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2011年2月

2011年2月28日 (月)

本州縦断ラリー

 先日突然、学生時代の友人が亡くなったという知らせが入り、バカなことばかり書いてはいられない気分になって、しばらくブログから遠ざかっていました。
 今回もたいした話ではないので、ちょっと気が引けていますが、生き残っている方はそれなりに元気を出さないといけないということで…。

 勢いに押されて「スマートフォン」を買いました。中国製の003ZというAndroidスマートフォンです。
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 ツイッターをはじめてみたがまだ使い方がよくわからないとか、毎月の使用料がドッキリするくらい来るとか、電池の消耗が早いとかいろいろありますが、今回は歩数計ソフト「Smart Training]のおまけの「本州縦断ラリー」の話。
 ポケットに入れて歩いていると、歩数と距離・時間が記録され、それが本州縦断ラリーとして、地図の上に表示されるというソフトです。
 やってみました。スタートは青森県の大間港、ゴールは山口県の下関に設定されています。1778.7kmです。

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 2月16日から2月25日までの10日間の成果。

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 下北半島を南下、石神温泉というところを過ぎて、むつ市あたりまで、赤い線の39.7kmを歩いたところです。
 常時計測していると電池の消耗が激しいため、これから歩くぞというときだけONにしているので、自分としてはそれなりに歩いたつもりですが、まだまだです。下関は遠い。

 禁煙などもそうですが、自分に誓って自分だけでやるより、みんなの前でやるぞと宣言してしまったほうが、引くに引けなくなってしまうせいか、達成する確率が高くなるそうです。
 だから「本州縦断ラリー」をはじめたことをここに書いてみました。また経過など報告するようにします。

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2011年2月21日 (月)

35 番外 謎の鳥と伊達直人

 最近の日本の政治に関するニュースは、うんざりするような話ばかり。もう怒るのを通り越して笑うしかない、ということで、今回は「本のジョーク」ではなく、政治に関するジョークを紹介します。
 テレビでも紹介されているようですが、どちらももとは2ちゃんねるに書き込まれていたものらしく、いろんなバリエーションができているようです。

 まずは先代から。

謎の鳥

日本には【謎の鳥】がいる。正体はよく分からない。

中国から見れば【カモ】に見える。
米国から見れば【チキン】に見える。
欧州から見れば【アホウドリ】に見える。
日本の有権者には【サギ】だと思われている。
オザワから見れば【オウム】のような存在。
でも鳥自身は【ハト】だと言い張っている。

それでいて、約束をしたら【ウソ】に見え
身体検査をしたら【カラス】のように真っ黒、
しかも秘書がやった事だと【タカ】をくくってる。
釈明会見では【キュウカンチョウ】になるが、
頭の中は【シジュウカラ】のようである。
実際は単なる鵜飼いの【ウ】。

私はあの鳥は日本の【ガン】だと思う。

 政治的な意見や立場はともかく、うまいものです。
 さて次は当代。

伊達直人と菅直人

子供たちにランドセルを背負わせたいのが伊達直人 
子供たちに借金を背負わせたいのが菅直人

必殺技を決めるのが伊達直人
「俺に決めさせるな」が菅直人

虎のマスクで顔を隠すのが伊達直人
虎の威を借るのが菅直人

フェアプレーで戦うのが伊達直人
スタンドプレーで目立とうとするのが菅直人

施設にランドセルを贈るのが伊達直人
中国にランド・セールするのが菅直人

贈与するのが伊達直人
増税するのが菅直人

リングで虎をかぶるのが伊達直人
選挙で猫をかぶるのが菅直人

仮面をかぶって戦うのが伊達直人
仮免で国を動かすのが菅直人

全国で現れるのが伊達直人
全国で笑われるのが菅直人

戦闘に頼るのが伊達直人
仙谷に頼るのが菅直人

明るい春をもたらすのが伊達直人
春の見通しが立たないのが菅直人

 こちらの方は、名前が直接出てくるせいか、ちょっとこなれていないところがあります。まだ続きがどんどんできてくるのか、また別の主人公のジョークになるのか…そうそう笑ってばかりもいられません。

