« 天下たい平 | トップページ | 理想の電子書棚 »

2009年12月11日 (金)

頼朝の死/一休禅師/修禅寺物語

 12月8日(火)は、国立劇場で「珠玉の新歌舞伎」という公演を見てきました。
 坪内逍遥、岡本綺堂、真山青果、という明治以後の三作を一緒に、という企画です。

 Photo_3

 真山青果の「頼朝の死」は、 落馬が原因で死んだとされている頼朝の本当の死因は、政子の侍女小周防(こずおう)に懸想して通おうとしたところ、曲者と間違えられて、家来の畠山重保(重忠の子)に斬られたのだったというものです。
 お家のために秘されたこの真相を、二代将軍頼家はなんとか知りたいとし苦悩し、重保は白状することもできないまま主殺しの罪に苦悩し、小周防は恋する重保と添えないことに苦悩し、あわやカタストロフというところで、尼御台政子が薙刀を持ってみんなの前に「家は末代、人は一世」と立ちはだかる、という話です。
 こんなことで死んだのでは頼朝がかわいそうだ、話にちょっと無理があるとは思っても、舞台を見ているとけっこう引き込まれて、そうかなという気になってくるのが不思議です。

 坪内逍遥の「一休禅師」は舞踊劇で、正直な話、唄の文句が聞き取れず、展開がよくわからないのですが、踊りの姿・形がきちんと決まっていることだけはわかりました。

 岡本綺堂の「修禅寺物語」は有名で、わたしもこれだけは事前に知っていました。
 修禅寺に流されて来た二代将軍頼家の面を彫っても彫っても死相があらわれたのは、腕が未熟だったのではなく、刺客の手にかかって死ぬ運命にあったことを予告するものだったと知り、おのれの腕に自信を深めた面作り師夜叉王は、将軍の身代わりになった娘の断末魔の死顔を写し取ろうとする、という芸術至上主義的芸術家魂の話。
 これが明治44年で、芥川龍之介の『地獄変』は大正7年だそうです。このころ日本では芸術至上主義的風潮があったんでしょうか。

Photo_4

Photo_5

 歌舞伎はおもしろいですね。でも切符が高いので、そうそうは来られない。今度は一度、天井桟敷で観てみることにしましょう。

|

« 天下たい平 | トップページ | 理想の電子書棚 »

なむや文庫雑録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 頼朝の死/一休禅師/修禅寺物語:

« 天下たい平 | トップページ | 理想の電子書棚 »