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2010年11月

2010年11月26日 (金)

第六回日向ひまわり独演会

 11月23日(火)は、横浜にぎわい座地下の野毛シャーレ第6回日向ひまわり独演会でした。Photo

 出し物は、「細川茶碗屋敷の由来」にトークショーをはさんで、「大岡政談 五貫裁き」でした。

 「細川茶碗屋敷の由来」は、聞いてみると、あれ、これは落語にあったな、という話でした。講談の方が先で、これがもとになって落語の「井戸の茶碗」ができたそうです。
 屑屋に二百文で売り払った仏像から五十両の金が出てきたが、清廉潔白な売り主も買い主も金を引き取ろうとしないという話で、最後のところが落語とはちょっと違いました。
 帰ってから、話の確認のためYouTubeで古今亭志ん朝の「井戸の茶碗」を見たら、やっぱりいいですね。(古い画像ですが→http://www.youtube.com/watch?v=8EbuhkZmn4g
 ひまわり先生の講談もよかったけれど、志ん朝は一味二味違います。ついついYouTubeにある、志ん朝の他の落語にも見入ってしまいました。

 大岡政談 五貫裁き」も金にからんだ話で、やくざな生活をしていた八五郎が、改心して八百屋を開業しようと、近所に開店資金の奉加帳をもってまわる。ところが最初に行った大金持ちの質屋の徳力屋が一文しか出さないというので、金を叩きつけて返して喧嘩になり、奉行所で大岡様のお裁きとなる。お裁きは金を粗末にした八五郎が悪い、徳力屋に五貫文を払えというものだったが、これには裏があり、逆にケチの徳力屋がこらしめられるという話。
 シェイクスピアの『ベニスの商人』もそうですが、判決を逆手にとってあこぎな金持ちをやっつけるのはいいけれど、ここまでやるとちょっとやりすぎじゃないの、と小心なわたしなどは思ってしまいます。ただしそれは話が終わってからで、話の最中は笑ってばかり。ただ楽しみました。

 間にトークショーがあって、突然ひまわり先生に映画のセリフを読ませるという趣向でしたが、これがちょっとしつこかった。一度でやめておけばまだよかったのに、司会者が図に乗って二度もやらせて、時間がもったいなかった。それに間でこんなことをやっていると、後の話を演ずるのに影響するのではと気になりました。

 この独演会、第三回から見はじめて、これでもう四度目になるので、なんとなくファンクラブの会員のような気分になってきました。次回は4月とのこと。

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2010年11月21日 (日)

国性爺合戦

 11月16日(火)、国立劇場で「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」を見てきました。
  坂田藤十郎を見たかったというのと、国性爺合戦は鄭成功の話であることくらいしか知らないので、歌舞伎ではどんなストーリーになっているのか知りたかった、というのが今回の動機です。鄭成功は本当は国「姓」爺なのに歌舞伎では国「性」爺になっているのも知りませんでした。近松門左衛門の昔から、台本が史実とは違うので、そのままでは恐れ多いと「性」の字をあてているのだそうです。 

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(四幕七場)
序 幕  大明御殿の場
      肥前国平戸の浦の場
二幕目  千里ヶ竹の場
三幕目  獅子ヶ城楼門の場
四幕目  獅子ヶ城甘輝館の場
       同 紅流しの場
       同 元の甘輝館の場
(出演)
錦祥女(きんしょうじょ) 坂田 藤 十 郎
五常軍甘輝(ごじょうぐんかんき) 中村 梅玉
和藤内(わとうない) 市川 團 十 郎

 史実を確認しているわけではありませんが、この芝居の筋書きは、史実に忠実とはとても思えません。
 錦祥女というのは和藤内鄭成功)の父老一官鄭芝龍)が大陸に残した先妻の娘で、韃靼(=清)の将軍となった甘輝の妻となっています。「抗清復明」のため協力を依頼された甘輝は、妻の錦祥女のために寝返ったと言われては義が立たない、まず妻を殺してからだ、と錦祥女を殺そうとする、というのですが、当時の明・清の将軍がそんなことを考えるものでしょうか。
 さらに錦祥女にとっては継母にあたる老一官の妻が止めに入って、継母と義理の娘がお互いに譲り合って「わたしを殺せ」みたいな話になります。(昔の人たちはここで泣いたのでしょうが、実はわたしはこのあたりのやりとりで寝てしまったので、ここの筋書きにはちょっと確信が持てません。せっかく藤十郎を見に来たのに…)
 そして錦祥女は甘輝に協力させるために自害し、城外へ通ずる掘に自らの血を流すというのが見せ場の「紅(べに)流し」の場面です。どうやって紅を流すのか、本当に水を流すのかなどと事前に考えていましたが、見て、なるほどでした。
 紅が流れるのを見て和藤内は威勢よく城内へ乗り込んでいきますが、これがべらんめえの江戸っ子で、格好も先日見た(七月大歌舞伎)「」の鎌倉権五郎みたいです。
 ここで、平戸生まれの日中混血児なのにどうして、などど考えてはいけないのですね。そんなことはどうでもいい。見得を切ってポーズを決めたらすかさず拍手するようにならないといけません。筋書きは荒唐無稽でも、そこにあらわされた義理人情に泣いて、美しい姿に見とれ、いなせな格好や粋なせりふを楽しむのが歌舞伎のようです。
 若い頃は筋書きを読んだだけで、なんたる時代錯誤と思っていましたが、何度か見るうちにだんだん歌舞伎を楽しむようになってきました。この芝居も、一部寝てしまったものの、華やかな舞台を楽しませてもらいました。

