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2011年12月26日 (月)

sp30 マイエンフェルト

(第9日続きの3 11/06/16)

ツール・ド・スイス再び

 高速道路で規制があってマイエンフェルトで降りられない。遠回りしてようやくマイエンフェルトへ着いてハイジショップに車を停めると、何やら様子がおかしい。あちこちに警備員が立っていて、そのうち交通規制がはじまった。われわれは危うく道路上で身動きできなくなるところを免れたのだった。なんとツール・ド・スイスがやってくるのだという。
 左の旗の立っている建物がハイジショップ。右の写真には交通規制で留められている車の行列の先頭が見える。

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 しばらく待っているうちに、ツール・ド・スイスはやってきた。
 これが先頭集団。そしてちょっと間をおいて後続集団がやってきた。

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 これがすごかった。百台以上がダンゴ状態のまま、ドドドドと地鳴りを響かせながら駆け抜け、その先の交差点を九十度左に曲がりこんで行った。

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 曲がり角で多少スピードを落としてはいたが、あれでよく誰も転倒せずに曲がれるものだ。通りすぎた後、思わずホーッと感嘆のため息が出た。なぜ自転車競技に人気があるのかよくわかった。
 これが今年のツール・ド・スイスのコース図。たまたま第3日のゴールと、第6日の途中に出くわして、思ってもいなかった面白いものを見ることができた。

Photo

マイエンフェルト

 さてそれでようやくマイエンフェルト Maienfeld 、ハイジの里の見物となった。
 これがハイジショップ。土産物など売っているが、これはというものはなかった。

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 車でマイエンフェルトの町の狭い道を通り抜けて、ちょっと上のハイジハウスの近くまで上がった。散歩コースが作られている。

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  これがアルプスの少女ハイジにあこがれて、はるばる日本からやって来た爺様たち。

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 ちゃんとヤギが飼われている。

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 ハイジの家を再現したというハイジ・ハウス Heidi's House 。前にいるのは「アルプスの俳爺」。
 入口で小さな可愛い女の子が、申しわけなさそうに、もう終わりですと言う。残念なことに閉館時間になっていた。ツール・ド・スイスのおかげで、ここへ来るのがずいぶん遅くなってしまったのだ。

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 しかしツール・ド・スイスを間近に見られたのはとてもよかったし、マーチン青年に笑われるほどのハイジちゃんの熱狂的ファンであるわけでもない。博物館はともかく、あの話の背景となった場所を見て、その風土を感じてみたかったのだ。この山がきっとハイジとペーターがヤギを連れて登っていった山だろう。

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 『ハイジ』の物語は、日本人にとって、スイスやヨーロッパに対する憧れの一つのイメージを作っている。美しい山々と牧歌的な暮らし。スイス人にとって、この物語はどんな意味を持っているのだろう。マーチン青年に聞いてみたかった。

 帰り道、信州上田から来ているという日本人のT青年と一緒になった。二十キロぐらいもある大きなザックを背負っている。なぜかマーチン青年と話があって、今夜はザンクトガレンのユースに泊まるというT青年を、マーチンは車で送ってやるという。あの車で六人は無理だからと、三人は分かれてマイエンフェルトの駅から列車でザンクトガレンに戻った。

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 昼食が遅い時間で、そのうえたっぷり食べたので、夕食はスーパーで買い出しをして軽く済ますことになった。老人旅行会だからこのくらいでいいのである。

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 イチゴとアメリカンチェリーはマーチン青年の両親からの差し入れ。農場をやっているとのことだったが、これが自家製かどうかは不明。はじめ親の家へ連れて行くという予定もあったようだが、マイエンフェルトへ行くことでキャンセルになった。スイス人の家庭を訪問するというのも貴重な体験で、ちょっと惜しかったような気もする。

 マーチン青年はT青年がえらく気に入ったようで、自分のアパートへ泊めてやると言い出した。ちょっとどういう趣味か心配になるところであるが、本人はこれからまた仕事でジュネーヴまで行くので、鍵を貸すから一人で勝手に泊まっていけという。鷹揚なのだ。
 仕事のスケジュールを調整して、われわれのために車を飛ばしてジュネーヴから来てくれ、案内が終わったらそのまま仕事に戻るという。忙しくて、そのうえタフなのだ。

 マーチン青年、本当にどうもありがとう。

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