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2011年2月16日 (水)

34 中国の古いジョーク2

 中国の古いジョーク、あまり受けていないような気がしますが、まだあるので紹介します。
 まず、前に蘇東坡の「赤壁の賦」が出てきましたが、その蘇東坡本人が出てくる話。

笑の字           調謔編

 荊公が『字説』という書を著したときいて、蘇東坡がたわむれていった。
「『竹』で『馬』を鞭うつと『篤』(篤実)になるのはわかるが、『竹』で『犬』を鞭うつと『笑』うのは、どういうわけですかな」

(駒田信二編訳『中国笑話集』1978、講談社文庫、P253)

 馬を鞭うてばおとなしく篤実になるが、犬は笑うのか、という漢字のつくりに意味をこじつける話です。よくあります。今朝もNHKの朝ドラ「てっぱん」で、主人公の父親が「長男には金に欠けると書いて欽也、次男には金を失うと書いて鉄平と名付けてしまった」と言っていました。もっともらしく聞こえることもありますが、本来の漢字の成り立ちとは違う、ただのこじつけ話が多いようです。

書物が低い        笑倒

 受験勉強のために寺に寄宿している書生、毎日外へ遊びに出ていたが、ある日突然、昼ごろに帰ってきて、小僧に、
「書物を持ってきてくれ」
という。小僧が『文選(もんぜん)』を持って行くと、
「これは低い」
というので、『漢書(かんじょ)』を持って行くと、また、
「これも低い」
という。そこでこんどは『史記』を持って行くと、やはり、
「これも低い」
という。小僧が和尚にそのことを話すと、和尚は、
「その三書は、一書に通じているだけでも大学者といえるのに、どうしてどれも低いというのだろう」
と不審に思い、書生のところへ行ってきいてみると、書生は、
「枕にするのですよ」
といった。

(駒田信二編訳『中国笑話集』1978、講談社文庫、P234)

 これはよくあるジョークで、枕にするのが百科事典だったり、電話帳だったりします。

蛍雪        笑府

 東晋の車胤(しゃいん)は家が貧しく、燈油を買うことができなかったので、夏の夜は薄絹の袋に数十匹の蛍(ほたる)をいれてその明りで読書をした。孫康(そんこう)も家が貧しく、やはり燈油を買うことができなかったので、冬の夜は雪を積み上げてその明りで読書した。二人はこうして、夜を日についで勉強した甲斐があって、後、出世して車胤は吏部尚書(りぶしょうしょ)になり、孫康は御史大夫(ぎょしたいふ)になった。
 ある日、孫康が車胤を訪ねて行ったところ、車胤は家にいなかった。あの勉強家が、と孫康は不審に思い、
「どこへ行かれた?」
 とたずねると、門番が、
「たぶん、蛍を取りに行かれたかと思います」
 と答えた。
 その後、車胤が答礼のために孫康を訪ねて行ったところ、孫康は庭に出てぼんやりとたたずんでいた。車胤が不審に思って、
「どうして読書をなさらないので?」
 ときくと、孫康はふり返っていった。
「空模様を見ていたのです。このぶんでは雪は降りそうにもありませんな」

(駒田信二編訳『中国笑話集』1978、講談社文庫、P388)

 有名な故事の後日談。出世してからも若い頃の習慣はぬけなかったようです。

婦徳          妬記

 謝太傅(しゃたいふ)(東晋の宰相謝安(しゃあん)の夫人劉(りゅう)氏はたいへん嫉妬ぶかく、夫が妾(めかけ)を置くことをゆるさなかった。謝太傅は歌舞音曲が好きだったので、芸のうまい妓女を妾に置きたいと思っていたが、もとより夫人は承知しない。それを知った親戚の者が夫人の劉氏に、
「詩経には妻が嫉妬をしないことを婦徳としてほめた詩がありますね」
 というと、夫人は、
「詩経は誰が編んだのですか」
 ときき返した。
「聖人の周公です」
 と答えると、夫人はいった。
「そうですか。もし周公ではなく周公夫人が編んだら、そんな詩は取らなかったでしょうよ」

