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2011年11月15日 (火)

sp16 ユングフラウヨッホ

(第5日続きの2)

ユングフラウヨッホ

 さてユングフラウヨッホ駅に降りると、そこはなんと都会の雑踏、横浜の地下街のようなところだった。人がおおぜい忙しそうに行きかっている。来る前に、歴史や文化の本は少し読んだが、ガイドブックをほとんど見ていなかったので、こんなにぎやかなところだとは知らなかった。登山鉄道の終点だから山頂の鄙びた駅ではないのか。
 K機長T局長は前にも来たことがあるので「スフィンクスへ行くんだろ」とさっさと進み出す。スフィンクス?それはなんだ、とわたしはあわててついて行く。だからこのあたりの写真はまるで撮っていない。おのぼりさんは気押されて、地下街の写真なんか撮れないものである。

 スフィンクス Sphinx 3571m というのは、駅の近くの稜線に突き出た岩山のてっぺんに建てられた展望台であった。駅や展望台は、こんな構造になっている。

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 これもすごい建造物で、どうすごいかというと、こんなにすごい。左の写真の岩山のてっぺんにのっているのがスフィンクスである。後ろの山はユングフラウ。てっぺんを拡大したのが右。

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 この展望台に昇って見ると、すぐ近くに大きくメンヒ Mönch 4099m 。

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 その反対側にはユングフラウ Jungfrau 4158m。

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 幸い晴れで、記念写真のみんなの顔もほころんでいる。左はユングフラウ方面が背景、右の大きな山はメンヒ。オーバーラント三山の残る一つアイガーはメンヒの陰になって、ここからは見えない。

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 ユングフラウの左手(南方向)にはこんなパノラマが広がっていた。(クリックすると山の名前がわかる)

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 これがアレッチ氷河。アルプス最大・最長で約23kmあるそうだ。この正面のあたりがコンコルディアプラッツ Konkordiaplatz で、メンヒ、ユングフラウ、アレッチホルンからの三つの氷河が合流して、グロッサー・アレッチグレッチャー Grosser Aletschgletscher となっているという。

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 驚いたのはこの展望台にカラスがいたこと。何羽も見た。日本のカラスより二回りくらい小さく、くちばしが黄色い。くちばしが黄色いくせに、こんなところで生きているとはたくましい。三千五百メートルである。展望台のレストランの残飯とか食べているのだろうか。キバシガラス(黄嘴烏)というらしい。

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 下まで降りてレストランへ。どこも混んでいて、やはり高い。
 レストランの窓には大きなツララ。

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 アレッチ氷河のずっと奥の山も見える。

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    涼無限ユングフラウの大氷河  俳爺

 上の句は、届いたばかりのT局長の旅行吟のひとつ。「俳爺」という号は、お孫さんの誕生とスイス旅行にちなんで「はいじい」であろう。

 ロシア料理の店にしたのは、値段で折り合ったからだったろうか。ボルシチである。酸欠と壮大な景色を見た興奮で頭がボーっとしていたので、よく覚えていない。

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 食事の後は、プラトー・テラスというちょっとした広場兼展望台へ。ここも雪の山の中である。ガイドブックによればここが分水嶺で、アレッチ氷河側の雪は溶けて地中海へ、クライネシャイデック側は北海へそそぐのだという。
 しつこいけれど、おのぼりさんなので同じような写真をいっぱい撮った。まずユングフラウ。こっちの雪は地中海へ。
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 そしてメンヒ。こっち側の雪は溶けて北海へそそぐわけである。

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 ここからスフィンクスを見ると、こうなっている。やっぱりすごい。こんなところへよく造ったよなとつくづく思ってしまう。茶色い三角の見えるのがユングフラウヨッホ駅である。

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 アイスパレスという、氷河をくりぬいたトンネルがあって、氷の彫刻などもある。

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 メンヒに近い方には広い遊び場があって、犬橇やらなにやら、いろんな雪遊びができるようになっている。わたしとI長老は、遊び場のずっと先まで雪原を歩いた。K機長T局長は、初めてではないから余裕をかまして休憩しているが、おのぼりさん二人は多少疲れてもできるだけ広く見ておかないといけないのである。ひょっとして、アイガーの見えるところまでメンヒを回り込めないかと思ったが、短時間では無理だった。

