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2011年8月21日 (日)

さよなら小松左京

 作家の小松左京氏が、2011(平成23)年7月26日、亡くなりました。満80歳。
 学生時代に、こんな世界があるのかと目を見開かされ、若い頃ずっと愛読していた作家でした。ご冥福をお祈りします。
 その頃の本を引っ張り出してみました。出てきた本はみなシミだらけ。でもなつかしい。

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 その中でも、当時最高傑作だと思っていた『果しなき流れの果に』(早川書房日本SFシリーズ、1966)を四十年ぶりに読み返してみました。

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 カバーの裏表紙にはこうあります。

それは奇妙な砂時計だった──砂は低いくびれを通してこぼれるが、上下の部分の砂の量はいつまでたっても増えも減りもしない……どこかに見えない通路があるとしか思えない。四次元的な砂時計なのだ! しかも千数百年前の古墳から出土したその砂時計の謎を探ろうとした関係者たちは、いずれも次々に奇禍にあい、姿を消していったのである……。
そして時は移り年を経て22世紀、地球は突如、太陽の致命的な大異変によって破滅しようとしていた。そのとき……。厖大な時間の経過に橋かけて展開されるスケールの壮大な本格SF!

 若い頃のような感激はありませんでしたが、楽しくなつかしく読みました。
 果しなき流れに果があるのかどうか──人間の認識とは何か、時間とは何か、認識と時間はどう関係するのか。宇宙の進化の目的、宇宙に意志はあるのか、という小松左京得意のテーマ。ストーリーの基本は、宇宙の進化を管理する組織と自由を求めてそれに反抗するゲリラたちの戦い=タイムパトロール対時間旅行違反者の戦い。古代から未来まで時間を行きつ戻りつ、戦いは続く。ゲリラたちの主導者は、キリスト教のルシファー=悪魔を連想させるルキッフという名前で、これに日本で加担するのが役の行者(えんのぎょうじゃ)や果心居士(かしんこじ)だという伝奇的な味付けもされています。若い頃、小松左京の伝奇的な短編が大好きでした。いかにも小松左京らしい、いい作品です。やはり最高傑作じゃないでしょうか。

 驚いたのは、この本の中に、『日本沈没』のアイデアが書かれていたことです。

 この本の刊行は1966年(雑誌『SFマガジン』への掲載1965年)。そのときにはもう構想はできあがっていて、『日本沈没』が刊行されたのは1973年でした。

ヤップ──侮蔑と、優越感にささえられた憐憫と、かすかな恐怖や憎悪のいりまじった感情をこめて、ささやかれる言葉──むろん、それは、日本人をさしていた。二十一世紀の半ば、思いもかけぬ大地震と地質変動で、日本列島が、わずかな高山頂をのこして、海底にしずんでから、この古い歴史をもつ、文明度の高い、エネルギッシュな民族は、祖国を失った、さまよえる民となった。当時一億七千万をかぞえた人口は、一挙に五分の一になり、各国は難民受け入れに大わらわになった。(下線部は原文傍点、P262)

 国土を失った三千五百万の日本人流民は世界中をさまよい、そして三世紀ののち、二百家族が、人類史上初の恒星間移民団としてアルファ・ケンタウリαCⅣ惑星へと旅立って行きます。
 この作品では一つの挿話でしかありませんが、これがまず『日本沈没』になり、日本人が流民として世界に展開する話が『日本沈没 第二部』(小松左京・谷甲州、小学館、2006)になりました。

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 これは、体力的に書くことができなくなってきた小松左京が、プロジェクトチームを組んで構想を練り、谷甲州に執筆してもらったという作品です。出版されてすぐ読みました。流浪の日本人の物語に託した日本人論が広く深く語られていることを期待したのですが、広く深くまでいかないうちに、氷期が到来して話は収斂してしまいました。
 当時テレビで見た小松左京は、容貌が変わり、舌のまわりがちょっと怪しく、頭はしっかりしていても、執筆に耐えられるような健康状態ではないようでした。第二部の内容には不満が残りましたが、こうして小松左京の監修のもと、構想が形をなしたことをともかく喜ぶべきかと思ったことを思い出します。

 わたしは今回はじめて知りましたが、『果しなき流れの果に』に日本沈没の構想が書かれていることはSFファンの間では常識で、上記のヤップが恒星間移民に出発する話は、『日本沈没 第三部』と呼ばれているのだそうです。http://www.geocities.jp/tohoku_sf/dokushokai/hateshi.html

 だからSFファンには何をいまさらという話ですが、私にとってはちょっとした驚きだったので書いてみました。まだ二十代の若い頃、『果しなき流れの果に』の数年後に『日本沈没』を読んだはずのに、何も気づかなかったとは…

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