« この夏の野菜苗 | トップページ | 井上ひさしあれこれ2 »

2010年5月11日 (火)

井上ひさしあれこれ

 作家の井上ひさしが4月9日に亡くなりました。大好きな作家のひとりでした。

 高校生の頃、NHKテレビで「ひょっこりひょうたん島」をやっていました。1964年(昭和39)4月から69年(昭和44)3月までの放送だったそうです。わたしが高校2年のときから大学の頃までにあたります。
 子供番組でしたが、子供向きともNHKとも思えない斬新なギャグの連発で、生意気ざかりの高校生にも人気がありました。クラスでは、藤村有弘のドン・ガバチョ大統領の真似をして、「みなっさーん」と呼びかけるのが流行ったりしていました。あのドン・ガバチョのキャラクターはまったく空前絶後です。藤村有弘も不思議な、得難いタレントでした。
 人形のデザインもおもしろく、熊倉一雄、楠トシエ、中山千夏など声優も豪華で、魔女が箒ではなく電気掃除機に乗って空を飛んでいたり、当時の最先端をいくドラマでした。
 わたしはあまりテレビは見ませんでしたが、「ひょうたん島」は機会があれば見ていました。もっともこのころ、作者の名前は特に気にしていませんでしたが。

Photo_2 

 小説は『モッキンポット師の後始末』あたりから読み始めて、ひところ、はまっていました。「ひょうたん島」の作者だったことも知り、なるほどそうかと納得しました。

 大学を卒業してまもなくのころ、岩手県大槌町の「吉里吉里」を車で通ったことがあります。かわった地名だなと記憶に残っていて、『吉里吉里人』がベストセラーになったころ、俺は、吉里吉里へ行ったことがあるぞ、と自慢していました。
 小説の吉里吉里は、岩手県と宮城見の県境付近に設定された架空の土地なのですが、その元になった地名であることは間違いないでしょう。
 これが確かに行ったという証拠です。若いころはずっと煙草を吸っていたので、行った先々でマッチをもらっていました。このときたまたま、旅先のものをスクラップしたのが残っていました。下に「10/2 昼食 吉里吉里」とメモしてあります。1971年(昭和46)10月2日、じきに24歳になるころでした。

  Photo_7

 『吉里吉里人』は1981年(昭和56)8月の刊行ですから、吉里吉里へ行ってからちょうど十年後です。当時すごく感動した筈なのに、さてひとこと書こうと思うと、なかなか内容が浮かんできません。これではいけないと本を取り出して読み始めると、やっぱりおもしろくてついつい読みふけってしまいます。しかし大作なので最後まで読み返すにはちょっと時間がかかりそうです。

S

 『四千万歩の男』や『手鎖心中』なども、ともかくおもしろかったことは覚えていますが、内容を再確認しないと何も言えません。歳です。

 とりあえず一番記憶にあたらしいのは『父と暮せば』です。
 一昨年の夏、大船の鎌倉芸術館でこの芝居をみました。入館するとき、外の喫煙所でアロハシャツのようなものを着て井上ひさしが煙草を吸っていました。元気なようにみえました。死因は肺癌だったそうですが。

Photo_8
 原爆の被害を訴える芝居というと、なんだか気恥ずかしくなるような左翼系の舞台を想像してしまいますが、井上ひさしの才能は、そんな安直なものはつくりません。客をずっと笑わせながら、それでいて斜に構えるのではなく、まともに原爆の問題に向かわせ、しみじみと情感にも訴えます。わたしも泣きました。

|

« この夏の野菜苗 | トップページ | 井上ひさしあれこれ2 »

なむや文庫雑録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 井上ひさしあれこれ:

« この夏の野菜苗 | トップページ | 井上ひさしあれこれ2 »