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2011年5月10日 (火)

天災は忘れた頃に

  「天災(災害)は忘れたころにやってくる」は寺田寅彦の言葉として知られていますが、寺田がこのとおりに書いた文章は存在せず、弟子の中谷宇吉郎(雪の結晶に関する研究で有名)が、いつも聞かされていた寺田の考えを、名言としてあらわしたものだそうです。
 『寺田寅彦随筆集第五巻』(岩波文庫)を読みました。

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 この中には「天災と国防」や「災難雑考」などの災害について書かれた文章があります。読んでみると、災害に対する基本的な考え方はもうここにすべて書かれている、という気がします。

 文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟(ひっきょう)そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆(てんぷく)を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。(P60)

 日本は昔から地震台風津波などの災害に襲われていたこと。昔の人は過去の地震や風害に堪えた場所や建築様式を守って暮らしてきたこと。しかし時間が経過するとそれを忘れてまた大きな被害を受けてしまうこと等々、昭和九年、十年に書かれたものとは思えません。
 「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する」では、原発のことを思わざるをえません。あれは天災はなく人災ですが、「文明が進んだ」ことにより「損害の程度」は空間だけでなく長期の時間にまで拡大してしまいました。

 こんなことも書かれています。

しかし多くの場合に、責任者に対するとがめ立て、それに対する責任者の一応の弁解、ないしは引責というだけでその問題が完全に落着したような気がして、いちばんたいせつな物的調査による後難の軽減という眼目が忘れられるのが通例のようである。これではまるで責任というものの概念がどこか迷子(まいご)になってしまうようである。はなはだしい場合になると、なるべくいわゆる「責任者」を出さないように、つまりだれにも咎(とが)を負わさせないように、実際の事故の原因をおしかくしたり、あるいは見て見ぬふりをして、何かしらもっともらしい不可抗力によったかのように付会してしまって、そうしてその問題を打ち切りにしてしまうようなことが、つり橋事件などよりもっと重大な事件に関して行なわれた実例が諸方面にありはしないかという気がする。(P193)

 今回も「想定外」で「不可抗力」であったという言いわけがあります。
 寺田の言いたいことは次のようなことでした。

 たとえばある工学者がある構造物を設計したのがその設計に若干の欠陥があってそれが倒壊し、そのために人がおおぜい死傷したとする。そうした場合に、その設計者が引責辞職してしまうかないし切腹して死んでしまえば、それで責めをふさいだというのはどうもうそではないかと思われる。その設計の詳細をいちばんよく知っているはずの設計者自身が主任になって倒壊の原因と経過とを徹底的に調べ上げて、そうしてその失敗を踏み台にして徹底的に安全なものを造り上げるのが、むしろほんとうに責めを負うゆえんではないかという気がするのである。(P194)

 これもそのとおりですが、今回の原発事故に関しては、東電や保安院、安全委員会などに巣食っている学者たちにはとりあえず切腹してもらったほうがいいのではないか、という気もしてきます。(もちろん冗談ですが、あの人たちに原因を徹底的に究明して、徹底的に安全なものを造り上げることが、はたしてできるのかと考えてしまいます。)

 寺田はまた、災難にあうことで科学と人間が進化していくという「進化論的災難観」も披露していますが、これは「楽観的な科学的災害防止可能論」だけでは現実に対応しきれていないことに対する科学者のため息のようなものでしょうか。

 第五巻にはありませんが、「津波と人間」という文章では、学者が数十年ごとに津波が起こるといくら警告しても、一般の人々の実際の生活にはなかなか受け入れられない、

学者の方では「それはもう十年も二十年も前にとうに警告を与えてあるのに、それに注意しないからいけない」という。するとまた、罹災民は「二十年も前のことなどこのせち辛い世の中でとても覚えてはいられない」という。これはどちらの云い分にも道理がある。つまり、これが人間界の「現象」なのである。

 そして「これが、二年、三年、あるいは五年に一回はきっと十数メートルの高波が襲って来るのであったら、津浪はもう天変でも地異でもなくなるであろう。」とも書いています。
 「災害は忘れたころにやってくる」ではなく、「忘れたころにやってくるから災害になる」ということです。

 寺田は文章がうまい。ほかの随筆も読んでみて、ああ日本の随筆というのはこういうものだったんだ、とあらためて感じ入りました。最近の作家のエッセイとはずいぶん風格が違います。俳句をたしなむとこういう文章が書けるんだろうか。 

 上記の文章は、本を買わなくても、下記URLをクリックすれば「青空文庫」で読めます。大震災のことを考える参考になるだけでなく、とてもおもしろいものです。いずれもごく短い作品です。一読をおすすめします。
 
寺田寅彦
(1)「天災と国防
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2509_9319.html
(2)「災難雑考
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2500_13848.html
(3)「津波と人間
http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/4668_13510.html
 (1)、(2)は『寺田寅彦随筆集5』(岩波文庫)所収
 (3)は『寺田寅彦全集 第七巻』(岩波書店、1997)所収

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