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2010年7月 1日 (木)

吉本隆明と谷沢永一 3

 谷沢永一は、「捏造は想像力の行使であるか」という反論を発表した。(関西大学国文学会『国文学』54号(昭和52年(1977)9月25日)に掲載。『牙ある蟻』に収録。関西大学の本は未見、引用は『牙ある蟻』による)こちらも冒頭から激越な調子である。

 吉本隆明は「情況への発言-きれぎれの批判-」(『試行』47号、52年2月)と題する泥酔体の譫妄言を、雑誌の巻頭言にお筆先然と掲げているが、その第一節と第二節においては、私の「文学研究に体系も方法論もあり得ない」(『文学』52年1月)への批判を記したつもりであるらしい。しかし、殆んど錯乱状態でクダをまいたにすぎぬこの痴愚言のどこを探しても、批判の論理は全く成り立っておらぬ。(『牙ある蟻』P89)

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 そして往復葉書による「文学研究」については、こう書いた。

吉本隆明が、これは過去に実際にあった事実である。というしらじらしい触れ込みのもとに、誰から求められたのでもない全く自発的な動機にもとづき、みずから恃む「想像力」で、思う存分に書き記した妄想と捏造がこれである。(『牙ある蟻』P91)

 問題の書物は筑摩書房の『現代日本文学大系』97『現代評論集』(昭和48年5月7日)で、谷沢はこの本の編集者ではないが、依頼により解説の執筆などにたずさわったと次のように述べる。

 日時を正確には記憶せぬが恐らく昭和四十七年年の秋、私は筑摩書房から次の各項について指名を受けた。(一)『現代評論集』に収録を予定している三十五篇(のち吉本隆明がひとり「拒否」したので三十四篇となった)を所定の頁に収める為の調整、(二)解説執筆、(三)年譜作成、(四)月報の研究案内執筆。このうち、三十五名の略年譜を短期間に根底から調査作成するのは非力な私の手に余るので、年譜だけは浦西和彦との共同製作を希望し、編集部の賛同を得た。
 年譜作成の第一着手は、言うまでもなく戸籍謄本の入手である。各人の戸籍謄本を取り寄せる為には、本籍地と生年月日を誤りなく確認せねばならぬ。そこで直ちに浦西和彦は、当時の住居であった吹田市竹見台の自宅のアドレスと彼個人の名を記して、林達夫・渡辺一夫・丸山真男・鶴見俊輔ら三十五名全員に宛て、『現代評論集』付載年譜作成の為と理由を明記し、本籍地と生年月日と、ただその二項目だけの確認を乞う往復葉書を出し、吉本隆明を除く三十四名全員から、折り返し快く返信を得た。吉本隆明だけは、この往復葉書を問題とし、結果的には収録を「拒否」したわけである。(中略)
 吉本隆明に限らず『現代評論集』収録予定者の殆んどには、近い過去の誰かによって編まれた年譜が、多少は簡略にもせよすでにそれぞれ具わること言うまでもない。しかし既製の年譜を単に写しとるだけのコピー作業は無意味である。研究者が年譜作成に手を染める以上は、少なくとも正確さの点で、なにほどかの前進を期さねばならぬ。一応は解りきったように見えても、やはり基礎から調べ直す第一着手として、戸籍謄本に遡る作業が必要不可欠だ、と私たちは考えたのである。そういう詮索は無益で不必要な愚行だと、一方的に罵りたい者がいるかも知れないし、そう考えるのはあくまで本人の勝手だから、私たちは私たちで自分の信ずる道を行く。年譜研究の意義と方法について、私は吉本隆明とことさら議論する必要を認めない。それぞれ我が道を行けばよいのである。(『牙ある蟻』P92)

 なにも「文学的略歴」など求めていない。基礎資料として戸籍謄本を確認したいから、本籍地と生年月日の確認を要請しただけあるという。
 谷沢も書いているとおり、文学の研究に戸籍が何で必要なんだ、という反発はたしかにあるだろう。「島崎藤村の生地は定説の○○番地ではなく××番地だった」というような論文がもしあったとしたら、それが正しいものであったとしても、かなり馬鹿馬鹿しいものだとわたしも思う。しかし一方では、そういう作業を気が遠くなるほど積み重ねた上に学問が成立しているということも否定はできない。
 谷沢は、吉本隆明がそれを気に入らないのは勝手だが、事実を捏造するな、と迫る。
 浦西和彦が個人名で出した往復葉書を「谷沢の研究室」から来たとし、本籍地と生年月日の確認を求めただけのことを「文学的略歴を往復ハガキのもう一面に書いて送り返してくれ」とあったというが、そんな馬鹿な葉書を出すわけがない。人をナメ、世をナメた粗暴な捏造だ。
 その動かぬ証拠の往きの葉書がどうなったかいうと、吉本は筑摩書房の担当者に返し、担当者が処分したと言っている。しかし谷沢が当の担当者に問い合わせたら「吉本氏がご自身で廃棄されたか紛失されたことを、私共に渡したというふうに記憶ちがいをされているのではないかと思います」という返信が来た。これは証拠の湮滅ないし隠匿である。

 こうして、吉本隆明の「想像力」が「どの程度のものか」が理解され得よう。吉本隆明は。このような妄想と虚言と捏造の記述を以て、ただそれだけを以て、「谷沢のデタラメな立言と<増上慢>を粉砕するに足りる」と自任している。吉本隆明の「立言」こそ、まさに「デタラメ」と「増上慢」そのものではないか。(『牙ある蟻』P95)

というわけで、これはもう「論争」とは言い難いものになってきている。

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