(駒田信二編訳『中国笑話集』1978、講談社文庫、P408、原著は無題)

 次のジョークは『中国笑話集』ではなく、寺尾善雄『中国のユーモア』、河出文庫、1982)から拾ったもの。

悟るところがあった

 ある金持ちの息子が読書嫌いであったため、父親はなんとか本を読ませようとして、息子を書斎に閉じ込めた。しばらく経って父親がのぞいて見ると、息子は本を前にして沈吟している様子だったが、やがて大声をあげた。
「判ったぞ」
 父親は、息子になにか悟るところがあったものと思い、喜びのあまり、とび込んでたずねた。
「息子よ、でかした。合点が行ったか」
 息子いわく、
「僕はいままで、本というものは手で書いたものとばかり思っていたが、なんのことはない、印刷したものなんだね」

(寺尾善雄『中国のユーモア』、河出文庫、1982、P11)

 これで中国の古いジョークは、とりあえず一区切りです。

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2011年2月12日 (土)

33 中国の古いジョーク

 今回も前回(32 論語で笑う)と同じ、駒田信二編訳『中国笑話集』(講談社文庫、1978)から、論語以外の本に関するジョークを拾いました。この本は、講談社文庫で絶版になった後、ちくま文庫に入っています。

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 中国の古典を知らないから読んでもピンとこないのは、現代の日本人としてはしょうがないことです。今、商売上の必要から中国語を話せる日本人はずいぶん増えていると思いますが、その人たちも『論語』や『大学』を勉強していることはないでしょう。 江戸時代の日本の知識人が、中国語が話せるわけではないのに、これらの笑話を「漢文」として日本語で読んで、ちゃんと笑っていたというのは、考えてみると不思議なことでもあり、すごいことでもあります。
 この本は駒田信二の注釈がついているので、片頬くらいは笑えます。

 できの悪い素読や私塾の先生たちがからかわれます。

赤壁の賦      笑林広記

 ある先生、よく字を読みまちがえる。ある日の夕方、弟子に蘇東坡(そとうば)の「赤壁(せきへき)の賦(ふ)」(前後二篇から成る)の講義をしていて、大きな声で、
「この前の赤壁の賊(ぞく)は……」
 といったところ、ちょうど窓の外から中をうかがっていた泥棒が、びっくりして、さてはさとられていたのか、それなら、裏へまわって壁を破って押し入ってやろうと思い、夜がふけるのを待って家の裏へ忍び込んだ。やがて先生は講義を終わって奥の部屋へはいり、寝ようとしたが、まだ論じ足りないのか、弟子に向って大声で、
「あの後(うしろ)の赤壁の賊は……」
 といったので、外にいた泥棒、またもやおどろき、驚嘆していった。
「おれの前後の行動は、この家の先生にことごとく見破られてしまった。こんなえらい先生のいる家では、なるほど、犬を飼う必要はないわけだ」

(駒田信二編訳『中国笑話集』1978、講談社文庫、P229)

 三国志の有名な「赤壁の戦い」の赤壁(レッド・クリフ)です。先月、テレビで映画「レッド・クリフ Part I、Part II」をやっていましたね。
 蘇東坡の「赤壁の賦」を知らない先生がいるとも思えませんが、「賦」を「賊」に読み間違えたという、わかりやすい話でした。この後の話は注釈がないとちょっとわかりません。

