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2010年10月 1日 (金)

北京塵天10 北京秋天

 「北京秋天」という言葉について前に書きました(北京塵天2 頤和園)。
 この言葉を聞くと必ず思い出すマンガがあります。昔新聞で見た、加藤芳郎の「まっぴら君」です。何十年も前ですからはっきりとは覚えていないので、今回を機に探してみました。図書館でみつかりました。

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 それがこれです。昭和47年(1972)9月26日の毎日新聞に掲載されたもの。三十八年前です。当時、これを見たときには抱腹絶倒、笑いころげました。 
 今あらためて見てみると、落ちはわかっているし、片頬がゆるむくらいです。やはり時事漫画には旬というものがあります。その時代の空気の中でこそおもしろいという部分が必須です。時間とともにその部分が古びていくのは避けられません。今の若い人は、これを見てもなんのことかわからないでしょう。

 掲載日の前日、9月25日に田中角栄首相が北京を訪問し、歴史的な日中国交回復交渉がはじまって、メディアは「日中」で沸騰していました。
 このとき田中角栄は、次のような漢詩を筆でしたためたと報じられました。(漢詩の規則にはあっていないので、漢詩もどきだということですが)

国交途絶幾星霜
修好再開秋将到
隣人眼温吾人迎
北京空晴秋気深

 読み下すとこんなものでしょうか。

国交途絶して幾星霜
修好再開の秋 将に到らんとす
隣人の眼は温かく吾人を迎え
北京の空は晴れて秋気深し

 北京秋天です。

 またこのころ大相撲では、当時関脇の貴ノ花(現在の貴乃花親方の父親)と輪島が秋場所で活躍、大関への同時昇進が話題になっていました。
 この二つのまったく関係ない話題を古い掛軸で結びつけ、「なんだかすごく新しい「書」のような気もしますネ」というとぼけ具合が絶妙です。当時、すごい、加藤芳郎は天才だと思いました。

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 これ以来「北京秋天 貴輪大関」がわたしの頭の片隅にずっとすみついて、北京秋天という言葉を聞くたびに思い出すというわけです。

 この日中国交回復交渉当時の北京の天気は良かったとみえ、翌々日9月28日のマンガでは「北京晴れ」が話題になっています。<周首相、田中首相に「これならいくら飲んでも頭にきませんよ」とマオタイ酒を勧めた。>と下に説明があります。

 今回の旅行、本当に北京秋天だったらよかったのに、と途中何度も思いました。北京塵天ではいまいち決まりません。

 でもちょっと思いつきました。こんな書が見つかったというのはどうでしょう。

北京塵天
中日優勝

 昨日(9月30日)、阪神タイガースが横浜ベイスターズに敗れ、中日ドラゴンズの優勝マジック1が点灯しました。近未来を予言する書です。

 マンガは加藤芳郎まっぴら君7毎日新聞社、1988)より引用しました。

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