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2010年8月24日 (火)

第五回日向ひまわり独演会

 8月21日(土)は、横浜にぎわい座地下の野毛シャーレで「第五回日向ひまわり独演会」。

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 演目は 「加藤孫六 出世馬喰」と「牡丹灯籠 お札はがし

 加藤孫六は、賤ケ嶽七本槍の一人として知られる戦国武将加藤嘉明の幼名。
 幼くして父に死に別れ、馬喰の下働きに雇ってもらうエピソードと、そこで習い覚えた馬術の腕前を披露して木下藤吉郎に仕官するまでの話。
 馬を自在に乗りこなす孫六の若武者ぶりがよく表現されていました。

 南條範夫の『大名廃絶録』(文春文庫、1993)によれば、父が秀吉に仕官して、嘉明は秀吉の児小姓(ちごこしょう)となった、と書いてありますが、馬喰から成り上がったという伝説もあるのでしょうか。どちらにしろ、やがて伊予十万石の大名となり、関ヶ原では東軍について、最後は会津四十万石の大名にまでなったというのは並の武将ではありません。
 しかし豊臣恩顧の外様ですから、子供の代には領土を返還させられ、孫は石見で一万石となってしまいました。子供が暗愚だったため、そこまで減封させられたという話もあり、南條範夫には「口惜しや忰の愚昧-加藤左馬助嘉明」という短編もあるそうです。

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 最後の演目は、夏には怪談というわけで「牡丹灯籠 お札はがし」。

 子供の頃から漫才のネタで「カラーン、コローン」の下駄の音はおなじみですが、ちゃんとした話を聞くのははじめてで、興味深く聞きました。
 浪人萩原新三郎は、夜な夜な逢瀬を重ねていたお露が実は幽霊であると教えられ、魔除けのお札をもらって家に貼ったが、下男の伴蔵(ともぞう)夫婦が幽霊から百両もらってはがしてしまい、とうとう新三郎はとり殺されてしまうという話。
 新三郎のところへ通ってくるお露の女中がもっていたのが牡丹の絵の灯籠、そのときの駒下駄の音が「カラーン、コローン」というわけで、ここが一番有名なところですが、この前段にも後段にも因果話は続いているのだそうです。
 怪談とか因果話とか、子供の頃から好きじゃなかったけれど、最近歌舞伎などを見るようになってから、因果・因縁のもつれ具合が作者の趣向であり工夫であったということが少しずつわかってきました。「牡丹灯籠」は、圓朝の本をちゃんと読んでみましょう。
 

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