月謝          笑海叢珠・笑府

 ある人、子供のために素読(そどく)の先生を雇った。ところがその先生がよく字を読みまちがえるので、主人は、
「気をつけてください。これからは一字読みまちがえるごとに一月(ひとつき)ぶんの月謝を差し引きますから」
 といいわたした
 年末になって主人が先生の読みまちがえた回数をかぞえてみると、月謝は二カ月ぶん払えばよいことになった。そこで先生にそのことをいうと、先生は慨嘆して、
「これ何の言おこる、これ何の言おこる」
といった。
「それで残った二月(ふたつき)ぶんの月謝も消えてしまいましたな」
『孝経』に「これ何の言ぞや、これ何の言ぞや」(是何言與、是何言與)という句がある。先生はその「與」を「興」とまちがえて「おこる」と読んだのである。

(駒田信二編訳『中国笑話集』1978、講談社文庫、P225)

 「與」を「興」とまちがえてということですが、そりゃ間違えるよなあ、と先生に同情してしまいそうです。

先生         笑府

 素読(そどく)の先生が二人、死んで閻魔大王の前に引き出された。一人はよく字を読みまちがえる先生であり、一人はよく句読(くとう)をまちがえる先生であった。
 取調べが終ると、大王は罰として、字を読みまちがえる先生は狗(いぬ)に、句読をまちがえる先生は猪(ぶた)に生れかわらせる、と申し渡した。
 すると、字を読みまちがえる先生が大王に請願した。
「狗に生れかわるのでしたら、どうか母狗(めすいぬ)にしてくださいませ」
「どうしてじゃ」
「『礼記(らいき)』に『財に臨んでは母狗これを得、難に臨んでは母狗これを免る』(臨財母狗得、臨難母狗免」とございますから」
──『礼記』には「財に臨んでは苟(いやし)くも得る毋(なか)れ、難に臨んでは苟くも免るる毋れ」(臨財毋苟得、臨難毋苟免)とあるのだが、この先生、閻魔庁に来てもなお「毋苟」(苟(いやし)くも毋(なか)れ)を「母狗(めすいぬ)」と読みまちがえているのである。
 句読をまちがえる先生の方も、」大王に請願した。
「猪(ぶた)に生れかわるのでしたら、どうか南方に生れさせてくださいませ」
「どうしてじゃ」
「『中庸』に『南方の之(ぶた)は、北方の之よりも強(まさ)る』(南方之、強與北方之)とございますから」
──『中庸』には「南方の強か、北方の強か」(南方之強與、北方之強與)とあるのだが、この先生、「之(チー)と「猪(チュー)」が江南音では同音(ツー)になることから「之」を猪の意に解した上で、句読をまちがえ、「南方之」で切り「強與北方之」で切ったのである。

(駒田信二編訳『中国笑話集』1978、講談社文庫、P226)

 難しいですね。字と音と両方通じていないとシャレがわかりません。「母」と「毋」がちがうというのも、そうなんですかと言うしかありません。
 次はわかりやすいけれど、あまりおもしろくありません。

大学の道       笑府

『大学』の開巻第一句は、
「大学の道は、明徳を明らかにするに在り」(大学之道、在明明徳)
 である。
 さて、ある素読(そどく)の先生、弟子に、
「『大学の道』とはどういう意味ですか」「『大学の道』とはどういう意味ですか」
 とたずねられ、急に酒に酔ったふりをして、
「おまえたちは意地がわるい。よりによって、わしが酔っているときに質問をする」
 といって答えなかった。
 家に帰ってから妻にそのことを話すと、妻は、
「『大学』というのは書物の名で、『之道』というのはその書物の中に書かれている道理ということですよ」
 といった。先生は「なるほどそうか」と思い、よく覚えておいて、翌日、弟子たちに向っていった。
「おまえたちは意地がわるい。きのうわしが酔っていたときには質問をしたくせに、今日はいっこうに質問しないのは、どういうわけじゃ。きのう質問したのは何だったかな」
「『大学の道』ということでした」
「うん、そうだったな」
 先生はそういって、妻に教えられたとおりに説明した。そこで弟子たちはまた、
「『明徳を明らかにするに在り』とはどういう意味ですか」
 とたずねた。すると、先生はまた急に額をこすりはじめて、
「ちょっと待て。わしはまた酒に酔ったようじゃ」