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2010年11月15日 (月)

29 中国のジョーク

 先日(2010年10月24日)、関口宏の「サンデーモーニング」で、コメンテイターとして出演していた中国人の葉千栄東海大教授が、今中国ではやっているジョークとして、こんなのを紹介していました。

ノルウェイ制裁

 中国の家庭で、民主運動家の劉暁波にノーベル平和賞を授与するなんてノルウェイはけしからん、断固ノルウェイ製品の不買運動をしよう、と息子が憤っていた。それを聞いた母親は、息子の本棚にあった村上春樹の『ノルウェイの森』を焼き捨てた。

 なかなかいいですね。これは、なんだかんだ言っても中国の若者たちは、村上春樹を愛読するくらい開けてきているんだということでもあるそうです。

 同じようなジョークはないか、最近の中国ジョーク本をあたってみました。なかなか本に関するものはみつかりません。相原茂笑う中国人 毒入り中国ジョーク集』(文春新書、2008)にようやく、こんなのがありました。これは中国人がいかに理屈をこねるか、という話です。

ああ言えばこう言う

編集者:「原稿を拝見しましたけど、全体的にまだ未熟と言うか、幼稚な印象ですね」
 作者:「ならば、児童文学ということで発表できませんか」
編集者:「書き方が散漫なんですよ」
 作者:「では散文ということで結構ですから」
編集者:「しかしねえ、雑然としすぎてますから」
 作者:「では、雑文ということでお願いします」
編集者:「本音を言うとね、新鮮味がまったくないんですよ」
 作者:「そうですか。じゃ古文ということでなんとかお願いします」(P189)

Photo  

 黄文雄ジョークでわかる中国の笑えない現実』(徳間書店、2007)にも見つかりました。

金持ちと貧乏人

 私人の金を借りているのは貧乏人 国家の金を借りているのが金持ち
 酒を買うときアルコール度数を見るのが貧乏人 酒を買うときメーカーを見るのが金持ち
 本を書くのは貧乏人 本を盗刷(海賊版)するのが金持ち
 家畜を食べるのが貧乏人 野生動物を食べるのが金持ち
 土地を耕すのは貧乏人 土地を売買するのが金持ち
 自分の女を売るのが貧乏人 その女を買うのが金持ち(P114)

 これらの本を見ると中国には、「戯れ歌」という、対句を多用して韻を踏んだ漢詩のような形式のジョークが多いようです。こんなものです。どんな感じで読むのか、あるいは歌うのでしょうか。

社会現象

翻界雑誌美人多  雑誌を開けば美人ばかり    
打開電視広告多  テレビをつければ広告ばかり  
拿起報紙套話多  新聞を開けば常套句ばかり
看篇文章署名多  文章を読めば署名ばかり
買本新書錯字多  新書を買えば誤植ばかり
出門弁事収費多  門外に出たら金を取られるばかり
領導視察小車多  幹部が視察に来れば車ばかり
飯店吃飯公款多  レストランでの食事で使うのは公金ばかり
大街来往時装多  街道の往来には流行ファッションばかり
友人聚会名片多  友人の集まりでもらうのは名刺ばかり
下海経商騙子多  商売していて出会うのは詐欺師ばかり
年頭歳尾検査多  年末年始には役人の検査ばかり(P172)

 昨日(11月14日)は東京で義父の二十三回忌があったので、車で行こうかと思ったら、昨日まで横浜ではAPEC開催のため各国首脳が来訪。あちこち厳戒状態で高速道路などが渋滞しているので、思い直して電車で行きました。同じ方向から車で来た人はやはりいつもの倍以上時間がかかったそうです。
 本に関するものではないけれど、同じ本にこんなジョークもあったので、ついでに引いておきます。

