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2011年10月14日 (金)

兄の死

 わたしの次兄が亡くなりました。
 2011(平成23)年10月11日午前4時35分。享年68、満66歳でした。

 ここのところ入院・退院を繰り返しており、今回は9月25日から入院していました。ただ、医師も大事に至るとは見ておらず、入院後落ち着いてきているとのことで、遠隔地にいるわたしは見舞いにも行っていませんでした。前日の10日には本人から長兄に電話があり、明日にでも退院したいと言っていたくらいだったそうです。それが当日早朝、突然の病変でそのまま逝ってしまいました。

 わたしとは三つ違い。兄弟の中では一番わんぱく、やんちゃ、地元の言葉では「横着(おうちゃく)い」と言われていました。わたしは普段は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とくっついて歩いていたのでしょうが、なにかのときには喧嘩にもなります。しかし子供の三歳差はほとんど絶対的で、かなうわけもなくいつも泣かされていました。わたしが、家の中では隅っこでマンガや本を読んでばかりいる子供になったのは、ひょっとするとこの兄のせいだったのかもしれません。

 体が大きく運動神経のよかった兄はスポーツで活躍しながら、学校の成績も良く、地元の名門高校に入学しましたが、ちょっと規格外だったようで、いわゆるバンカラ、硬派として名を売っていました。
 大学進学にあたっては、金のかかる私学へはやれないと言う親に対して、同級生から入学金を借りてくるという手段に出て、早稲田大学へ進学しました。同級生には地元の有名企業経営者の子弟が多く、そんな友人もいたのでした。このときわたしは、私学へ行くには、自分で資金を調達しなければいけないのだと肝に銘じました。

 大学では学業より、もっぱら麻雀、酒と青春を謳歌していたようです。わたしが大学受験で東京へ行ったときには、兄の世話で、大森にあった地元企業の子弟用の学生寮に泊めてもらいました。受験当日、兄は「しっかりやれよ」とだけ言って、たしか大井競馬場へ出かけて行きました。わたしの面倒をみるために親から多少小遣いが届いていたのでしょうか。
 結果としてわたしが受験に失敗したのは、このとき兄が「ちゃんと面倒をみてやらなかったせいだ」と、母は兄をずっと責めていたそうです。わたしとしては、もう高校三年生ですから、放っておいてもらってありがたかったくらいで、試験に落ちたのはひたすらわたしの実力のせいです。兄には悪いことをしました。ごめんなさい。

 卒業後、地元の大手紡績会社に就職した兄は、最初は人事の担当で、「女工」さんの募集に主に東北地方を飛び歩いていました。就職担当の先生にお願いするため、岩手県や青森県の中学校をずっとまわっていたのです。そのために会社は昼間定時制高校も附設していました。高度経済成長の華やかな時代でした。会社の社長は相場や金融の世界でも名を馳せ、この頃、夕刊フジに「日本一の金貸し」として大きく顔写真が載りました。横浜で見つけて驚きました。
 そのうち兄もわたしも結婚し、正月などには、まだ健在だった父母に孫の顔を見せに集まりました。姉や長兄の子供も一緒にいつもにぎやかにやっていました。

 第二次オイルショックの年(1979(昭和54))、兄の会社は突然倒産してしまいましたが、引き続き再建会社で働き、兄はそこでもそれなりに評価され、順調にいっているように見えました。
 一族が集まる宴会の席では兄がいつも主役でした。明るく陽気で、酒を飲んで笑いながら、大きな声で誰彼なしに呼びつけて小言を言ったり、騒いだり、兄自身の子供たちはそんな父親をちょっと恥ずかしいと思っていたようですが、ほかの子供たちからはおもしろいおじさんとして人気がありました。
 この頃、みんなで一緒に岐阜県関市の百年記念公園へ行って、子供たちともども自転車を借りて走らせたことがありました。男兄弟三人が又並んで自転車に乗るような日が来るとはなあ、と言い合って公園内を走ったことを思い出します。楽しい思い出のひとつです。

 しかしその後も繊維関係の構造的な不況は続き、兄は子会社の経営を任されたり、地位も上って頑張っていましたが、1996(平成8)年、会社本体がとうとう再度倒産に至ってしまいます。父母が相次いで亡くなったのは1995(平成7年)のことで、幸いこのニュースを聞くことはありませんでした。
 その後の兄は不遇続きで、何度か会社を変わってもなかなかうまくいかず、次第に悪いほうのスパイラルに陥って、身体もこわしてしまいました。長兄夫婦がずいぶん面倒をみましたが、とうとう立ち直ることができないまま逝ってしまいました。

 幸い兄の子どもたちはしっかりしていて、それぞれ自分の道を歩んでいます。
 安らかに眠ってくれることを祈ります。
 かけがえのない兄でした。 

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              合掌

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