 アレッチ氷河が見える。

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 来た道を振り返ると、スフィンクスにユングフラウ。
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 ここは山登りの山というより、クライン・マッターホルンと同じような壮大な観光地であり、遊園地だった。列車で簡単に来られ、快適な設備が整っていて、手軽に壮大な雪と氷と岩のパノラマが見られる。

 犬養道子『私のスイス』にはこんな一文がある。

 氷は食えねえ、雪は食えねえ、岩はパンを産してはくれぬ……そう言う州の切羽つまった「生きる道」が、(氷や雪や絶壁がアルピニズムと観光客によって逆手に取られた現代まで)傭兵の「血を売る道」であったのである!(P237) 

 氷と雪と岩ばかりで売るもののなかったスイスは、傭兵として若者を諸外国に売った。それが十九世紀の終わりから、それを見るためだけにおおぜいの人がやって来るようになった。氷と雪と岩をもとでにした産業がおこった。山にトンネルを掘って鉄道を敷き、ケーブルカーを走らせ、ロープウェイを吊り下げた。ホテルを建てた。貸別荘を作った。
 「氷と雪と岩」を手軽に見にやってきた観光客としては、それはきわめてうまくいっているように感じられた。観光施設の数の多さには驚いたが、日本の観光地を見慣れた目には、鉄道も宿泊施設もけばけばしさがなく、環境との調和に十分配慮して造られているように見え、そのうえ日本に劣らず効率的に運営されているようだった。たかだか何泊かしたくらいでえらそうなことは言えないけれど、少なくとも「見るためだけに」やって来るくらいの価値がある「氷と雪と岩」がどーんと存在してることはたしかである。

 帰りの列車は、行きよりさらに混んでいた。中国人や韓国人の団体が多いのには最近慣れているが、インド人あるいはインド系と見られる団体も多いのに驚いた。やはり中国の次はインドなのであろうか。

05dscf4601_3  戻ったグリンデルワルト駅にはタクシーがいない。駅前のタクシー専用電話で呼んだら”Twenty minuts”と言う。他のタクシーはなさそうで、言葉どおり待たされてから、今日の宿のグリンデルワルト・ユースホステル Jugendherberge Grindelwald へ行く。
 上で頑張って疲れたのか、それとも充電池が切れたのだったか、記憶がさだかではないが、この後の写真を撮っていない。毎回かかさず撮っていた食事の写真がない。
 今回の夕食は、待っている間に駅の近くのスーパーで買ったワインとパンに、みんなが日本から持って来た非常食を持ち寄っての半自炊であった。味噌汁、お粥、わたしはとっておきのチキンラーメン二袋を供出した。とても人に自慢できる食事ではなかったから、ここは写真がなくてよかったことにしよう。

 半自炊になったのは、タクシーが不便であること、疲れたことに加えて、ロープウェイや登山列車の料金がけっこう高かったことや、昼食時のワインやビール代がそれなりにかかっていることで、ちょっと節約しようということになったものである。それに非常食を食べてしまえば荷物を減らすこともできる。
 前に、ツェルマットのユースで二度夕食をとっているのは、疲れたからだったかとわたしは書いたが(sp13 『アルプス登攀記』)、T局長の指摘によれば、これは疲労や節約ではなく、もともと二食付の予約になっていたからだそうである。そうだったのか。局長ありがとう。

 体が疲れてきているのはたしかで、わたしも動いている間はそうでもないが、止まって座ろうとすると、腰が固まっていて、そうっと曲げなければならない。深く曲げると、ちょっと痛いけれど気持ちがいい。そしてどっこいしょと立ち上がる。やっぱり老人である。

 youtube に、わたしがここまで書いたことと同じような内容の「ユングフラウヨッホ 「ヨーロッパの頂上」に登って」という動画があった。私が知らなかったことや書けなかったことも含めてわかりやすく見られる。また、わたしが嘘を書いているわけではないという例証としても、ご一見をどうぞ。→http://www.youtube.com/watch?v=dX0luNR056w

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