(駒田信二編訳『中国笑話集』1978、講談社文庫、P20)

葉隠れ   笑林

 楚に貧乏な学者がいた。あるとき『淮南子(えなんじ)』を読んでいて、「蟷螂(かまきり)は蝉(せみ)をねらうとき、葉にかくれて身をかくすことができる」とあるのを見つけ、さっそく木の下へ行って葉を見上げると、はたして蟷螂が葉にかくれて蝉をねらっていた。そこでその葉を叩き落したが、もとから落ちていた葉の中へまぎれ込んでしまい、どれがその葉なのか見わけがつかない。そこで葉を全部集めて持ち帰り、一枚一枚手に取って体をさえぎり、妻に向って、
「おい、おれが見えるか」
 ときいた。妻ははじめのうちは、
「見えます」
と答えていたが、そのうちにだんだんうるさくなってきたので、
「見えません」
 と答えた。すると男は大よろこびをし、その葉を持って市場へ行き、人の目の前で人の物を取った。そこで役人に捕えられ、役所へ引っぱって行かれた。
 県知事に訊問されて男が事の次第を白状すると、知事は大笑いをして無罪放免にした。

(駒田信二編訳『中国笑話集』1978、講談社文庫、P224)

 古い笑話は、あまりひねったりしてなくて、ただ木から落っこちただの、えらい役人がおならをしただのくらいで終わっているものがあります。現在の感覚ではなかなか笑えませんが、昔はそれでおもしろかったのでしょう。
 「葉隠れ」の話は、子供のころ読んだ時代劇マンガに、名人が刀を構えると刀の陰に全身が隠れて、相手に見えなくなってしまったというシーンがくあったのを思い出させます。あれはこのあたりが出所だったんでしょうか。

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2011年2月 8日 (火)

パソコンが壊れた!

 突然愛用のノートパソコンが壊れてしまいました。フリーズが二回続いたと思ったら、その次に起動したときには、ハードディスクの音がゴトゴトするだけで画面は真っ暗のまま。何度かゴトゴトを繰り返したあげく、電源が落ちてしまいました。
 あーあ、です。パソコンの終わりはいつも突然やってきます。最近不調だからそろそろ買い替えどきかなどと思う暇もなく、ある日プッツンしてしまいます。昔の機械は、調子が悪いのをだましだまし使う、ということをやりましたが、パソコンはそんなことはできません。アナログとデジタルの違いでしょうか。「NOと言ったらNO!」で、うんともすんとも言わなくなりました。最新の技術を駆使して「そろそろ寿命のようなので後継機の準備を」というメッセージが出るようにしてくれ!
 まあ何度も経験していることなので、最低必要なデータのバックアップはとってあるし、家族用のデスクトップパソコンもあるので、当座の仕事の処理などはなんとかなりますが、ちょっとため息が出ます。
 東芝のダイナブックAX840LS。わりと気に入っていました。2006年7月の購入ですから四年半ほどでだめになりました。購入価格123,800円。
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    動かなくなったdynabook AX840LS

 新しいパソコンの設定は面倒なものです。わたしはけっこう古くからパソコンをいじっていて、最初に買ったのは8ビットのMSXパソコンでした。これは半分子供のゲーム機でしたが、その後、16ビットのNECのPC98に移り、インターネットの前の「パソコン通信」もやっていました。だからそれなりのリテラシーはあるつもりなのですが、ともかく目まぐるしく変わりすぎるので、最近はついていけていません。
 はじめたころは時代の最先端の知識に触れているつもりで、それなりにおもしろかったけれど、あんまり急速に変わりすぎ、その都度機器を買い替えたり、新しい手法を覚えろというのはひどい。向こうの都合で勝手に仕様を変えて、それに客のほうで高い金を出して合わせろというわけですから、そういつまでもやってられるか、つきあいきれないよというのが正直な気分です。

