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2011年1月15日 (土)

32 論語で笑う

 前に最近の中国のジョークを紹介しました(→29 中国のジョーク)。今回の「本のジョーク」は、中国の古いジョーク、というより笑話から、古典の中の古典『論語』に関するものを紹介します。駒田信二編訳『中国笑話集』(講談社文庫、1978)から拾いました。

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 『論語』に関するジョークを笑うには、やっぱり『論語』についてある程度の知識がないと、何がおかしいのかわかりません。
 とりあえず「吾十有五而志于学 われ十有五にして学に志し…」という有名なところから。(タイトルのあとに書いてあるのは、その笑話が収録されていた書物の名前です。)

三十而立(にしてたつ)  群居解頤・拊掌録

 魏博節度使(ぎはくせつどし)の韓簡(かんかん)は純真素朴な人であった。文人たちと会っても、そのいうことがよくわからないので、内心いつもそれを恥じていた。そこで、ある日思い立って、一人の秀才を招き、『論語』の為政(いせい)篇の講釈をきいた。
 その翌日、韓簡は側近の者にいった。
「わしはやっと、古の聖賢が極めて純朴だったということを知ったよ。なにしろ、三十にもなって、はじめて、立って歩くことができたというのだからな」
(P363)

 次の話に出てくる周公は、ご存じかと思いますが、孔子が理想とする聖人で、いつも夢に見ていた人です。

夢に周公を見る(一)        笑府

 『論語』に次のような一章がある。

 子曰く、甚しいかな、わが衰えたるや。久しいかな、われまた夢に周公を見ざるや。(述而篇)

 さて、子供に『論語』の素読を教える先生、急に眠くなって、つい、うとうとと眠ってしまった。そして、はっと気がつき、あわてて、
「わしは夢に周公を見ていた」
 といった。
 翌日、こんどは子供が居眠りをしだした。先生が笞(むち)で机をたたくと、子供は眼をさまして、
「わたしも、夢に周公を見ていたのです」
 といった。
「それではきくが、周公はおまえに何といわれた?」
「はい。きのう先生には会わなかったとおっしゃいました」
(P311)

夢に周公を見る(二)         笑府

 『論語』に次のような一章がある。

 宰予(さいよ)、昼寝(い)ぬ。子曰く、朽木(きゅうぼく)は雕(ほ)るべからず、糞土の牆(かき)は〓(ぬ)るべからず。予に於て何ぞ誅(せ)めん。(公冶長篇)

 宰予が昼寝をしたというので、孔子様は、
「そなたはまるで朽木か糞土のような奴じゃ」
 ときびしくお叱りになった。ところが宰予は負けてはおらず、
「わたしは夢に周公を見ようと思って眠ったのです。それなのに、なぜそのようにお叱りになるのですか」
「ふん、昼間が夢に周公を見る時か」
「そうです。周公は夜中においでになるような方ではありません」
(P312)

 「〓」は「朽」に似た字ですが、JISにないのでこれで失礼しました。
 もとの話は、朽木か糞土のような奴に何を言ってもしょうがない、という話ですが、この笑話では、宰予も負けずに反撃しています。聖人君子は夜出歩いたりしないから、昼寝もやむなし、というわけです。
 ウィキペディアによれば、孔子が夢で周公に会っていた故事から、広東語では「「周公を訪ねる」という意味の「揾周公 wan Jaugung」というフレーズが、「寝る」という意味で使われている」そうです。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%A8%E5%85%AC%E6%97%A6
 昼寝の宰予は、次の笑話にもでてきます。

昼寝            笑府

 昼寝の好きな先生に弟子がたずねた。
「『論語』の宰予昼寝という四字はどう解釈したらよろしいでしょうか」
「宰とは殺すという意味だ。予とは我ということだ。昼とは日中のことだ。寝とは眠ることだ」
「すると四字全体ではどういう意味になるのでしょうか」
「予(われ)を宰(ころ)すとも昼は寝(い)ぬ、ということだ」
(P313)

