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2012年1月18日 (水)

sp37 ポルト・サン=マルタン座

(第12日続き 11/06/19)

ポルト・サン=マルタン座

 パリでは何かショーを見よう、というのはわたしの希望でもあった。そのあたりに詳しいのはT局長である。街角の売店で買った「パリ・スコープ」という「ぴあ」のような情報誌から局長が選んだのは、レピュブリック広場界隈のポルト・サン=マルタン座 Theatre de la Porte St-Martin でやっている"Le soir, des lions"夜、ライオンたち)というショーであった。
 右がポルト・サン=マルタン、サン=マルタン門で、これも凱旋門の一つである。

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 これがポルト・サン=マルタン座(サン・マルタン門劇場)である。入口に Le Songe d'une nuit d'été, W. Shakespeare (真夏の夜の夢、W.シェイクスピア)と掲げられているのは近日上演の宣伝であろうか。

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 これも帰ってから調べたのであるが、けっこう歴史のある劇場で、パリ・コミューンで焼失したとか、ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』の初演(1897年)がここだったとか、いろいろあるらしい。前述の『パリの王様たち』にも、アレクサンドル・デュマが修業時代にここへ芝居を見に来て、たまたま隣り合わせた小説家がその後デュマの栄光の道を開く重要な役割を果たしたと書いてある(P75)。
(ウィキペディア→http://fr.wikipedia.org/wiki/Th%C3%A9%C3%A2tre_de_la_Porte-Saint-Martin

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 ショーは人気があるらしく行列が出来ており、中へ入るときは、入口に待機していた案内嬢に先導されて座席まで行くのであった。この女性たち、いずれも「嬢」とはいいにくい年齢であったが、黒いスーツを着て堂々としている。次々に客を席に案内しては、走るように入口へ取って返し、また次の客を案内していく。
 そういえば以前読んだ本には劇場のチップのことが書いてあった。これはいりそうだ、いくら払えばいいのか、小銭はあったかと思っているうちに席に案内されたが、特にチップを請求する素振りがなかったので、そのまま着席した。
 前に座った長老に、チップは最近とらなくなったんだろうかと話しているうち、長老が「あ、チップをもらってる」と現場を見つけた。やっぱり払うものだったのだ。案内嬢たちが客を先導しては小走りに戻って、それこそ汗を流すくらい必死に次から次へと客を案内しているのはこのためだったのだ。
 知らない者の目から見たら不思議な光景で、席は指定席で決まっているし、明るい開演前なら特に案内は必要ないのである。それが客は皆、順番に案内嬢の先導を待って行列を作っている。勝手に自分で席を探して着席してしまう者はいない。案内がなければ、行列せずにもっと速く着席できるのに、誰も文句も言わないのである。
 これが文化・伝統というものであるのか。請求はなくてもさりげなく払うのが「通」というものなのか。案内嬢たちの生活と権利は守られなければならないのか。いったいいくらの収入になるのか、他に給料はもらっていないのか、いろいろ気になるところである
 地球の歩き方のHPには、劇場でのチップは0.5€(ユーロ)~1€と書いてある。http://www.arukikata.co.jp/country/europe/FR_general_2.htmlこの頃は1ユーロ110円くらいだったから50円~100円くらい。ここではもっと小さな金額しか払っていないように見えたが、確信は持てない。一人50円のチップとして、この劇場の収容人数は1800人だから総計90000円。これを十人の案内嬢で分けるとして一人9千円。せいぜい一時間くらいの労働だろうから、悪くない収入だが、われわれのように払わない客もいる。二階三階もあるからもっと案内嬢はいるかもしれない。不入りのときもある。よくわからない。
 われわれに請求しなかったのは、どんどん客をさばかなければならないときに、わけ知らずの外国人とやりあっている暇はないからだろう。それにわれわれの席は通路にしつらえられた補助席で、なんだここかと思う席でもあった。

 そこで以前読んだ本を引っ張り出してみた。玉村豊男『パリ 旅の雑学ノート』(新潮文庫、1983)である。この本は、カフェの床穴式トイレでは足元を濡らさないよう、あらかじめドアを開けておいて、レバーを引くと同時に外へ飛び出さなければいけないとか、些末だが生活には重要なことが細かく書いてある、おもしろい本であった。

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 これによれば、案内嬢はウーヴルーズouvreuseと言って、「開ける人」という意味である。17世紀の終わりから存在していて、劇場が暗くて水先案内人兼場内整理係が必要だった時代の名残りだろう。それが既得権となって、この職業がいまだに存在している。劇場からほとんど給料はもらっていない、彼女らの「権利」は相当な金額で売買されているともいう。(P32)

 ショーがはじまる前の舞台。(劇場内部の写真はI長老撮影)

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12  これはフランソワ・モレルFrançois Morel という俳優兼歌手の歌謡ショーであった。「パリ・スコープ」には「ミュージカル」と書かれていたそうだ。ミュージカルと聞くと、おおぜいの役者が派手に踊って歌って物語が展開していく舞台を想像してしまうが、そうではなく、主役のモレルの歌と二人の女性歌手、それに司会者との掛け合いで進行していく音楽ショーであった。
 フランス語がわからなくても、歌はそれなりに雰囲気がわかるし、司会者との掛け合いで観客がどっと笑っているのは、中身は珍紛漢でもなんとなく愉快で、十分に楽しむことができた。
 下記のページにこのショー"Le soir, des lions"の紹介がある。
http://2009-2010.theatredurondpoint.fr/saison/fiche_spectacle.cfm/75399-le-soir-des-lions.html

 この旅行記をここまで読んだ人には、是非ともこれを聞いていただきたい。Faut Pas Exagérer フォ・パ・エグザジェレというモレルの歌。→http://www.youtube.com/watch?v=pSx0Qb_Xk3o&feature=related
 フランス語に堪能なT局長のご指導をあおぎたいところだが、題は「大げさにしてはしてはいけない」という意味だろうから「騒ぐんじゃないよ」みたいな感じなんだろうか。
 ともかくこんな歌を聞いてきたのである。

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