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2010年9月27日 (月)

北京塵天7 紫禁城

三日目の二

紫禁城

 天安門から先はこうなっています。ちょっとわかりにくいけれど地図の一番下の天安門から次の端門をくぐると、午門の前に出ます。そこが故宮(紫禁城)の入口になります。映画「ラスト・エンペラー」の世界です。

Photo_4  (『トラベルストーリー9 北京』(昭文社、2007)より)

 左が端門。右が午門。ここが紫禁城の入口で入場券売場があり、人でごった返しています。ここで水のペットボトルを買いました。2元でした。凍らせてあってとても冷たかった

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 午門をくぐって太和門とその門前。川があります。さすがに中国の宮廷の庭は広いと思っていたら、この奧へ入ってまた驚きました。

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 それがここです。太和門を入ると、太和殿の前に塼(せん)を敷きつめた広場がひろがっています。塼が痛んでいて、欠けたり、でこぼこしたりしていますが、天安門から奧へ奧へとずっと歩いたその奧に、さらにこんな広いところがあるのかと驚きました。
 ここが文武の百官が居並んで、宮廷の儀式や外国使節の謁見などをおこなったところ。「ラスト・エンペラー」でもやっていました。ガイドのUさんの話では、この映画のロケで、あちこち傷ついたので、以後映画の撮影は許可していないとのことです。

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 太和殿の額。その下左は、太和殿内の玉座を見ようとひしめく観光客。下右は、その玉座。「ラスト・エンペラー」の最後の場面で、溥儀がもう一度座ってみたところです。写真はぶれてしまいました。

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 さらにその奧の中和殿(左)と保和殿(ほわでん、右)。ここまでが外朝三殿といって、皇帝がまつりごとを執り行う主要な建物。

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 保和殿の裏にある、龍の石彫り。

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 この乾清門をくぐると、皇帝の私的空間、后妃と女官のほかは宦官しか入れない内廷です。門の奧に見えるのが乾清宮。ここまででもうかなり疲れてしまいました。そればかりではなくデジカメの電池が残り少なくなってきたのは不覚でした。

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 乾清宮とその内部。

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 ここまで来ると庭があって、これまで見あたらなかった樹木も見えてきますが、時間がない。もうどんどん先へ進んで北の出口へ向かいます。忙しい、けっこうハードなツアーです。Dsc01404
 順貞門から外へ出ます。Dscf3257_2

 これは神武門(しんぶもん)を外に出てから見たところ。「故宮博物院」の文字は郭沫若(かくまつじゃく)によるもの。

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 ようやく紫禁城は終わったわけですが、まだ続きがあります。この神武門の北側には景山(けいざん)という人工の山があります。風水の「背山面水」、都は北に山を背負って南は川に面するという考え方から、明代のはじめに、堀を掘った土で築かれたといいます。
 下の建物は綺望楼。山の上に見えるのが万春亭という楼閣です。これを登ります。

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 10分程度で上に着いて、見下ろすとこの景色がひろがります。紫禁城の全景、写真でよく見る風景です。まったくこの曇天・塵天の空が残念。

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   左は山頂の万春亭、右はその中に鎮座まします如来像(釈迦?)です。ガイドさんが、西太后の信仰厚かったと言っていたような気がしますが、確信がもてません。

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 この景山の北麓には、明朝最後の皇帝、崇禎帝(すうてい-)が、李自成軍に攻められて北京城が陥落し、ここで縊死したという槐の木があって(代替わりしてるけれど)、観光客が訪れているそうですが、そちらまでは行きませんでした。

 紫禁城の中央線をひたすら突破してきたような観光で、ひとつひとつゆっくり見ることはできませんでしたが、ともかくこれで紫禁城の章はおしまいにします。

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