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2010年12月 3日 (金)

ダダ漏れ民主主義

 11月29日以来、ウィキリークス Wikileaks によるアメリカ外交公電の流出が報じられています。警視庁の国際テロ関連の公安情報の流出尖閣衝突ビデオの流出など、情報がそこらじゅうから漏れだしています。柳田法務大臣の失言問題も後援会内での内輪話が外へ出てしまったものです。

 これらの事件が起こる前から、こういう状況を「ダダ漏れ民主主義」という言葉で現していたのが日垣隆です。
 メール、ツイッター、Youtubeやニコニコ動画など、インターネットを通じた個人メディアが爆発的に増え、個人でも「全国放送」することが可能になり、大メディアが知らせてこなかった情報がダダ漏れに漏れるようになった。これはメディアの革命である。
 これにより、これまでの密室政治へのダダ漏れ民主主義の反撃がはじまった。密室や談合によるマヤカシが通用しなくなり、検討過程が可視化され、ひろく検証されていくことになる。記者クラブに依存しているマスメディアも変わらざるをえないだろう。というのが日垣隆の言う「ダダ漏れ民主主義」の概要です。

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 この日垣隆ダダ漏れ民主主義』(講談社、2010)は、『週刊現代』に連載中の「なんなんだこの空気は──メディア考現学」をまとめたもので、ツイッターなどのメディアが現在いかに使われているか、いかに利用すべきかなど、著者の皮肉な眼をとおしておもしろく書かれています。

 この言葉「ダダ漏れ民主主義」は、語感があまりよろしくないせいか、まだ一般には普及していませんが、言い得て妙というところです。
 政府発表には嘘がないのか、建前はわかったが本音はどうなのか、誰が何を根拠にどう決めたのか、──これまで疑問に思っていた内実がじわじわと漏れだしてくるようになりました。 
 これまでは裏を知っているのは当事者である政治家など一部の専門家たちと、せいぜいそれにくっついている新聞記者など一部のメディア関係者だけでした。だから専門家もメディアもその情報を自分たちの都合のいいように使うことができました。それが漏れだしてくればそうはいかなくなります。
 この情報の拡散は歴史的な流れであり、止めて止まらぬものでしょう。拡散を止めることではなく、政策などの決定過程を可視化し、きちんと説明することが強く求められるようになっっています。秘密の交渉や決定も、いつ、どのように公開されるかを念頭においてやられなければなりません。

 機器の発達が情報漏れを促進するというのもそのとおり。
 わが家もようやくテレビを買い換えました(地デジへの切り替えとエコポイントにあおられて、先々週ヤマダ電機へ行ったら、並んでから買い終わるまで4時間かかりました。)。大きくなって(と言っても32型ですが)、きめ細かくなった画面(フルハイビジョンです。来年の日本シリーズが楽しみです。)で国会中継を見てみると、吼えたてている質問者の居丈高な表情だけでなく、その脇にいる議員のつまらなそうな顔もよく見えます。回答者が「ふん、それがどうしたバカ」みたいな顔をしておもむろに立ち上がるのもよくわかります。言葉になっていない情報がたくさん読みとれてしまいます。
 「吉兆のささやき女将」は高性能のマイクロフォンによるものでした。
 高性能の望遠レンズを使えば、官房長官の手元にある書類の内容がわかってしまいます。街角の監視カメラの数はどんどん増えています。「俯仰(ふぎょう)天地に愧(は)じずが精神の問題ではなく、「俯仰天地に記録されてしまう」ことを念頭におかないといけない時代になりました。
 中井ハマグリ予算委員長のつぶやきは、記録はされていなかったようですが、「俯仰天地に愧じず」の精神に欠けるつぶやきであったようです。
 そしてインターネットの時代になって、知り得た情報は簡単に瞬時に世界中に拡散することができます。そうなればもう回収は不可能です。「天網恢々疎にして漏らさず」は「電網恢々疎にして漏らさず」になりました。

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