日本をどうする

 六カ国協議の際、日本代表がトイレで席を立った間、他の五カ国が日本について語り合った。
 中国代表「やつを本気で怒らせてみたかったが、潜水艦や海洋調査船、さらに東海海洋資源海発で領海に入っても怒らない。実に我慢強いやつだ」
 韓国「独島を占領しても怒らないね」
 ロシア「北方領土を返さなくても怒らない」
 北朝鮮「それなら、わが国が核ミサイルをぶち込んで、絶対怒らせてみようか」
 アメリカ「よせ、それもだめだ。それはずいぶん昔にやってみた」
 五カ国「それなら、いったいどうすればいい?」
 中・韓「我々は日本人を怒らせようと凶悪犯罪者を大勢潜入させていたんだが、逆に我々の国民をノービザにしてくれているじゃないか。実に我慢強いやつだ」
 五カ国「もう不感症になってしまったんじゃないか?」(P261)

 日本人としては、あまり笑えないジョークです。こんなのもあります。

外交政策の決定

 六カ国会議のある休憩時間で、各国代表は外交政策の決定権について雑談した。
 ロシア代表「もちろん、それはクレムリンの大統領だ」
 アメリカ代表「大統領がホワイトハウスの会議で決め、最終的には議会の承認を得る」
 北朝鮮代表「それは偉大な将軍様がお一人の英知で決定する」
 韓国代表「大統領個人の思いつきだ」
 中国代表「共産党の総書記か、人民解放軍の最高幹部か国家主席か最高実力者である」
 日本代表「政府の意向と世論の動向を考えながら、交渉の現場の責任担当者が決めます。いざというときは、トップが決めます。だがたいていその後やめます。日本では『空気』が決めます。対中国政策なら、中国が怒るかどうかによって決めます」(P259)

 まったく笑えません。この本は三年前に出た本なんだけど…

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2010年11月12日 (金)

港南台バーズ新装開店

 11月10日(水)、地元の港南台駅前のショッピングセンター「港南台バーズ」が新装開店しました。最近はリニューアルオープンと言うらしいけれど、8月から工事閉館が三カ月近くかかった大規模な改装でした。わが家でも日常の買い物はここに依存していたので、しばらく不便な日が続きました。外観はたいして変わりませんが、97店舗のうち47店が今回の改装で新しく入った店になりました。

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 開店時間の10時ちょっとすぎに行ってみると、まだ入店のための行列が続いていました。このあたりではめったに見ることのない混雑ぶりです。

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 中へ入っても人がいっぱいで、ゆっくり店を見るようなゆとりはなかったので、ざっと見ただけで帰りました。
 新しく入った店はユニクロスターバックスRight-onABC-MARTなどなど、全国展開のチェーン店が圧倒的です。その他は横浜地区を中心に店舗を展開している店で、純粋な地元資本の店はもうほとんど入ってないのではないかと思います。
 うちの息子は、まるっきり地方のショッピングモールだな、と言いましたが、そのとおり、日本中で昔からの商店街が郊外のショッピングモールに取って代わられています。生き残っている商店街でも、全国チェーンの店の占める割合がどんどん増えています。

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 港南台は、昭和40年代に、日本住宅公団によってベッドタウンとして開発された地域で、それまでは山林や畑の広がる地域でした。先行して開発された隣の洋光台に駅ができたのが昭和45(1970)年、港南台駅は昭和48(1973)年に開業しています。
 ここは日野町だったので、当初は「湘南日野」駅と仮称されていたそうですが、ここがなんで湘南なのか、ちょっと恥ずかしいですね。そういう名前にならなくてよかった。
(→http://www.konandai-birds.com/about/index.html
 港南区役所の歴史年表には、「開業当時の港南台駅。乗降客数はまだ1日1,300人そこそこ。ブルドーザーが砂ぼこりを巻き上げ行き交う砂漠のような荒野にポツンと駅舎があった。」と書かれています。ちなみにウィキペディアによれば2009年度の1日平均乗車人員は33,752人です。
(→http://www.city.yokohama.jp/me/konan/kusei/furusato/history.html

 そういう新しい街でも、もう三十年以上たっているわけですからそれなりに商店街の盛衰もありました。周辺の団地の中で、最初に入居が始まったのは昭和49(1974)年の「めじろ団地」だそうですが、その近くにはこんな通りがあります。

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 電気屋さんが見えるくらいで、なんの変哲もない住宅地のようですが、ここは昔、ちょっとした商店街でした。街灯をクローズアップしてみると、こんな看板がついています。「港南台中央名店会」とあります。

