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2010年1月 9日 (土)

22 ユダヤのジョーク

 今回はユダヤのジョークと銘打ったものからひろってみました。

ペンギンの身長

 パーティに招かれて、遅れて着いたモシェが息せききって主人のアブラハムに挨拶もせずにたずねた。
「ねえ、いったいペンギンってどのくらい背が高いかな?」
「え、ペンギン?」
「そう、ペンギンだ」
「そうだなあ、南極にいるペンギンで一メートルぐらい。北極にいるペンギンでおよそ八十センチぐらいじゃないかな」
「ほ、ほんとか?」
「じゃ、ちゃんと百科事典を調べてみるよ」
 アブラハムは本棚のほうへ立った。
「ペン、ペンギ、ペンギン。あったぞ。ペンギン目ペンギン科に属する海鳥で約十七種ある。翼はひれ状になり……」
「それよりも早く背の高さを見てくれよ」
「直立した高さは、最小のコビトペンギン、オーストラリアとニュージーランド産では三十センチ、それから一番背の高い皇帝ペンギンは九十センチ以上に達する、と書いてある」
「ほ、ほんとか」
「ウン、間違いない」
「ああ」
 とモシェは天を仰いだ。
「じゃ、やっぱり、おれがここへ来る途中はねたのは尼さんだったんだ」
(ラビ・M・トケイヤー『ユダヤ・ジョーク集』P128、講談社α文庫)

ズバリわかる適性検査

 モリッツが十歳になったので、教育ママが進学のために適性検査を受けさせようと、ラビのところへ相談に出かけた。
 ラビが言った。
「極めて簡単なことです。机の上に三種類の物品を置いて、お子さんに選ばせましょう。酒を満たしたワイングラスを一個、ぜに袋を一つと、それに『聖書』を一冊。
 この中から一つお子さんに選んでもらいます。
 もしワイングラスを選んだら、放蕩者になる恐れがある。ぜに袋を選んだら、商人か銀行家にすれば出世しましょう。『聖書』を選んだなら、これはラビに育て上げるべきでしょう」
 そこで、ある日のこと、モリッツを呼び出して、テストがはじまった。父親も母親も緊張した面持ちで、モリッツを身まもっていた。
 ラビの説明を黙って聞いていたモリッツは、やがて、ワイングラスをむんずとつかんで、一息に飲み干し、ぜに袋をポケットに入れ、『聖書』を小脇に抱えて逃げ出そうとした。
 母親がびっくりしてさけんだ。
「おお神様、この子はカトリックの神父になってしまいそうです」
(ザルチア・ラントマン編『ユダヤ最高のジョーク』P90、三笠書房)

 「ラビ」とは「ユダヤ人の地域社会の牧師、教師、カウンセラー裁判官といった多くの役割を兼ねた指導者」だそうです。

楽園

 一九六一年にケネディとフルシチョフが、ウィーンで巨頭会談を行った。
 そのとき、フルシチョフは、若いケネディを青二才のように扱った。
 フルシチョフは第一日目に、開口一番こう言った。
「お若いの、聖書を読んだことがあるかね?」
 ケネディはカトリック教徒として、もちろん読んでいるはずだった。
 フルシチョフは続けて言った。
「なかでも『旧約聖書』の創世記だ。あのなかに、人類最初の二人、アダムとイブが出てくるだろう? そのアダムとイブが共産主義者だったということは知ってるかね? もちろん。あれは楽園だったからな」
 ケネディはどう答えていいかわからなかった。
 そこで。宿舎のアメリカ大使館に帰ると、ケネディはアメリカにいるカトリックの枢機卿何人かに電話をかけたあとで、思いあまって、イスラエルのベングリオン首相に電話をした。
「首相、実は、今日フルシチョフに会いましたが、フルシチョフは人類最初のアダムとイブは共産主義者だと言いました。いったい、どう答えたらいいのでしょうか?」
 するとベングリオンは、しばらく電話の向こう側で考えてから、しわがれた声で言った。
「大統領閣下、それだったらアダムとイブが共産主義者だったということを、認めたらよいでしょう。
 まず、アダムとイブは着るものがなかった。そこで裸だった。二人は住む家もなかった。そしてどこへ行こうと思っても、行くところがなかった。食べ物といえば、リンゴしかなかった。
 そのくせ自分たちは楽園にいると確信していた。だから、間違いなく共産主義社会に住んでいたのでしょう」
(ラビ・M・トケイヤー『ユダヤ・ジョーク集』P264、講談社α文庫)

 上の話は、ユダヤのジョークというより共産主義ジョークとして、よく聞く話ですね。
 次は『新約聖書』の話を。

すばらしい光景

『新約聖書』には、地上に楽園が生まれると、ライオンや、ヒツジや、あらゆる動物がいっしょに幸福に、平和に暮らす光景が描かれている。
 しかし、ユダヤ人はキリストを神として認めないので、『新約聖書』はニセモノだと思っている。
 あるとき、キリスト教徒の夫婦が動物園へやってきた。檻に目をやると、ライオンとヒツジがいっしょに横になって、平和そうに眠っている。
「すばらしい光景だわ」
「すばらしい光景だ。これこそ神の国に見られる光景だ」
 と、夫婦は目を輝かしていた。
 そこをユダヤ人の飼育係が通りかかったので、きいた。
「この光景は『新約聖書』に出てくるようですが、この動物園ではどうしてこのようなことができるのですか?」
 年老いた飼育係が答えた。
「簡単ですよ。毎朝一頭ずつヒツジを檻に入れるんです」
(ラビ・M・トケイヤー『ユダヤ・ジョーク集』P78、講談社α文庫)

 聖書や神様についてはいろんなジョークがあるようです。本とは関係ないジョークですが、わたしはこんなのが好きです。

 モシェは息子のアブラハムがキリスト教の洗礼を受けるというので、動転した。
 彼は一週間断食して神に祈った。そしてシナゴーグで一週間目にまだ神の助けを求めて祈っていると、空腹からめまいがした。それでも力をふりしぼって天に通じるよう祈った。すると、目の前があやしく輝きはじめ、荘厳な光の輪のなかに、人間の力ではとても表現できないような神々しいものがあらわれた。
 モシェは、目を輝かせた。ついに神が目の前にあらわれたのだ。
「神よ、全能なる神よ、祝福されよ。あなたはついに姿をあらわしてくださった。神よ、私の一人息子のアブラハムがキリスト教の洗礼を受けると言っています。どうぞ、お助けください」
 すると、重々しい荘厳な声が聞こえてきた。
「私の息子もそうだった」
(ラビ・M・トケイヤー『ユダヤ・ジョーク集』P52、講談社α文庫)

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