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2011年8月

2011年8月26日 (金)

第八回日向ひまわり独演会

8月20日(土)は、横浜にぎわい座野毛シャーレ第八回日向ひまわり独演会へ。

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 今回は、短い話を二席、中入り、もう一席という構成。演目は

・笹野権三郎 海賊退治

・村越茂助 左七文字の由来

・堀部安兵衛 道場破り

 「海賊退治」「道場破り」は題名でわかるとおり武勇伝、「左七文字の由来」は武勇伝とはいいにくが、これも豪傑肌の武士の話で、三話とも明るくからっとした話。
 ひまわり先生の話は、この明るいところが特徴で、聞いて帰るときにはなんとなく楽しい気持ちになっている。

 会場でもらったパンフレットには、林知恵男という人の「日向ひまわり論 美は乱調にあり」という文章があった。

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 ひまわり先生とは反対に、神田阿久鯉(かんだあぐり)という女流講談師は、極悪人たちの「悪のドラマ」を陰々滅々と語るのが得意なのだという。陽のひまわり、陰の阿久鯉、二人の競演を見て、こう書く。

 ひまわりファンには女性が多いと言われる。女の芸人が女性に嫌われないでいることは、男性に嫌われないでいることより遥かに困難を伴うことであろう。日向ひまわりの語り口や所作には女性に嫌われる、妙な“女性性"が内在されていない。人間の“善"をひたむきな青年像や、ちょっと小生意気な少年に仮託して、爽やかな印象を残してくれるのが、女性ファンの支持を集める要因なのだろう。
 だが真打昇進以来、芸の着実な進歩で、もうどんな噺を読んでもその高度な技術力や存在感は見事に際立つようになっている。だから、そのうち機会がれ、“悪"への挑戦もして欲しいと思うように、その講談会で阿久鯉先生との競演を見ながら考えてしまった。
 

 なるほど。たしかに『牡丹燈籠』や『真景累ケ淵』などは極悪人、人非人、悪女だらけの陰惨な物語だ。今後はこういう暗い話も語れるように、ということだが、ファン心理としてはちょっとイメージが違うような気もする。まあ語れてもよし、語れなくともよしというところ。

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2011年8月21日 (日)

さよなら小松左京

 作家の小松左京氏が、2011(平成23)年7月26日、亡くなりました。満80歳。
 学生時代に、こんな世界があるのかと目を見開かされ、若い頃ずっと愛読していた作家でした。ご冥福をお祈りします。
 その頃の本を引っ張り出してみました。出てきた本はみなシミだらけ。でもなつかしい。

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 その中でも、当時最高傑作だと思っていた『果しなき流れの果に』(早川書房日本SFシリーズ、1966)を四十年ぶりに読み返してみました。

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 カバーの裏表紙にはこうあります。

それは奇妙な砂時計だった──砂は低いくびれを通してこぼれるが、上下の部分の砂の量はいつまでたっても増えも減りもしない……どこかに見えない通路があるとしか思えない。四次元的な砂時計なのだ! しかも千数百年前の古墳から出土したその砂時計の謎を探ろうとした関係者たちは、いずれも次々に奇禍にあい、姿を消していったのである……。
そして時は移り年を経て22世紀、地球は突如、太陽の致命的な大異変によって破滅しようとしていた。そのとき……。厖大な時間の経過に橋かけて展開されるスケールの壮大な本格SF!

 若い頃のような感激はありませんでしたが、楽しくなつかしく読みました。
 果しなき流れに果があるのかどうか──人間の認識とは何か、時間とは何か、認識と時間はどう関係するのか。宇宙の進化の目的、宇宙に意志はあるのか、という小松左京得意のテーマ。ストーリーの基本は、宇宙の進化を管理する組織と自由を求めてそれに反抗するゲリラたちの戦い=タイムパトロール対時間旅行違反者の戦い。古代から未来まで時間を行きつ戻りつ、戦いは続く。ゲリラたちの主導者は、キリスト教のルシファー=悪魔を連想させるルキッフという名前で、これに日本で加担するのが役の行者(えんのぎょうじゃ)や果心居士(かしんこじ)だという伝奇的な味付けもされています。若い頃、小松左京の伝奇的な短編が大好きでした。いかにも小松左京らしい、いい作品です。やはり最高傑作じゃないでしょうか。

