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2011年5月31日 (火)

スイス本メモ 3

 アイガー北壁というと、これを思い出す。

 トレヴェニアン『アイガー・サンクション』(河出文庫、1985)

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 カバーの売り文句

すぐれた登山家にして大学教授、美術鑑定家、ジョナサン・ヘムロックは、パートタイムの殺し屋でもある。CIIのサンクション(報復暗殺)要員として莫大な報酬を得ている──サンクションの舞台はアイガー北壁、チームを組んだ登山隊のメンバーのなかに、対決しなければならない未知の目標がいる……。ソフィスティケートされた異色のスパイ・スリラーとして絶賛を浴びた大ベストセラー。

 「ソフィスティケートされた」とあるが、いわゆるスパイ・スリラーのパロディのようなもので、まず諜報機関CII(当然CIAのもじり)のボス、ミスター・ドラゴンは、色素欠乏症のため日の光に当たれなくていつも暗い所にいるというマンガのような設定になっている。CIIというのも表向きは中央情報機構(Central Intelligence Institute)の略称といいながら、実は102の戦時中のスパイ機関が統合されてできた寄り合い所帯だから、本当はローマ数字の102(C=100、II=2)なのだという。

四年もたたないうちに、CIIは、米国のスパイ組織をヨーロッパ中の笑いものにし、国外でのアメリカ人のイメージをさらに悪化させ、三回にわたって米国を戦争の瀬戸際にまで追い詰めた。しかも、些細な、プライベートな情報をしこたま集めてしまったので、二セットのコンピュータ・システムを、ワシントンの地下本部に設立しなければならなくなった。一セットは情報の断片を検索するため、もう一セットは最初の一セットを運転するために必要だったのである。(P67)

 万事こういう調子で、これは皮肉のたっぷりきいた男のお伽話なのである。主人公は大学教授で、もちろん女にも暴力にも強く、そのうえ高価な美術品コレクターで、登山家としても有名という設定。おまけに国の裏権力であるCIIにも抵抗する。
 敵の正体は不明だがなぜか登山隊のメンバーの一人であることだけはわかっているとか、なぜアイガー北壁登攀中に制裁しなければいけないのかとか、あまりに不自然な話だが、お伽話だとわかっているから、気にせずに楽しむことができる。

 作者は実際にクライミングもやっていて、まずアイガー登攀史にふれる。

 アイガー。実にふさわしい名だ。初期のキリスト教徒がこの付近の高地にやってきたとき、この山塊の中の二つの高峰に対しては優しい呼び名をつけた──ユングフラウ、つまり処女。メンヒ、つまり修道僧(モンク)である。しかしこのまったく底意地の悪い突起だけは異教の悪霊の名前を授かってしまった。アイガー、つまり”人食い鬼”である。
 世紀の変わり目までにアイガーの岩壁は一つを除いてすべて征服された。その一つというのが北壁アイガーヴァント、即ち”人食い鬼の壁”なのである。経験豊かな登山家たちは、それを”不可能な”岩壁の一つに数え上げていたし、実際に、スポーツマンがハーケンやスナップ・リングで武装する以前の純粋登山の時代には、文字通り登攀不可能な岩壁だったのだ。(P248)

 アイガー北壁は、天気さえよければクライネシャイデックのホテルの望遠鏡から登攀中の様子を見ることができる。だから登攀が始ると、世界中から金持ちたちが見物にやってくるという。

 一九三五年八月半ば、マックス・ゼドゥルマイヤーとカール・メーリンガーがやってきた。かなり難しい登山も豊富に経験してきて、ドイツのスコアボードにアイガーの名前を書き入れたくてうずうずしている二人の若者だった。二人の登攀を観光客たちが、まさにこのテラスから望遠鏡で見守っていた。そのときのこの死の覗き屋たちが、現代の”アイガーバード”の元祖といえる。この連中は、ジェット機仕立てでやってくる腐肉あさりのカラスどもで、このクライネシャイデック・ホテルに群がってきては、死と対決する登山家のスリルを代償的に味わうために法外な金を払い、そして元気を取り戻し、気分を一新してまた音楽つきベッドの生活へと帰っていくのである。(P249)