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 めじろ団地に続いて、ちどり団地、かもめ団地、ひばり団地、つぐみ団地など鳥の名前がついた団地が次々と完成し、そして昭和51(1976)年には駅前にショッピングセンター「港南台バーズ」ができました。周辺の団地に鳥の名前がつけられていることから、「バーズ」という名前になったそうです。この他にも、こまどり、ひよどり、うぐいす、おおるり、せきれい、しらさぎという団地があります。
 同じ鳥の名前でも、ちどり、かもめという「海鳥」の団地は賃貸で、ひばりやつぐみなどの「陸鳥」の団地は分譲という区別がされており、昔は、港南台の団地というとそれが話題になったものでした。駅前のうぐいす団地は現在建て替え工事中で、「ブランズシティ港南台 うぐいすの杜」という名前に変わりました。
 昭和52(1977)年にはバーズの隣に「ダイエー港南台店」ができ、昭和58(1983)年には「港南台高島屋」もでき、完全に駅前が商業中心地になったというわけです。
 わたしたち一家が茅ヶ崎から港南台地区に引っ越してきたのがこの昭和58年でした。

 商店街の話をしていたときに、「染み抜き屋があるような昔からの商店街」と言った人がいて、うまいことを言うなと思いました。わたしの子供時代にはあちこちの街にそういう店があったように思います。今では古い街で貴重な伝統産業として生き残っているくらいでしょうか。
 港南台は、もともとそういう店のないところからスタートして、ますます全国どこにでもあるような店ばかりの街になりつつあります。この勢いをとめることはできないでしょうし、それなりに洗練されてきていると言えないこともないけれど、ときどき「三丁目の夕日」のような昭和の街がなつかしくなります。

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2010年11月 9日 (火)

秋の空

 11月5日から7日まで、2ヶ月ぶりに南無谷へ行ってきました。今年はいろいろあって、ろくに南無谷へ通うことができなういうちにすっかり秋も深まり、7日はもう立冬でした。

 秋の空です。

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 これは渋柿です。

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 こちらは富有柿。少し実が多すぎたけれど、そこそこ甘かったのでOKです。

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 温州みかんはまだ早い。

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 今年は不作だったびわは、花芽をたくさんつけていました。

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 近いうちに花もぎをやらないといけません。(→ビワの花もぎ

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 畑は、放ったらかしになってしまったので、また荒れ放題。それでもナスやピーマンはなんとか食べられるものが少し残っていました。トマトが勝手にあちこちに広がって、青い実をたくさんつけていました。

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 落花生も雑草の中に埋もれていましたが、掘ってみたら、なんとか少しとれました。

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 花壇も野放しで見苦しいけれど、咲いている花はきれいです。

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 青いのはノボタン。「コートダジュール」というそうです。

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 こんなものを見つけました。ウリボウみたいな縞模様のカラスウリです。

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 こちらはちゃんと赤くなったカラスウリ。

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 最後に、秋空を背景に南無谷のわが家。

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2010年11月 3日 (水)

第51回神田古本まつり

 10月27日から11月3日まで第51回神田古本まつりで、11月2日(火)に行ってきました。去年紹介した(神田古本まつり)のと、風景は変わりません。

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 去年の写真よりは少し客が少ないのは、今年は平日に行ったからでしょう。

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 ここは神保町交差点。

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 三省堂古書館のワゴンにも、それなりのお客さんがついています。

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 向かって右奥にわがなむや文庫の本を並べました。最初にそこそこ売れたので、少し追加したのですが、どうも追加本の選択を誤ったのか、この日はいまいちでした。

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2010年11月 1日 (月)

上野公園

 10月27日(水)、突然、上野駅のあたりへ行く用ができたので、行ったついでに上野公園をぶらぶらしてきました。
 東海道線の方の育ちなので、上野にはとくに思い出や思い入れはありません。
 ときどき展覧会を見に美術館や博物館へは来ましたが、上野公園そのものをゆっくり見ようとしたことはなかったので、少し歩いてみました。

 まずはこれです。西郷隆盛の銅像。

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 彰義隊の墓が、西郷像のすぐ近くにありました。

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 清水観音堂(きよみず─)。板東三十三カ所観音巡礼中の身ですから、観音様にはちゃんとご挨拶をします。

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 下左は花園稲荷。下右はパゴダ。ここに顔だけの上野の大仏があるはずなのですが、柵が閉まっていて見られませんでした。

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 おもしろかったのはここ、上野東照宮。

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 鳥居、山門をくぐって奧へ行くと、この景色。遠くからではわからなかったけれど、工事中で、後ろに見える建物はなんと写真でした。よく見ると、前の唐門と同じものがその後ろにあります。

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 こういうことでした。

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 ここには五重塔もあります。

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 上野動物園入口。子どもを連れてパンダを見に来たのはもう二十数年前のこと。

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 小松宮親王像。明治維新ときの会津征討の総督(東征大将軍)などをやった人だそうです。

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 西洋美術館前、ロダンの「地獄の門」。

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 「地獄の門」の上の方で、門をのぞき込んでいる男を独立させたのがこれ、「考える男」です。

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 もう夕方近くになったので、このあたりで引き上げることにしましたが、見るところがいっぱいあることがわかりました。また来てみましょう。
 

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