 「マイクロソフトが自動車をつくったら」という有名なジョークがあります。これです。

かつてビル・ゲイツはこんなことを言ったそうです。
「もしGMがコンピューター業界のような絶え間ない技術開発競争にさらされていたら、私たちの車は1台25ドルになっていて、燃費は1ガロン1000マイルになっていたでしょう」
 これに対し、GMは次のようなコメントを出したと言われています。
「もし、GMにマイクロソフトのような技術があれば、我が社の自動車の性能は次のようになるだろう」

  1. 特に理由がなくても、2日に1回はクラッシュする。
  2. ユーザーは、道路のラインが新しく引き直されるたびに、新しい車を買わなければならない。
  3. 高速道路を走行中、ときどき動かなくなることもあるが、これは当然のことであり、淡々とこれをリスタート(再起動)し、運転を続けることになる。
  4. 何か運転操作(例えば左折)を行うと、これが原因でエンストし、再スタートすらできなくなり、結果としてエンジンを再インストールしなければならなくなることもある。
  5. 車に乗ることができるのは、Car95とかCarNTを買わない限り1台に1人だけである。ただその場合でも、座席は人数分だけ新たに買う必要がある。
  6. マッキントッシュがサンマイクロシステムズと提携すれば、もっと信頼性があって、5倍速くて、2倍運転しやすい自動車になるのだろうが、全道路のたった5%しか走れないのが問題である。
  7. オイル、水温、発電機などの警告灯は「general car fault」という警告灯一つだけになる。
  8. 座席は、体の大小、足の長短等によって調整できない。
  9. エアバッグが動作するときは「本当に動作して良いですか?」という確認がある。
  10. 車から離れると、理由もなくキーロックされてしまい、車の外に閉め出されることがある。ドアを開けるには、(1)ドアの取ってを上にあげる、(2)キーをひねる、(3)ラジオアンテナをつかむ、という操作を同時に行う。
  11. GMは、ユーザーのニーズに関わらず、オプションとしてRandNcNaly(GMの子会社)社製の豪華な道路地図の購入を強制する。もしこのオプションを拒否すると、車の性能は50%以上も悪化する。そして司法省に提訴される。
  12. 運転操作は、ニューモデルが出る毎に、はじめから覚え直す必要がある。なぜなら、それ以前の車とは運転操作の共通性がないからである。
  13. エンジンを止めるときは「スタート」ボタンを押すことになる。
  14. ドライバーは運転席に座るのではなく、装着(インストール)させられる。
  15. 「この車を利用しておきたいかなる場合の障害、損害に対してもGMは責をおわない。」という契約に同意した場合のみ、このドアの封印をやぶってください、となる。
  16. 車がいつどこで突然とまろうが、暴走しようが、はたまた雨漏りしようがそれらは「仕様」である。

 まったくそのとおり、と言いたくなる傑作ジョークです。

 しかしいろいろ不満はあっても、パソコンなしでは仕事もできません。新しいのを買いました。今回も東芝のダイナブックT35/34AWです。
 前のが気に入っていたことに加えて、たまたま型落ちで特売中のものがあったので即決めました。なんと前の半額くらいで買えました。型落ちと言っても2010秋冬モデルで、64ビットです。8ビットパソコンを10万円くらいで買ったことを思うと、嘘のようです。

