのかどうか。4階の宣伝がメインなので、みんなで「4階へどうぞ」と叫ぶのは、当然と言えば当然のことです。
 しかし、せっかくワゴンの本を手にとって買おうかどうしようか悩んでいるお客さんの側で、「4階へ行けばもっとたくさん本があります、どうぞ4階もごらんください」などと叫んでいるわけですから、ついついお客さんも本を置いてしまいます。ワゴンは思ったよりずっと売れませんでした。
 それなりにお客さんは4階へ向かって行ってくれたように見受けられましたが、ちゃんと上で買い物をしてくれたでしょうか。ワゴンセールは全体の売上向上につながったのでしょうか。後日の結果を待ちましょう。

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2009年12月17日 (木)

理想の電子書棚

 木の本棚を作る話は前に書きました。(本棚を作る 1
 しかし実物の本棚には収納の限界があります。狭い家には本棚そのものがいくらも置けません。それでもなんとか収納しようと思うと二重、三重に本を詰め込むことになります。本棚の場所によっては、その前が物置になってしまい、何が入っているのかほとんど見えなくなってしまいます。

 自分の持っている全部の本の背中が一覧できる本棚、これこそが「理想の本棚」です。 しかし実際にそういう本棚を持っている人は数えるほどしかいないでしょう。
 ほとんど本を読まない、蔵書数が数十冊以下の人は、理想の本棚を実現していることになりますが、これは話の外。普通の家で、蔵書数が千冊以内くらいなら可能でしょうが、それを超えるとだんだんむずかしくなってきます。
 学者の中には本のために別棟を建てるという人もけっこういるようです。
 渡部昇一は、15万冊収納できる書庫を作ったそうです。雑誌『WILL2008年02月号(ワック)』の日垣隆との対談「史上最強の知的生活の方法」で紹介されていました。
 渡部昇一ファンクラブのホームページにもありました。
http://www.shoichi-juku.com/20090619-shosai-part1.html

 すごいですね。しかし窮々自適の身にとっては、これは夢のまた夢。

 わたしが、せめてこれくらいはなんとかならないかと考えているのが、「理想の電子書棚」=本の背中が見えて、並べ替えができる蔵書管理ソフトです。

 わたしはデータベースソフトを古本の管理や読書記録に使っていますが、専用の蔵書管理ソフトもいろいろあります。しかし、データの一覧を「書棚で本の背中を見渡している」ように見ることできるソフトはまだないようです。これをつくってほしいというのがわたしの願いです。

 その機能としては、
1 画面上に一定の容量の本棚(例えば縦3段横30列)があらわれ、そこに選択した本の背中が縦書きで表示される。背中には最低限、書名と著者名が表示される。
2 一冊ごとに、背中をクリックすると個別のデータ(出版社名、刊行年月日、読んだ日など通常の蔵書管理データ)が表示される。
3 背中をドラッグすることによって、本棚の他の場所へ移動(挿入)することができる。挿入された箇所以降の本は一冊ずつ右へずれていく。棚がいっぱいになれば下の段へとずれていく。むろん、書名順、著者名順等での並べ替えは瞬時にできる。

 できれば画面で
4 本の大きさ(縦の長さ):文庫本、新書本、普通の四六判の単行本、菊判以上の大きい本、の4種類
5 本の厚さ(横の長さ):厚い、普通、薄い の3種類
6 本の色:一冊ごとに好みの色
を区別して表示できるのが望ましい。

というようなことですが、わたしにはソフトを作る技術はないので、誰かに作ってほしいということになります。

 例えばこんなデータがあったとします。書名、著者名、本の判型と厚さです。

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 判型と厚さで画面の本の大きさを決めます。

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 それを、色までつけて、本棚に表示します。こんなふうに。

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 自分がこれまでに読んだ本、好きな本、欲しい本などを一覧できて、しかも好きなように並べ変えることができます。どうでしょう、どなたか作ってみようという方はいらっしゃらないでしょうか。