 驚いたのは、この本の中に、『日本沈没』のアイデアが書かれていたことです。

 この本の刊行は1966年(雑誌『SFマガジン』への掲載1965年)。そのときにはもう構想はできあがっていて、『日本沈没』が刊行されたのは1973年でした。

ヤップ──侮蔑と、優越感にささえられた憐憫と、かすかな恐怖や憎悪のいりまじった感情をこめて、ささやかれる言葉──むろん、それは、日本人をさしていた。二十一世紀の半ば、思いもかけぬ大地震と地質変動で、日本列島が、わずかな高山頂をのこして、海底にしずんでから、この古い歴史をもつ、文明度の高い、エネルギッシュな民族は、祖国を失った、さまよえる民となった。当時一億七千万をかぞえた人口は、一挙に五分の一になり、各国は難民受け入れに大わらわになった。(下線部は原文傍点、P262)

 国土を失った三千五百万の日本人流民は世界中をさまよい、そして三世紀ののち、二百家族が、人類史上初の恒星間移民団としてアルファ・ケンタウリαCⅣ惑星へと旅立って行きます。
 この作品では一つの挿話でしかありませんが、これがまず『日本沈没』になり、日本人が流民として世界に展開する話が『日本沈没 第二部』(小松左京・谷甲州、小学館、2006)になりました。

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 これは、体力的に書くことができなくなってきた小松左京が、プロジェクトチームを組んで構想を練り、谷甲州に執筆してもらったという作品です。出版されてすぐ読みました。流浪の日本人の物語に託した日本人論が広く深く語られていることを期待したのですが、広く深くまでいかないうちに、氷期が到来して話は収斂してしまいました。
 当時テレビで見た小松左京は、容貌が変わり、舌のまわりがちょっと怪しく、頭はしっかりしていても、執筆に耐えられるような健康状態ではないようでした。第二部の内容には不満が残りましたが、こうして小松左京の監修のもと、構想が形をなしたことをともかく喜ぶべきかと思ったことを思い出します。

 わたしは今回はじめて知りましたが、『果しなき流れの果に』に日本沈没の構想が書かれていることはSFファンの間では常識で、上記のヤップが恒星間移民に出発する話は、『日本沈没 第三部』と呼ばれているのだそうです。http://www.geocities.jp/tohoku_sf/dokushokai/hateshi.html

 だからSFファンには何をいまさらという話ですが、私にとってはちょっとした驚きだったので書いてみました。まだ二十代の若い頃、『果しなき流れの果に』の数年後に『日本沈没』を読んだはずのに、何も気づかなかったとは…

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2011年8月13日 (土)

暑さに負けた

 8月8日~10日、南無谷へ行ってきました。暑さに負けて1か月半も間をあけてしまったので、庭も畑も雑草が好き放題に伸びています。

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 これが畑。完全に雑草が勝っています。

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  庭も同じようなもので、花も草も一緒。

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 なんとか草は刈りましたが、ちょうど暑い盛りで、とても畑の手入れをして立て直すところまではいきませんでした。少し涼しくなったらまたやることにします。

 ほったらかしでも果物は、品質や数はともかく、少しずつ大きくなっていました。これはうれしい。
 柿、キウイ、ブドウ、レモン。

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 長さ3センチくらいの、小さなカマキリの抜け殻を見つけました。こんな小さなうちから脱皮するんだと感心していたら、その脱皮した本人らしいのが自転車にとまっていました。

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 雑草や虫たちは暑さにめげることなく、がんばっているようです。

 百日紅が満開、南無谷も暑かった。

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2011年8月11日 (木)

館山湾花火大会

 8月8日(月)は館山の花火大会でした。房州へ通い始めてもう何年もたちますが、この花火大会は初めてです。混雑したところはあまり好きじゃないので、あえて行こうとはしませんでしたが、今回はたまたま南無谷へ行った日と花火大会が重なったので、ちょっと覗いてみることにしました。

 にぎやかな花火大会で、北条海岸は人でいっぱい、海岸道路は夜店がずらり。朝日新聞によれば、観客は16万人(主催者調べ)、毎秒2発のペースで75分間打ち上げられ、1万発が夜空を彩った、そうです。
http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000001108100001
 毎秒2発だと1分で120発、×75分=9000発になりますが、まあ細かいことは気にしないようにしましょう。とにかく人出も多く、花火もきれいに盛大に打ちあがっていました。

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 二か所の打ち上げ場所から立て続けに花火が上がります。花火の写真はむつかしい。もっとずっとカラフルできれいでした。(朝日新聞のページと下の主催者のページにはもっときれいな写真があります。)

 主催者のホームページには、「名物といえば、なんといっても 水中8号玉(直径250m)の水中花火。ドスーンという重い響き が身体を震わせます。」と書いてあります。http://www.tateyamacity.or.jp/hanabi/

 これがそうです。固定された場所ではなく、湾の右端の方で上がったと思うと、左手の方へ海面を移動しながら順に上がっていきます。船から投下しているのでしょう。これが何度か繰り返される間も、打ち上げ場所からの花火は続いています。右を見て左を見て、忙しいけれど、なかなかの見ものでした。

