« 佐藤優講演会 | トップページ | 大沢親分の本 »

2010年10月 8日 (金)

四十年前

0036

 「北京秋天」をさがして加藤芳郎の『まっぴら君』を見ていたとき(→北京塵天10 北京秋天)、こんなマンガも見つかりました。昭和31(1956)年10月27日掲載のものですから、54年前の話です。(『まっぴら君 2』毎日新聞社、1988)

 これは北京で 戦後初の日本商品見本市が開催されたとき(同年10月)、書けない万年筆が出品されたという事件を扱ったものです。
 このころわたしは小学三年生で、この事件の記憶はありません。年表を見ると、中東でスエズ戦争、南極観測船宗谷出航、東海道線全線電化、メルボルン五輪、鳩山(一郎)内閣が石橋(湛山)内閣に替わった等の記事があります。

 当時の日本は、もはや戦後ではないと言われながら、まだこんな事件をおこすような弱小国だったのです。安かろう悪かろが日本製に対する評価でした。
 日本の目標は「東洋のスイス」になることだと言われていたのを覚えています。だからスイスも小さい頃からの憧れのひとつです。(「永世中立国」という言葉が輝いていた時代でした。今この話をすると必ず「スイスには徴兵制があるのを知ってるか」と言われます。)
 日本の製造業は、低賃金の利点をいかして安く製品を世界に供給するところからはじめて、研究開発に力を尽くして次第に品質を向上させ、日本の経済的発展がはじまりました。

 この時代のことを若い世代が知らないのは仕方ありませんが、わたしと同じ世代や上の世代まできれいに忘れてしまっているような気がします。
 日本の巷にあふれる中国製品。「中国製だからすぐこわれる。安かろう悪かろうだからな」と言うとき、少しは昔の日本のことを思い出してもいいのではないかと思います。はじめから「物づくりの達人」だったわけではありません。日本も同じようなところからはじめて、やがて世界を席巻するようになったのです。

 北京旅行中、ガイドのUさんが、しきりに「今の中国は、四十年前の日本と一緒です」と言っていました。
 どこの観光地へ行っても、旗を持ったガイドさんに先導された中国人の団体がいっぱい来ていました。改革開放で経済的に豊かになって、旅行する余裕ができたからだと言うのです。それぞれお揃いのワッペンをつけたり、お揃いの帽子をかぶったりして、ワイワイにぎやかでした。団体でゾロゾロというのは日本人と一緒です。

Dscf3251   (紫禁城太和殿前の観光客)

 書けない万年筆事件は五十四年前ですが、東京五輪が四十六年前(1964(昭和39))、四十年前は、大阪万博(1970(昭和45))の年です。日本中から千里丘陵に観光客が集まり、農協の海外旅行が日本の恥だと言われたりした、高度経済成長の華やかな頃でした。
 ちなみに1970年を年表であたってみると、万博の他に、日航機よど号が赤軍派学生にハイジャックされる、佐藤栄作が四選、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊に乱入などの年、わたしは大学四年生でした。
 あの頃の日本と同じような状態だと言われると、なるほどそうかという気にもなります。中国には地方との格差の問題や民族問題など、日本とは異なった大きな問題がありますが、活気にあふれ、街の景観や生活が大きく変わりつつあるのはたしかに同じなのでしょう。
 成長を続けた日本は、このあと、バブルの時代に突入していきました。
 海外旅行業界で長年活躍された方の体験記にこんな一節がありました。

高度経済成長期、とりわけバブル期といわれた1980年代後半から1990年代初頭にかけて、日本人旅行者のショッピング熱は頂点をきわめた。JALの国際線はファーストクラスから満員になるといわれ、長距離国際便では、下着にステテコ姿の乗客が、彼らにはどう見ても相応しくないファーストクラスキャビンで寛いでいる姿が珍しくなかった。

そのような時代を背景として日本人旅行者は、内外価格差の大きいブランド品を買いあさっていた。「ショッピングアニマル」が地球を闊歩していたのである。http://www3.kcn.ne.jp/~naka/travel/taikenki-06.htm

 Uさんが「秋葉原で電気炊飯器を三つも四つも抱えている人がいたら、それは中国人だからよろしく」と言っていました。中国人のブランド品に対する熱も高まっているそうです。

 最近、尖閣の事件で、日本人の対中国感情はさらに悪くなったようです。たしかに中国政府の言い分を認めるわけにはいかないし、日本政府の対応には情けなくなります。
 しかし日本と同じ経済成長の道をたどっているとすれば、やがて近い将来に没落の時代もやってきます。その日を楽しみにというわけではありませんが、成長を嫉視するのではなく、長い目で隣人としてうまくつきあっていくしかないのでしょう。
 口うるさくて騒々しくて、最近金回りが良くなって札びらを切って見せる、筋肉質の二の腕に赤い星の入れ墨をした、威張り屋の大男の隣人──ちょっとつきあいにくそうですが……
 

|

« 佐藤優講演会 | トップページ | 大沢親分の本 »

なむや文庫雑録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 四十年前:

« 佐藤優講演会 | トップページ | 大沢親分の本 »