 わたしがこんな話をしたら、インターネットでそういうことができるサイトがあるよ、と教えてくれた人がいました。えっホント、と探してみたら「Web上にあなたの本棚を作るサービス ブクログ Booklog 」というサイトがありました。
http://booklog.jp/
 本を登録すると、表紙、背表紙、リスト、ブログの四つのモードで本棚を表示できるというものです。
 さっそく会員登録して、上のリストの本棚を作ってみました。
 まず表紙モードで表示すると、こんな本棚があらわれます。

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http://booklog.jp/users/kyukydo/All?display=front

 本によっては表紙の画面データが出てきて、おっ、これはと思わせます。しかしこれで何百冊も一覧しようと思うと大変です。

 期待の背表紙モードはどうかというと…

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 表紙の画像が生かしてあって、カーソルがあたった本のデータが出てくるという、なかなかのスグレモノですが、肝心の書名がなく、これでは一覧の役にはたちません。

 リストモードは通常のデータリストで、ブログモードは一冊ごとに自分が書いた感想などが出てくるようになっています。
 いろいろ工夫されていて、楽しそうなサイトではありますが、わたしが一番求めている背中一覧の機能はありませんでした。

 どなたか、わたしの理想の電子書棚を作っていただけないでしょうか。

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2009年12月11日 (金)

頼朝の死/一休禅師/修禅寺物語

 12月8日(火)は、国立劇場で「珠玉の新歌舞伎」という公演を見てきました。
 坪内逍遥、岡本綺堂、真山青果、という明治以後の三作を一緒に、という企画です。

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 真山青果の「頼朝の死」は、 落馬が原因で死んだとされている頼朝の本当の死因は、政子の侍女小周防(こずおう)に懸想して通おうとしたところ、曲者と間違えられて、家来の畠山重保(重忠の子)に斬られたのだったというものです。
 お家のために秘されたこの真相を、二代将軍頼家はなんとか知りたいとし苦悩し、重保は白状することもできないまま主殺しの罪に苦悩し、小周防は恋する重保と添えないことに苦悩し、あわやカタストロフというところで、尼御台政子が薙刀を持ってみんなの前に「家は末代、人は一世」と立ちはだかる、という話です。
 こんなことで死んだのでは頼朝がかわいそうだ、話にちょっと無理があるとは思っても、舞台を見ているとけっこう引き込まれて、そうかなという気になってくるのが不思議です。

 坪内逍遥の「一休禅師」は舞踊劇で、正直な話、唄の文句が聞き取れず、展開がよくわからないのですが、踊りの姿・形がきちんと決まっていることだけはわかりました。

 岡本綺堂の「修禅寺物語」は有名で、わたしもこれだけは事前に知っていました。
 修禅寺に流されて来た二代将軍頼家の面を彫っても彫っても死相があらわれたのは、腕が未熟だったのではなく、刺客の手にかかって死ぬ運命にあったことを予告するものだったと知り、おのれの腕に自信を深めた面作り師夜叉王は、将軍の身代わりになった娘の断末魔の死顔を写し取ろうとする、という芸術至上主義的芸術家魂の話。
 これが明治44年で、芥川龍之介の『地獄変』は大正7年だそうです。このころ日本では芸術至上主義的風潮があったんでしょうか。

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 歌舞伎はおもしろいですね。でも切符が高いので、そうそうは来られない。今度は一度、天井桟敷で観てみることにしましょう。

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2009年12月10日 (木)

天下たい平

 12月6日(日)は、横浜にぎわい座の林家たい平独演会「天下たい平」に行ってきました。楽太郎、昇太に続く「笑点」シリーズです。

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 演目は、林家たい平 「芝浜」
       アネラ          ハワイアンソング
       林家たい平 「イブの夜」

 たい平が、まともに真面目なしゃべり方をするのがちょっと意外でした。「笑点」でしか見たことがなかったので、もっとへらへらした感じかと思っていました。
 前座もなしに始まって、いきなり大ネタの「芝浜」というのも驚きました。年末に池袋でやるというので、その舌ならしでしょうか。おもしろかったけれど、これは有名な人がいっぱいやっているので、やっぱりもうちょっと歳をとって、枯れてから、という感じがします。

 間に出てきたハワイアンシンガーのアネラというのは、まだ慣れていないのか、トークがさっぱりおもしろくない。にぎやかではありましたが、なんで落語の会に出てきたのかよくわかりませんでした。

