« sp30 マイエンフェルト | トップページ | sp32 パリへ »

2011年12月28日 (水)

sp31 スイスの共同体

第10日 11/06/17

さらばスイス

 マーチン青年にどうもありがとうと書いたところへ、T局長から、来月マーチン青年が日本へやって来るという連絡が入った。みんなでどこか案内しよう。横浜・鎌倉あたりか、行ったことはないがサンリオ・ピューロランドでもいい。

 さてこれが最後のホテルの朝食。ウェイトレスのお姉さん。パリではまたユースの予定である。

10dscf5208 10dscf5209

 この日はザンクトガレン11:11発の予定だったので、それまでのんびりした。はじめてのことである。パックツアーじゃないから時間に追われずにすむと言いながら、ここまでずっと毎日朝早くから出かけて、せっせとあちこち歩き回って来たのだった。お金があるわけではないわたしが、来たからには見るものは見ておかねばと思うのは当然だが、お金がないわけではない人たちもまめに歩いてきたから、貧乏性とは言わずに好奇心・探究心が強いからだと言っておこう。

スイスの共同体

 ここでちょっとスイスの共同体のことを書いておきたい。お勉強発表会になってしまうが、書いておかないと忘れてしまうのでここにメモしておく。

 スイスには基礎自治体連邦の三段階の行政単位がある。
 基礎自治体(ゲマインデ Gemeinde 独、コミューン commune 仏、コムーネ comune 伊)は、数十人から30万人を超えるチューリヒまで大小さまざまで、全部で2700ぐらいある。
 州(カントンKanton 独、canton 仏、カントーネ cantone 伊)は、準州も1と数えて26あって、固有の憲法を持ち、独自性を誇る。
 この上に連邦政府がある。2008年の人口は760万人ぐらい。

 中央集権の国とは違って、州(カントン)の力が強い。歴史的にも、主権を持つカントンの同盟体であり、憲法上の国名は「スイス盟約者団」である。カントンが主体であり、連邦はあくまでも二次的形成物であるという意識が今でも生きているという。
 そしてそのカントンを構成するのがゲマインデである。スイスの市民権は個別のゲマインデに承認されることによってしか得られない。
 「スイスにおいては「スイス市民権」は存在しない。存在するのは「各共同体の市民権」のみである。ここを見落したらスイスはわからぬ。」(犬養道子『私のスイス』p98)

 この基礎自治体(ポリティッシェ・ゲマインデ)のほかにスイス人にはビュルガーゲマインデ Burgergemeinde  というものがある。これは昔からの地域共同体を継承している属人的なもので、市町村の戸籍とは別にビュルガーゲマインデの戸籍があり、世界中どこへ行ってもそのビュルガーゲマインデの構成員でありつづける。(犬養道子は「本籍ゲマインデ」「共同体」と書いている(『私のスイス』p98))そして、この登録があれば、老後尾羽打ち枯らして海外から帰っても、必要に応じて生活の扶助等が得られるのだという。
 この共同体は市庁舎とは別に事務所を持っていて相互扶助事業などを行っている。銀行や病院などの経営や博物館などの文化事業もやる。そして特徴的なものとして森林・牧草地などの共有地の管理・運営がある。有名な観光地なども共同体の共有地であることが多く、共同体の財政的基盤となり、また共有地であることで乱開発が避けられているという。(國松孝次『スイス探訪』p114)

 氷と岩と雪の厳しい自然の中で、相互に助け合わねば生きていくことができず、また傭兵も含めて外国へ出稼ぎに行かねばならなかった長い歴史がある。
 現在のビュルガーゲマインデの数は二千くらいで、その活動や形態は多種多様、最近は市町村との統合が進んでおり、時代に沿って変質しつつあるという。(國松孝次『スイス探訪』p118)

 笹本駿二『私のスイス案内』(岩波新書、1991)には次のように書かれている。(シーグフリード『スイス──デモクラシーの証人』(岩波新書、1952)からの引用らしいが、この本は未見)「ブルジョワ・コンミューン」というのは「ビュルガーゲマインデ」をフランス語で言ったものである。

