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2011年9月

2011年9月28日 (水)

台風が来る前に

 9月18日から20日まで、南無谷へ行ってきました。
 今年もいろいろあって南無谷へ行く間隔がずっとあいてしまいました。だから庭は雑草だらけで、畑は壊滅、、家の中にはカビが…というわけで、たまにやってくるたび、まず家の換気をして掃除、草刈、枝切りと、ずっと働いているばかりで、なかなかのんびりしているひまがありません。それに今回は、全国に水害を起こした台風15号が来る前で、いるうちに雨が降りはじめたりしたので、本当に働いただけで早々に横浜へ戻りました。リゾート暮らしとはほど遠い状態です。
  それでもやっぱり、木の実が大きくなっていたり、季節の花が咲いていたりするのを見るのはうれしいものです。

 びわは花芽が出始めました。今年の大豊作の反動が心配です。

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 キウイは、この二つだけ残って、あとはいつのまにか消えてしまいました.。でも、ちゃんと実がつくことを確認できたのは、今年の大きな収穫でした。

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 レモンとミカン。

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 左は富有柿、右はもう色づいた渋柿。

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 この花の名前は知っている、アサガオ。

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 ムラサキシキブの名はうちの奥さんに教えてもらった。

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 あとはまあ、サルスベリなどということで…

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2011年9月25日 (日)

落合監督退団

 9月22日に流れた、中日ドラゴンズ落合監督今年限りで退団のニュースにはびっくりしました。
 ナゴヤドームの観客数が減り、マスコミ嫌いで球団との関係があまり良くないという話は前からあったので、契約満了・今年限りで交代はあると思っていたけど、今、ようやくヤクルトに4.5ゲーム差まで追いついて、首位攻防4連戦が始まるというこの時期にとは、まったく驚きでした。中日ファンとしては「いったい何を考えとるんだ!」と、怒りを覚えました。
 22日の初戦、ヤクルトに勝ったからよかったけれど、負けていたら今シーズンはもうおしまいになっていたのでは、という気がします。

Photo_2            2011.09.23 東京中日スポーツ
 
 先日のナゴヤドームでの巨人戦も22日の首位攻防ヤクルト戦も、テレビで見ると観客席に空席が目立ち、客の入りが悪いのは事実ですが、落合だけのせいではありません。プロ野球全体が凋落の傾向にあります。その中で東北・北海道の新市場を開拓したパリーグに活気がありますが、セリーグは阪神以外はどこもぱっとしません。そのあたりをどう考えているのか。頭をすげ替えればとりあえず人気が出るのではと民主党や自民党みたいなことをやっていてもしょうがないでしょう。
 阪神の人気は異常です。大阪が凋落し、今や東京に対抗できるのはこれくらいになってしまったことに原因しているのではないかというのがわたしの仮説です。検証はできませんが。
 
 落合監督はよくやりました。何より、強力な補強にたよらず、自前のというか、ありあわせの戦力を鍛え、やりくりしながら、8年間きちんと実績をあげてきたのがえらい。22日のヤクルト戦はテレビ中継があったので見ていましたが、投手陣はともかく野手の方は、これだけ地味なメンバ-でなんとか優勝争いにからんでいるというのがすごい。

 次の高木守道は、1994年の巨人との「10・8決戦」のときの監督だったことがもっぱら報道されています。22日のテレビ中継は、たまたま解説が元中日の今中慎二でした。当時のエースで、その「10・8」に先発し、打たれて負けた当人です。アナウンサーが高木を紹介する中で、「そういえば10・8では今中さんが先発でしたね」とか何度か話を向けても、「ええ」とか「ああ」とか言うだけで、それ以上「10・8」については何も語ろうとしませんでした。「あれはわたしが打たれて負けたんですよ」くらい言うかと思いましたが、いまだに心に傷として残っているんでしょうか。

 それでこんな本を引っ張り出してみました。(今中慎二『悔いはあります』(2002、ザ・マサダ))

