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2011年5月28日 (土)

スイス本メモ 2

3 新田次郎『アルプスの谷 アルプスの村』(新潮文庫、2004改版)

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 新田次郎のアルプス紀行。もとの単行本の刊行は昭和39(1964)年で、実際に行ったのは昭和36(1961)年。外国へ行くのがまだ大変だった頃だから、アルプスへ行った喜びがあふれている。『山と渓谷』への連載当時は「夢に見たアルプス」という題だったそうだ。

 突然、山と山の間に、緑の牧草地の続く限りの終端に、くっきり浮かぶ白銀の山々が見えた。
 はっとした。アルプスだなと思った。夢にまで見ていたアルプスがいよいよ目の前に姿を見せたことで、私の心臓が鳴り出した。ユングフラウ山塊であった。列車の窓から、多ぜいの人が顔を出し、カメラを向けて、「ユングフラウ」の名を呼んでいた。
 私は目をユングフラウに当てたまましばらくはじっとしていた。わざと冷静さをよそおったのである。ユングフラウは一つの白い石の置き物に見えた。率直にいって、美しいとかすばらしいとか声を上げさせるものはなかった。ユングフラウはまだまだずっと遠い先にあるので、そういった実感は私の胸には応(こた)えてこないのである。
 それにもかかわらず私の胸の鼓動は静まらなかった。なにかその心のおののきは私の遠い昔を思わせるものがあった。恋人に会った時の心の動揺とよく似ていた。合わずにおられないでとうとう会った恋人に対してなにもいわず、むしろ冷然とかまえていたあのころの私の心が長い時間を飛びこえて、よみがえって来たような気がした。(P15)

・新田たちの泊まったホテル
 グリンデルワルドホテル・ベルヴュー
 小さなホテル。戦前から槇有恒のような日本の登山家が泊まったホテル。
 ツェルマットホテル・モンテローザ
 英国人登山家ウィンパーが泊まったホテル。
 今回の旅行で泊まる予定はないが(なにせどちらもユースホステルに予約してある)、ちょっとのぞいてきたい。

・気象庁につとめていただけあって、気候に関する記述が多い。なかでも「乾いた雨」という表現がおもしろい。現地で雨が降ったら日本の雨とどう違うか確認すること。

・スイスの山村と新田の故郷の信州の山村がよく似ているというが、これはどうか。

・また日本の山村が登山の流行とともに古来の生業を捨てて山小屋などで儲けようとしているのに、スイスには観光客がいくら入って来ようが、伝統の生計を変えようとしない山村民がいると書いているが、これは今でもそうなのか。(P296)

・新田の旅の同行者の佐貫亦男は航空工学者で東大・日大教授ののち航空宇宙評論家。戦前からドイツ滞在経験あり。戦後気象庁への勤務時は新田次郎の上司だったとのこと。

4 新田次郎『アイガー北壁・気象遭難』(新潮文庫、1978)

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 14編の山岳短編小説集。うちアルプスを舞台にしたのは「ホテル氷河にて」「アイガー北壁」「オデットという女」「魂の窓」の4編。
 「アイガー北壁」は、1965年、二人の日本人登山家のうち一人は生還、一人は死亡という遭難を実名で書いた小説。渡辺恒明は墜落・負傷して頂上直下300メートルの地点で死亡、パートナーの高田光政は救助を求めるために山頂を経由して生還。これが日本人によるアイガー北壁の初登頂であった。

・このときの登頂には、途中天候の悪化もあって5日かかっているようだが、ネットを見ていたら、なんと「アイガー北壁、2時間28分でスピードレコード更新」という記事があった。
http://outdoorhack.com/2011/04/eiger-northface-newrecord/
 上記HPにもあるが、これまでの記録保持者ウエリ・シュテック氏 (Ueli Steck、スイス人のアルピニスト)の登攀中の動画がこれ。一見の価値あり。
http://www.youtube.com/watch?v=G-dPjDYVKUY&feature=player_embedded
 本当になんとも凄まじいスピードで、ロープも使わず、両手のカマキリの刃のようなアイスアックスを駆使して登っていく。まったく驚いた。

・新田次郎の『栄光の岩壁』はマッターホルン北壁の話。これも読みたい。

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