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2010年2月13日 (土)

三遊亭円丈「悲しみの大須」

 雨がふって寒い中、2月11日(木)は三遊亭円丈をお目当てに、また横浜にぎわい座へ行ってきました。

Photo

 太神楽(だいかぐら)の鏡味初音(女性)の、おっとりと間延びした口上がよかった。
 落語の演目は次のとおり。

 柳家さん市        子ほめ
 柳家初花(しょっぱな) CR落語協会
 三遊亭夢太郎      死神
 三笑亭遊吉       人形買い
 三遊亭円丈       悲しみの大須

100211

 お目当ての円丈の「悲しみの大須」は、名古屋の寄席大須演芸場をネタにした創作落語です。名古屋ゆかりのわたしとしては期待の一席、なのですが、残念ながらあんまりおもしろくなかった。
 大須演芸場がいかにオンボロで、珍奇怪奇な芸人が出没しているかという話で、まずラジオドラマのような語りで情景を描写しておいて、どーんとギャグをかます、というスタイルですが、これがどうもうまくない。笑わせようと思っているところで客が笑わない。そんな感じだから、話がうまく流れない。あちこちでつっかえる。言いよどんだり、間違えたりして、年のせいじゃないかと心配になるくらい。
 だから大須演芸場も、さてどんな演芸場なんだか、どうもよくわからない。法螺話でも与太話でもホラーでもいいけれど、今度名古屋へ行ったら大須演芸場をのぞいてみようかと思わせるようなものがありませんでした。ちょっと残念でした。

 そうしたら昨日、こんな記事が目にとまりました。

「円生」襲名 直接対決 円丈・鳳楽が来月落語会
(産経新聞 2010年2月6日(土))
 昭和54(1979)年に79歳で死去した古典落語の名人、三遊亭円生の名跡襲名をめぐって、弟子の三遊亭円丈(えんじょう)(65)と孫弟子にあたる三遊亭鳳楽(ほうらく)(62)がともに名乗りを上げ、3月17日、東京・浅草の東洋館で“円生争奪戦”の落語会を開催することになった。(生田誠)
(中略)
 円生の名跡は長く継ぐ者がいなかったが、円楽が生前、弟子の鳳楽を指名、早ければ、今秋にも七代目円生の襲名が決まるのではないか、とみられていた。
 ところが、月刊『正論』3月号(2月1日発売)の記事で、塚越孝フジテレビアナウンサーのインタビューを受けた、円丈が「鳳楽くんの円生襲名に異議あり!」として、自ら七代目襲名に手を挙げたことで、後継者争いが混迷。円丈は「もし円生争奪杯が開催されるんだったらぼくも立候補しますよ。そして絶対に勝つ」と発言。開かれた形で決着をつけることを提案した。
 “挑戦状”をたたきつけられた形の鳳楽も、落語会の開催を承諾。「直接対決」による“円生争奪戦”が実現することになった。当日は、お互いが円生が得意としたネタ(演目)の落語を1席掛けて、関係者を交えた対談も行われるという。http://news.goo.ne.jp/article/sankei/entertainment/m20100206018.html
 円丈は、「円生」の名跡にそんなにこだわっているんでしょうか。そうは思えないけれど、いろいろいきさつがあった(→三遊亭円丈『御乱心』)から、そんな気にもなるんでしょうか。
 円丈のホームページには、直弟子に何の相談もなく、なんで孫弟子に、とか書いてあります。 (→http://www.enjoo.com/rakugo/
 『正論3月号』に「鳳楽くんの円生襲名に異議あり!」という記事も書いたそうですが、円生襲名を盛り上げるための仕掛けなのかなあという気がします。
 ともかく3月17日浅草東洋館「緊急!!圓生争奪杯」へ行ってみようかと思ったら、あいにくその日は他の予定が入っている。円丈は「居残り佐平治」、鳳楽は「妾馬」をやるそうです。どうしようか。
 
 

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