 殺されても昼寝をするぞ、とはよほど昼寝の好きな先生です。宰予が人名であることも知らず、一字ずつ解釈しているところがおかしいのですが、こういう半可通の儒者や私塾の教師は、役人や医者、僧侶、道士などと並んで笑話の対象にされています。

厩火事           笑府

『論語』に次のような一章がある。
「厩焚(や)けたり。子、朝(ちょう)より退きて曰く、人を傷つけたるやと。馬を問わず」(郷党篇)
 さて、ある道学先生が役人をしているとき、馬小屋が焼けた。童僕たちが総出で消しとめて大事に至らなかったが、あとでそのことを先生に知らせると、先生は、
「人を傷つけたるや」
ときいた。
「いいえ、怪我人は出ませんでしたが、馬の尻尾が少し焼けました」
 童僕がそういうと、先生はひどく怒って重罰を課した。
 ある人がそのわけをたずねると、先生はいった。
「孔子様が馬を問わなかったことは、誰でも知っているはず。わたしも馬を問わなかったのに、あの童僕はわたしの問いもしなかったことを答えたからです」
(P232)

 「朝(ちょう)より退きて」は「宮廷から帰ってきて」という意味です。孔子は貴重な財産であった馬よりも人間のことを心配した、という有名な話です。せっかく先生が孔子の真似をしたのに気づいてもらえませんでした。
 「唐土(もろこし)かい、麹町かい」という落語の「厩火事」もこの話がもとになっています。

孔子の教え       笑禅録

『論語』に孔子の飲食について記した一章があって、
「食(し)は精(しら)げたるを厭(いと)わず、膾(なます)は細きを厭わず」(飯は白米がよく、膾は細く切ったのがよい)
 とある。
 さて、ある道学先生が人々にいった。
「孔子の言葉を一、二句でも体得すれば、尽きざる利益を得るものである」
 すると一人の若者が進み出て、一礼していった。
「わたくしは孔子の言葉を二句、深く体得しております。そのため、心はゆたかになり、体もふとりました」
「その二句というのは?」
 と先生がたずねると、
「はい。食は精げたるを厭わず、膾は細きを厭わず、という二句でございます」
(P33)

 孔子の食べ物の好みだけ真似しても聖人君子にはなれません。キリストがワインを飲んでいたからと言って、ワインばかり飲んでいても救世主にはなれません。

なまり          拊掌録・雪濤諧史

 孔子の弟子の公冶長(こうやちょう)は鳥の言葉を解した。
 あるとき孔子が鳩の鳴き声をきいて、
「あれは何といっているのだ」
 とたずねると、公冶長は、
「觚不觚(クープークー)、觚(クー)……(觚(こ)や觚ならず、觚ならんや、觚ならんや──『論語』雍也篇)といっております」
 と答えた。またあるとき、孔子が燕の鳴き声をきいて、
「あれは何といっているのだ」
 とたずねると、公冶長は
「知之為知之(チーシーウェイチーシー)、不知為不知(プーチーウェイプーチ)、是知也(シーチーエー)(之を知るを之を知ると為(な)し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり──『論語』為政篇)といっているのです」
 と答えた。またあるとき、孔子が驢馬の鳴き声をきいて、
「あれは何といっているのだ」
 とたずねると、公冶長は
「はて、あれは解しかねます。どうやら田舎なまりのようでございます」
(P270)

 これは中国語の音を論語の文章にこじつけたおもしろさで、日本で「ホー法華経」とか、「仏法僧(ブッポウソー)」と鳴いている、と言うようなものでしょうか。

 ちょっと脇道にそれますが、「知之為知之、不知為不知、是知也」をこんなふうに読んでいるマンガがありました。

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 これは前にも紹介した、みなもと太郎風雲児たち 幕末篇』の第11巻(リイド社、2007)で、坂本龍馬が論語の勉強をしているところです。龍馬は漢籍を、塾で教えるような正式の読み方はうまくできなかったが、その大意はきちんと読みとっていたというエピソードのところです。この話は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』にもあったと思います。
 笑話に出てくる素読の先生たちが、音に出して読むことはできても、その意味がよく分かっていないのとは対照的です。

 

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