 「イブの夜」は、得意のフィリピンパブネタ、「バカタレスケベ社長!」連発の新作落語。子供の願いをかなえるためにフィリピンパブへ通い続けないといけないという設定にちょっと無理がありますが、「芝浜」より、こっちの方がおもしろかった。

 これで「笑点」シリーズはやめて、次回は普通の寄席にします。

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2009年12月 9日 (水)

謎の空中浮遊物体

 12月2日から5日まで、南無谷へ行ってきました。
 今年の後半は、横浜での予定と、夫婦の体調と、天候とがうまくかみあわず、今回も一カ月以上間をおいての南無谷となってしまいました。今回は、天気予報では雨の日も入っていましたが、ともかく行かないことにはいろいろ片づかないので、雨を覚悟で行きました。

 一カ月も放っておくと、どうしても部屋にはカビ臭いにおいがこもります。雨戸を開けると、クモやカマキリがあわてて逃げ出したりします。
 今回目についたのが居間の天井の蛍光灯脇、なにやら空中浮遊物体が…

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 大きさは十円玉くらいで厚さ5ミリくらい。風に吹かれて漂っています。

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 ふわふわして軽く、細い繊維でできています。クモかガの卵のようなものだと思いますが、よくわかりません。
 雨戸を開けるといつもあわてて逃げていく大きな茶褐色のクモは、図鑑を見て、オニグモではないかと思っているのですが、ひょっとして、その卵でしょうか。
 このクモは、そこらじゅうに足を残しています。最初はなにかに食べられて足だけ残っているのかと思いましたが、どうも脱皮した抜け殻のようです。胴体がなくて足だけ脱皮するものなのかどうか疑問ですが、ともかく下の写真のような感じで、あちこちに足だけ残っているのを見かけます。(これは工具棚の上)

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 ついでに畑の垣根にいたクモの写真も披露しておきましょう。ジョロウグモです。

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 クモと遊んでばかりいたわけではありません。今回の作業の重点は、ビワの花もぎとサイツマイモ掘り。

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 ビワは花盛りですが、今年豊作だった反動で、全体に花の数が少ない。思ったより早く作業が終わってしまいました。来年は確実に不作になりそうです。
 花もぎについては、昨年も書きました(ビワの花もぎ)。放っておくと、上の写真の花の一つひとつが全部実になって、数十個の房になります。それで全部おいしく食べられるところまで育ってくれればいいのですが、そうはいきません。花もぎをして、実がふくらんできたらまた摘果して、最終的には二つないし一つにします。なんだかもったいないような…でもそうしないと、大きなおいしいビワは食べられません。

 サツマイモはそこそこ掘れましたが、長い間放っておいたせいか、モグラか何かにかじられているのがけっこうありました。まあしょうがないでしょう。

 12月3日は一日雨でした。明くる4日は雨あがりの晴れで、空気が澄んで、二階のベランダから富士山がきれいに見えました。

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 せっかくなので海岸まで行ってきました。
 南無谷海岸から見る富士山です。

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 あとはデイゴの枝切り、ケヤキの枝切り、チューリップの球根植えなどに、いつもどおりの掃除や草取りをして帰りました。
 庭にはもう水仙が咲き始めていました。これが咲くと、ああもう正月が近いなと感じます。

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2009年12月 3日 (木)

フォントの濁点「゛」、半濁点「゜」

 先日NHKテレビのニュースで、高速道路の看板の文字が見やすいフォントに書き換えられているなど、フォントの話をやっていました。その中でもちょっと話題になっていましたが、小さい活字の濁点「゛」と半濁点「゜」の区別が、年をとるにつれて、わたしもつけにくくなってきました。
 この画面でも”濁点「゛」と半濁点「゜」”の「」の中は、よくわからない人が多いと思います。このくらい”濁点「゛」と半濁点「゜」”に拡大すれば大丈夫でしょうか。

 本を読んでいて、なじみのない外国の人名や地名がでてくると、目を近づけてじっと見ないとよくわかりません。例えばこんな文章。

ロワがファントマと呼ばれたように、ギョーム・トマはフォントネエだったし、パジョはきりんの首(クウ・ド・ジラフ)、コンブスキュールは頓死(モール・シュビイト)、提督の息子ブルトゥイユ・ド・ラ・パイヨットは提督、ル・ガネックはゴルドン・パンであった。(コクトー『山師トマ』より)