  つぎにシーグフリードは「スイスの基礎はコミューンとカントンだ」と定義して、つぎのように説明を進める。

 スイスにおける国籍は三重である。すなわちコミューン(町村)の籍と、カントン(州)の籍と、フェデラル(国)の籍である。けれども州民権の基礎となるのは町村民たる自分であり、そしてこの結果として州民だけが国民であるのだから、スイス人はそれぞれ町村民たることを証する出身証を交付する一定の出身町村をもたねばならない。スイス国籍を取得するためスイス連邦の許可を要することは論をまたないが、これを決するものは一定の町村がその「ブルジョア」のひとりとして受け入れるという決定である。
 町村の内部での「ブルジョア・コミューン」というのは原始共同体の子孫である生粋のブルジョア若干名から成り立っている。この内部グループはブルジョアという言葉の語源的意味にとって重要だが、集団的にというよりはむしろ組合的に所有し管理する一定の財産から利益を受けるのである。
 たとえば共同財産として森林を有する場合にはブルジョアは若干量の木材を受け取り、もし老齢になって困窮するときはたとえこのコミューンから現在は離れていても、そのブルジョア・コミューンから援助が受けられる。それは出身者証が永久に効力を失わないからである。スイス人は永劫に出身地のコミューンに所属する。……
 これは明らかに階級の観念ではなくむしろ古い伝統であって、主として名誉的な、しかもときにははなはだ実際的な特権を伴なうものである。したがってブルジョアでその特権を取得するものはこれが代償を支払わねばならない。それはちょうど、あるクラブへの加入のようなもので、会員はその特権を守るに汲々としている。また菓子を切ってわけるようなもので、分配されるひとが多くなればその一片は小さくなるから、加入者を抑制しようとするのと似ている。コミューンから連邦に至るまで、スイスの政治を貫く歴史と精神はことごとくつぎの事実によって説明される。すなわちある量の富と、ある固有の制度及び伝統を持つ共同体が、これらのものを新来者に分ける気がすこしもないということである。
(笹本駿二『私のスイス案内』p100

Photo

  スイスがEUに加盟しようとしないのはなぜか、移民に冷たいとか相互監視の社会だという批判がよくわかる。
 しかし、これらの地域的な閉鎖性など否定的に言われる部分を含めて、この共同体こそがスイスをスイスたらしめているものであると、犬養道子はこう書く。

 九州ほどの大きさの国土に、あらゆる谷、あらゆる山ぶところをくまなく包んで、三千七十二の、中央連邦政府より強力な(後章)最高主権最高責任を持つ共同体がばらまかれるスイス。この共同体(つねに警察と一体)を、人はいろいろに言う。近代的でないとか。閉鎖的だとか。否定的批判の方が、ことに批判するのが外国人である場合、ずっと強い。私自身、閉鎖性を認めるのみならず、ほとほと手を焼き困らされた経験を持つ。にも拘らず、私は共同体の存在意義とその性格の、肯定的な面を見るのである。と言うより、それなしのスイスはない。これについてはのちに譲るが、とりあえず言及しておきたいのは、「少くも山をめぐったとき」、共同体あればこそ、山の住人も山への旅びとも、安全をとことん保障してもらえる、と言う一事である。
「だからスイスにしか来ないのよ」と、子供づれの夏休みを必ず山で過すと言うフランス人女性は言った、「四千メートル近い雪のどまん中にだって、真新しい(つまり、しょっちゅう見まわっているしるし)標識が出てるんですからね。岩ばかりの峠道にも、ちゃんと真新しいペンキの矢印が(岩に)ついてるんですからね。フランスのアルプスじやこうは行かないのよ。共同体がないからね
言い変えれば、最も基本的な相互扶助保障・政治システム──共同体。有名な直接民主主義の屋台骨。
 だから、「スイスの民主主義は、起きあがりこぼしに似ている。いくら上で揺れてもひっくり返らぬ。トップ・ヘビーでないがボトム・ヘビーがスイスである(英国ケンブリッジ大学歴史部スタインベルグ教授)」
(下線部は原著傍点。犬養道子『わたしのスイス』P97) 

 今年は災害のせいで、日本では「絆」がキーワードになっている。日本の共同体はどうなるのか、どうするのかを考えるうえで、スイスの共同体は参考になりそうである。

 

|

« sp30 マイエンフェルト | トップページ | sp32 パリへ »

窮居堂旅日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: sp31 スイスの共同体:

« sp30 マイエンフェルト | トップページ | sp32 パリへ »