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 「10・8」については前にちょっと書いた(→10.8決戦)ことくらいしか覚えていませんでしたが、読んでみると、この年中日から巨人に移籍したばかりの落合(現監督)に打たれて負けたのでした。そういえばそうだった。
 まず2回表に落合にソロホームランを打たれ、その後さらに1失点。しかし2回裏中日は中村武志のタイムリーで同点に追いつきます。そして3回表、1アウト2塁で再び落合を迎えます。

 1アウト二塁から打たれたタイムリー。
 コントロールミスではなかった。今度は狙い通り、インコースにストレートを投げ込んだ。打球は詰まりつつも、ファーストとセカンドの聞にポトリと落ちて転がった。どうしょうもなかった。僕は動揺した。せっかくチームが同点に追いついたのに。その直後なのに……。
 自信を持って投げ込んだボールで確かに打ち取ったはずだった。だが、結果はヒット。マウンドから振り返ると、スコアボードには”1”が刻まれていた。
 もう少し言ってしまえば、点差がどうのこうのという話ではない。3回に打たれたとか、9回に打たれたとか、そういう問題でもない。絶対に得点を許してはいけない場面に、どんな形であれ、タイムリーを喰らってしまったのだ。痛かった。気持ちが切れた。ショックは、あまりにも大きかった。
 務めて平静を装ったつもりだったが、実際にはすでに自分をコントロールできなくなっていた。一塁のベース上で落合さんが僕のほうを向いてニヤリと笑った。あの時の顔は、いまでも忘れられない。(P144)

 4回表。
 村田さん、コトーに、それぞれソロホームランを浴びた。僕は合計で5点を献上した。すでに自分の中で収拾がつかなくなっていた。軽いめまいが僕を襲った。立っているのがやっとだった。(P145)

 やっぱり心の奥に傷が残っているんでしょうね。
 今中はこの後二年間は活躍しますが、その後肩を痛めて鳴かず飛ばずの状態が続き、とうとう復活することなく2001年限りで引退しました。
 1999年、星野監督で優勝した時の応援歌「燃えよドラゴンズ!'99(舟木一夫 歌)」には、この年もほとんど出場しなかったのに「今でも今中愛してる」と歌われました。それくらい中日ファンには人気があり、復活を期待された投手でした。

 ついでにこの歌の一部を紹介しておくと

一番 J・リー 塁に出て
二番 福留 ヒットエンドラン
三番 関川 タイムリー
四番 ゴメスが ホームラン
…………   

五番 立浪 真を打つ
六番 山崎 夢を打つ
七番 井上 空に打つ
八番 中村 天に打つ
…………

 なつかしいですね。YouTubeはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=WJkxhJ1dnzw&feature=related

 次期監督の高木守道は、セカンドの「名手」であり、大好きな選手でしたが、監督としては「10・8」以上の実績は残していません。
 中日のOBを中心に組閣するような話をしていて、なにやら野田内閣の党内融和・派閥均衡人事を思わせます。プロ野球選手にとって出身球団は大事な再就職先ですから、そういうことを考慮しない外様の落合政権が長期に続いたことで、OBの不満がたまり、球団への圧力も大きくなっていたのでしょう。観客動員、マスコミ対策に加えてこういう内部の問題もあったようです。
 そう考えると、球団がこの時期に交代を発表したのは、優勝してしまうと首が切れなくなるから、という説が一番もっともらしく思えます。
 94年の高木監督自身、8月時点で首位巨人に9ゲーム差の4位とふるわず、シーズン後の交代は確実でした。それが9月になってから巨人が9連敗、中日は8連勝、とうとう「10・8決戦」になったことで、球団がやめさせるわけにいかなくなって続投したと言われています。
 ともかくいろいろ大変なようですが、立浪につなぐまで、しっかりがんばってもらいたいと思います。

 心配されたヤクルトとの4連戦、昨日まで3連勝。首位ヤクルトまで1.5ゲーム差と迫りました。この勢いで今年はセリーグ連覇、日本シリーズ勝利で落合監督の引退の花道をかざってもらいましょう。

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