Dscf3728      新しいdynabook T350/34AW

 起ち上げて、LANにつないだり、バックアップデータを入れたり、ソフトを入れなおして設定をもとどおり整えたりするのにやはり十分手間がかかりました。
 今回はWindouwsがXPから7になっており、Officeも2010になっていて、だいぶ使い方が変わっているので、その分余計です。上記のジョークの12番、「運転操作は、ニューモデルが出る毎に、はじめから覚え直す必要がある。なぜなら、それ以前の車とは運転操作の共通性がないからである。」です。
 古いプリンタをWindouws7に対応させるには、インターネットから新しいデバイス・ドライバをダウンロードしてインストールしなければなりませんでした。これがジョーク14番「運転手(ドライバ)の装着(インストール)」です。これは英語のダジャレですね。
 自分で入れていたソフトは、ひとつずつインストールしなおして、それぞれの登録番号とか暗号(パスワード)を入れなければ動きません。動いても初期設定のままですから、自分なりの設定に変えてやらないといけません。これまで手間暇をかけて使いやすくしていればいるほど、元に戻すのに手間がかかります。おまけに自分でどうやったのか覚えていないものもあります。

 それでもともかく使えるようになりました。キーボードがなんだか安っぽくなった、タッチがちょっと違う、画面の色がパステル調というか前より薄い、とか違和感もありますが、そのうち慣れるでしょう。ブログもまたぼちぼち書いていきます。

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2011年2月 1日 (火)

桂歌丸一門会

 1月31日(月)、横浜の三吉(みよし)演芸場桂歌丸一門会を見ました。
 三吉演芸場界隈は、横浜でももっとも下町らしいところで、「真金町(まがねちょう)の師匠」歌丸の地元でもあります。長いアーケードの横浜橋通商店街を抜け、短い三吉橋商店街の端っこに三吉演芸場はあります。大衆演劇専門の小屋で、昔から、あるのは知っていましたが、入ったのは今回が初めてです。昔の記憶とは違って、鉄筋コンクリートの綺麗な建物になっていました。平成10年に新装したそうです。

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 大衆演劇専門館ですから、チラシもこんな感じです。

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 歌丸は昭和49年(1974)からここで独演会をはじめ、途中「一門会」になっていますが、通算して今回が百七十五回目ということです。

Photo_2  出し物は、

春風亭 昇々 湯屋番
桂 歌蔵    大安売
桂 歌若    長屋の花見
桂 歌春    崇徳院
桂 歌助    味噌蔵
桂 歌丸    井戸の茶碗

 前座の春風亭昇々の「湯屋番」は話がよく聞き取れなかったり、あまり感心できませんでした。春風亭昇太の弟子で今度二つ目に昇進するそうですが、大丈夫かというところです。がんばってください。
 まるで勝てない相撲取りの話「大安売」ははじめて聞きました。その他は皆おなじみの話なのでちょっと新鮮味に欠けましたが、地元の馴染みの客が多いとみえ、親しそうな声がかかったりして、ホール落語とはまるで違う雰囲気でした。これはこれで楽しい。
 歌丸は、最初になんと、前日差し歯を呑み込んでしまって下の歯が四本足りないので、しゃべりにくくってしょうがない、聞き苦しいところがあったらご勘弁と言いいました。間の取り方などはやはりうまいものでしたが、歯のせいなのか、ちょっと声がよくなくて、聞き苦しく感じるようなところがありました。前に「第六回日向ひまわり独演会」のところで書いたように、古今亭志ん朝の歯切れのいい井戸の茶碗( →http://www.youtube.com/watch?v=8EbuhkZmn4g)に感心したところだったので、これはちょっと残念でした。

 余計なことをつけくわえておくと、歌丸が出てきたとき、ライトに頭部が光り輝いているのに驚きました。
 テレビの「笑点」で、いつも円楽が「ハゲ」とか「ツルピカ」と言っていますが、テレビで見る限り、たしかに毛は少ないけれど、そんなに騒ぐほどのことじゃないじゃないかと思っていました。ところが実物は、ツヤがあるというか光沢があるというか、手入れもされているのでしょう、健康そうで立派なものです。
 これなら「いじりネタ」にもなるかと納得してしまいました。テレビの画面ではああいうツヤや照りは出ないものだと知りました。

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