 このゼドゥルマイヤーとメーリンガーの二人の遭難死からアイガーの悲劇が始まるが、作者の皮肉は、このときのスイス人についても遠慮がない。

 救助隊を組織しようというあまり気乗りのしない動きもあったが、それは生きた彼らに到達できるという望みのためというよりは、何かしないではいられないという熱望の現れであった。典型的なスイス流の同情心の表わし方として、ベルナー・オーバーラントのガイドたちは、いざ救助しようとしても手遅れという時期になるまで、報酬のことでもめていた。(P251)

 主人公が事前の足慣らしにガイドを雇ったときも同様である。

 スイス人のガイドは予想どおり、夜が明けてから出発すればいいのにとぐちったり不平を言ったりした。実のところ二人は山上で夜を越さなければならないことになっていたのだ。コンディションづくりのために山で夜を越すことを最初から考えていたのだとジョナサンは説明した。ガイドは自分で自分の所属をはっきりさせた──まず彼は理解しようとしなかった(属=チュートン民族)、次に彼はちょっとでも動くことを拒んだ(種=スイス人)。しかしジョナサンが報酬を二倍にするというと、たちまち彼はすべてを理解し、のみならず、山中で夜を過すというアイデアは素晴らしい案だと確信をもって言った。
 ジョナサンは前からいつも思っていたのだが、スイス人というのは、金銭好きの、強情な、宗教心に富んだ、金銭好きの、独立心の強い、統制のとれた、金銭好きな国民だった。このベルナー・オーバーラントの男たちは山登りの名手で、山の岩壁に釘づけされた登山者を救助するためにいつも喜んで苦しみや危険と対決していく。ただし、そのあとで彼らは救助してやった相手、あるいは失敗した場合にはその近親者に対して、克明に明細を記した勘定書を送りつけることを決して忘れないのだ。(P263)

 スイス人が金にうるさいというお決まりのジョークを言っているだけとは思えない。この作者はきっとスイスで金について相当ひどい目にあったに違いない。ガイドから請求書を受け取った主人公はこう考える。

 ジョナサンの名状しがたい緊張感と期待感はこのスイスという国がいつも彼の上に及ぼす憂鬱によって重苦しいものになってきていた。この偉大なアルプスがこの卑劣な国にあるということは、自然の最も悪意に満ちた気紛れだとしか、彼には思えなかった。ホテルのまわりをあてもなくぶらぶら歩いていたら、フォンジュ・キルシュ・キスのゲームをしながら馬鹿みたいにクックッと笑い転げている下流アイガーバードの一団に出っくわしてしまった。彼はうんざりして部屋に引き返した。スイスを本当に好きなやつなんて誰もいやしない。いるとすれば人生よりも清潔さの方を好むやつだけさ、と彼は思った。スイスで暮らそうなんてやつは、どいつもこいつもスカンジナビアで暮せばいいんだ。で、スカンジナビアで暮そうなんてやつは、どいつもこいつもルートフィスク(灰汁に漬けた鱈)を食ってりゃいいんだ。で、ルートファスクを食おうなんてやつは……。(P265)

 「フォンジュ・キルシュ・キスのゲーム」のフォンジュは「チーズフォンデュ」で、キルシュはサクランボの蒸留酒。フォンデュを食べるときパンを鍋の中に落とすと、罰ゲームとしてワインを一気飲みするとか、隣の人にキスするとかいうことがあるらしい。

 これからスイスに行くと思うと、昔読んだときには気楽に読み飛ばしていたスイス関係の細かいところが気に留まる。ともかくスイス人の金銭感覚には気をつけよう。

 トレヴェニアンは好きな作家のひとりで、邦訳本はひととおり読んでいる。寡作で、長編はこれだけ。2005年死亡。

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 あと"The Crazyladies of Pearl Street"という未訳の長編が一冊あるそうだが、早くどこかから出してくれないものか。

6 映画「アイガー・サンクション」

 「アイガー・サンクション」は、1977年、クリント・イーストウッドの監督・主演で映画にもなった。

Dvd

 当時見たけれど、大味で、山のシーン以外はあまりおもしろくなかったという記憶があった。
 今回DVDで見直してみたが、やはりたいしたことはなかった。皮肉の部分が抜け落ちて、普通の冒険活劇になってしまっている。岩壁の登攀シーンも、今見るとたいしたことはない。

 去年(2010年)日本で公開されたドイツ・オーストリア・スイス合作の『アイガー北壁』という映画がある。
http://www.hokuheki.com/
 これは1936年、ナチス政権下、国威発揚のためとの期待を背負って北壁に挑んだ四人のドイツ人青年たちの話。四人死亡。
 これも見ておくか。

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