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2010年8月31日 (火)

泉鏡花『春昼・春昼後刻』

 板東三十三カ所巡礼第二番 岩殿寺は、泉鏡花ゆかりの寺で、『春昼・春昼後刻(しゅんちゅう・しゅんちゅうごこく)』(岩波文庫、1987)の舞台になっています。岩殿寺に行ったときには文庫本を持参しました。

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 文庫の表紙にはこう書かれています。

うとうとと夢でも見そうなのどかな春の昼さがり、散策の途次たち寄った山寺で住職から明かされたのは、一瞬の出会いののち、不可思議な夢の契りに結ばれた男女の物語だった。あくまで明るい春の光の中、夢は夢へと重なり合って不気味な宿命の物語が展開する。鏡花随一の傑作との呼びごえ高い連作。

 うららかな春の日の物語ですが、行ったのは今年の夏の暑い暑い盛り、汗を拭きながら、境内の木陰でちょっと読んでみました。

 段を上ると、階子が揺はしまいかと危むばかり、角が欠け、石が抜け、土が崩れ、足許も定まらず、よろけながら攀じ上った。見る見る、目の下の田畑が小さくなり遠くなるに従うて、蒼う、ひたひたと足許に近づくのは、海を抱いたかかる山の、何処も同じ習である。
 樹立ちに薄暗い石段の、石よりも堆い青苔の中に、あの蛍袋という、薄紫の差俯向いた桔梗科の花の早咲を見るにつけても、何となく湿っぽい気がして、しかも湯滝のあとを踏むように熱く汗ばんだのが、颯と一風、ひやひやとなった。境内はさまで広くない。
 尤も、御堂のうしろから、左右の廻廊へ、山の幕を引廻して、雑木の枝も墨染に、其処とも分かず松風の声。(P17)

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 寺の裏山の谷の道はこう描かれています。

 「堂の前を左に切れると、空へ抜いた隧道(トンネル)のように、両端から突出ました巌の間、樹立を潜って、裏山へかかるであります。
 両方谷、海の方は、山が切れて、真中の路を汽車が通る。一方は一谷(ひとたに)落ちて、それからそれへ、山また山、次第に峰が重なって、段々雲霧が深くなります。処々、山の尾が樹の根のように集って、広々とした青田を抱えた処もあり、炭焼小屋を包んだ処もございます。
 其処で、この山伝いの路は、崕の上を高い堤防を行く形、時々、島や白帆の見晴しへ出ますばかり、あとは生繁って真暗で、今時は、さまでにもありませぬが、草が繁りますと、分けずには通られません。(P72)

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 現在、この道はちょっと行ったところで行き止まりになっています。文章のとおりの尾根道ですが、谷には住宅地がひろがっていて、さすがに雲霧が深くなるような風情はありません。この作品は明治39年の作だそうです。逗子の町は純然たる田舎として書かれています。
 夏の暑い盛りだったこともあり、感興を新たにするところまではいきませんでしたが、小説の現場でその作品を読んでみるというのもなかなか味のあるものでした。

 少しくわしく筋をたどってみると、この本は次のような話になります。

「春昼」あらすじ
 逗子郊外の岩殿寺へ散策に来た作者(散策子)は、住職から、去年、寺の仮庵室を貸していた若い男が、資産家の美貌の妻に焦がれ死をしたという話を聞く。
 男は、二、三度すれ違っただけのその女に恋し、ある夜、寺の裏山の谷の横穴に忽然とあらわれた舞台で一緒に芝居をした夢を見る。
 次の日、その女が寺に参詣し、
 「うたゝ寝に恋しき人を見てしより
        夢てふものはたのみそめてき」
という小野小町の歌を水茎の跡もあざやかに書いた懐紙を御堂の柱に貼って帰った。女も同じ夢を見ていたのか。
 男は、再度同じ夢を見たいと谷へ行き、海に落ちて溺死したという。

「春昼後刻」あらすじ
 散策子は、その女と話す機会を得る。女は散策子が恋しい人に似ていると言い、たまたま訪れた角兵衛獅子の兄弟に
 「君とまたみるめおひせば四方の海の
           水の底をもかつき見てまし」
という和泉式部の歌を書いた紙を、誰にというあてもなくことづける。
 その後、散策子の目の前で、ことづけを持っていた幼い角兵衛獅子の弟は海で溺れ、翌日、死骸は、男が溺れたと同じ岬で、女に抱かれて一緒に見つかった。
 女は海の底で恋しい男の霊魂の行方が分かったようであった。

 つまりすれ違っただけの男と女の間に、夢で感応が生じ、再び夢の世界で会いたいと男が死に、その後を追って女も死んでいく、という話です。
 同じ作者の「外科室」という短編も、一度目をかわしただけの男と女が、外科医師と患者として巡り会って、手術の現場でお互いの愛を確認して死んでいくという話でした。
 鏡花お得意の幻想の恋物語というわけですが、わたしは昔からこの手の話、幻想的も恋物語も苦手で、まずそこから鏡花のいい読者とは言えません。
 それに加えて、『高野聖』とか他にもいくつか読んでみましたが、なにより鏡花の文体にうまくついていけません。わかったつもりで読み進んでいくと、主語が想定とはちがっていて、前へ戻って話を確認しないといけない場面がでてきます。わたしの頭の中の文章の流れと、鏡花の文章の流れがうまくかみあわないのです。幻想的なところのない、わたしには一番面白かった『婦系図』ですら、つっかえつっかえ読まないといけませんでした。現代文ができるひとつ前の文章なのではないかという気がします。
 鏡花を否定するというわけではありません。江戸時代の戯作に親しんだ人には、これでよくわかったのでしょうし、感心するところもあります。『婦系図』は、今度新派で上演することがあったら、ぜひ芝居を見てみたいと思います。

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