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 そして最後は花火の連射連射、残っている花火を全部上げますというわけでもないのでしょうが、連続する爆音にたちこめる煙と輝く光、会場は騒然茫然、終わった時には大きな拍手が起こりました。

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 これなら、友人でも誘ってまた来ようと思う75分でした。

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2011年8月 8日 (月)

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 さてまた話は戻って、スイス旅行のとき見かけたもの。

・これも列車の中のものです。なんでしょう。

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答:車窓風景の案内地図つきミニ・テーブル

 これはけっこう役に立ちました。

・次も列車内。左と右は別のものです。

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答:左=スキーを立てるもの。右=自転車を固定するもの。

次は動物です。

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 拡大すると

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答:マーモット

 天気がよければマッターホルンが目の前に見えるはずの展望台のまわりの草地で見かけました。

・これは、なんとなくわかりそうですね。

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答:犬の糞用の袋

 ツェルマットの道端にありました。

・これは簡単、でしょうか。

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答:風呂

 グリンデルワルトのユースホステルの庭にありました。冬のスキーシーズン用らしく、ロビーに貼ってあったポスターには入浴中の写真(水着着用)がありました。けっこう大きな風呂で何人も一緒に入れます。
 お金は払うから入れてくれと頼みましたがだめでした。写真で指をさしている先にはアイガー北壁が見えるという場所。アイガーの見える露天風呂に入れるかと思ったのですが、残念でした。

・次は、これだけではわからないと思います。

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 これでわかるでしょう。スイス人青年マーチン君が 案内してくれた古い町でとった写真です。

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答:スイスの古い民家の板壁

・さて、これは今でもわからないスイスの謎です。

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 これもマーチン君が案内してくれたアッペンツェルという町の中の道路にあったもの。この丸い部分が、ゆっくりとですが、回転しているのです。自転車なんかハンドルをとられて危ないのじゃないかと思ったのですが、特に規制も何もありませんでした。
 マーチン君に聞いてもなんなのか不明。どなたかお分かりの方、教えてください。

・後は、最後に寄ったパリの風景から。

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答:パリの路上の駐車風景(事故現場ではありません)

 泊まったユースホステルの前の道路にて。これは極端ですが、みんな車間がほんの少ししか空いてなくて、どうやって出すんだろうと心配になるような駐車風景でした。

・これはセーヌ川の橋の風景。

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答:愛を誓ったカップルが記念につけていく錠。

 セーヌ川のいくつもの橋で行われていて、中にはマフラーやストッキングまで結びつけられて、汚くなっている橋もありました。

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2011年8月 6日 (土)

またスカイツリー

 最近ナマケモノになってしまい、ブログもずっと更新していませんでした。
 ナマケモノというと、昔読んだ半村良のSF(『不可触領域』)を思い出します。ナマケモノが、ジャングルの中で何もせずじっとしていても猛獣に襲われないのは、実はテレパシー能力があってバリアーをはっているからだというのです。むろん嘘ですが、半村良はこういう嘘が実にうまかった。
 暑いからと行ってそうそう毎日ごろごろばかりしているわけにもいかず、テレパシー能力もありませんから、8月2日、ちょっと早いお盆の墓参りに南千住のお寺(→彼岸の墓まいり)へ行って、ついでにまた東京スカイツリーを見てきました。

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 すでに634メートルに達しているので、もうこれ以上高くはなりませんが、前にも書いたとおり(→東京スカイツリー)ともかく大きい。根元まで来ると、こんな写真しか取れません。

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  これでも世界一ではなくて、世界一はアラブ首長国連邦ドバイにあるブルジュ・ハリーファBurj Khalifa)という超高層ビルです。ウィキペディアでブルジュ・ハリーファの高さを確認すると、全高(尖塔高)828メートルとあります。スカイツリーよりなんと200メートル近く高い。
 そしてさらに驚いたのは「高さ1位でなくなる日」という項目の記事。
 これによると、2016年にはクウェートに高さ1,001mのビルが竣工予定で、同じドバイには1,400mの「ナキール・タワー」、さらに2,400mの「ドバイ・シティ・タワー」の計画があるとのこと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%90%E3%82%A4

 金融危機の影響で計画がどうなるかはわからないとも書いてあるが、高さ2,400mの建造物というのはいったいどれほどのものなのだろう。そしてそれが本当に近々できるのだろうか。

何用あって月世界へ?
月はながめるものである。

というのは山本夏彦の名言だが、何用あろうがなかろうが、人類はやがていつの日か、月まで届く建造物もつくってしまうのだろうか。

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