 さてパジョかバジョか、コンプスキュールかコンブスキュールか。フランスにくわしい人、フランス語に堪能な人なら、もとが「P」なのか「B」なのか、わかっているからひっかかることもないのでしょうが、わたしは目を凝らさないと「パ」なのか「バ」なのかわかりません。目を凝らして一度確認しても、また次のページに出てくると、さてどっちだったか覚えていなくて、また目を凝らすことになります。

 それでフォントの改良版を考えてみました。
 濁点の点々と半濁点の○の区別をハッキリさせればいいわけですから、
・第1案としては、半濁点の○を大きくします。
・第2案としては、半濁点の○を本体の文字にくっつけます。
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 上の2行は現行のフォント(MS明朝)。
 3行目が第1案、4行目が第2案です。
 濁点、半濁点の両方をいじらなくても、片方をハッキリさせればいいだろうと、考えました。
 こうすると、字が小さくなっても、けっこう区別がつきます。
 上の4行を縮小したのがこれです。

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 いかがでしょうか。
 そんな細かいことはどうでもいいじゃないか、という人もいるかと思いますが、場合によってはちょっとまずいこともあります。

 最近俳句をはじめた友人が、先日、自分の句が掲載されている所属団体の会誌をくれました。友人の句のひとつは、こうなっていました。

 薫風やブルーストを又読みはじむ

 フランス語に堪能な友人は、プルーストを、それも原語で読み始めたにちがいないのですが、誤植のせいで、これでは評判も傷つきかねません。

 ブルースト、おまえもか。

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2009年12月 1日 (火)

横浜ズーラシア

 11月26日(木)、横浜ズーラシアへ、来年の干支、虎の写真を撮りに行ってきました。

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 天気が良く、平日なので客も少なく、のんびり歩けました。すっかり秋色です。

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 順路に従って歩いていくと、いきなりゾウが芸をしていました。

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 お目当ての虎。思ったようには撮れませんでした。年賀状を出すまでにもう一度撮りに行くか、それとも撮ったもので間に合わすか、思案中です。

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 これはひなたぼっこをしているライオンたち。

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 この動物園の売り物がこれ、オカピです。けっこう大きくて馬ぐらいのサイズでした。キリンの仲間だそうですから大きいのはあたりまえか。

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 見るからにおとなしそうで、ずっと水を飲んでいました。

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 民主党の「事業仕分け」がここのところ騒がれていました。横浜市には、よこはま動物園ズーラシアと金沢動物園、野毛山動物園の三つがあります。
 三つもあって無駄はないのか、ひところ野毛山動物園を廃止するという話があったと記憶していますが、現在の入園者数を見てみると、 意外にも金沢動物園が一番少ないので驚きました。

<平成20年度入園者数>
よこはま動物園(ズーラシア) 1,153,756人
野毛山動物園           577,807人
金沢動物園             330,496人
(横浜市統計ポータルサイトより)
http://www.city.yokohama.jp/me/stat/toukeisho/new/t161501.xls

 金沢動物園は、わが家の子供がまだ小さいころにできた、当時としては最先端の大きな施設で、相当の金をかけています。コアラが来たり、けっこうにぎやかにやっていました。子供は遠足で何度も行っているはずです。わたしも家から円海山づたいに歩いて連れていったこともありました。
 それがいつのまにか、一番古くて小さい、動物の数も少ない野毛山動物園より入場者がずっと少なくなっているとは。新しいズーラシアができた(作った)こと、野毛山は交通に便利な都心にあって、しかも無料だということでこうなったのでしょうが、なんだか解せません。
 ちなみに北海道の旭山動物園の平成20年度入場者数は 2,769,210人。まったくたいしたものです。比べると、横浜市の動物園は、ズーラシアも含めて事業仕分けの対象にしたくなります。
 のんびり歩ける動物園も悪くはありませんが、客が経営の心配をしなくてもいいくらいのにぎわいは、やっぱりほしい。子供のころ、動物園はいつもにぎやかで、心が浮きたつ場所でした。 

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