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2012年1月20日 (金)

sp38 サン・ジェルマン・デ・プレ

(第12日続きの2 11/06/19)

サン・ジェルマン・デ・プレ

 これがサン・ジェルマン・デ・プレ教会 Église Saint Germain des Prés である。わが家でサン・ジェルマンというと近所のパン屋のことであるが、あのパン屋の名前も元をたどれば、ここに眠るパリの司教だった聖ジェルマンに由来するのだろう。「プレ」は野原のことで、このあたり昔は郊外だったので「野原のサン・ジェルマン教会」と呼ばれたのだという。

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 今は「セーヌ川左岸を代表する商業地で、洗練されたショップが数多く立ち並んでいます。」と紹介されたりしている。ショップはいいから、ここへ来てみたかった。
 カフェ・ド・フロール Cafe de Floreレ・ドゥー・マゴ Les Deux Magots という二軒のカフェ。サルトルボーヴォワールたちが議論や歓談の場としていたという実存主義の聖地である。

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 わたしが実存主義という言葉を聞きかじったのは高校生のときだった。当時最先端の思想とされていて、生意気盛りのわれわれは、「実存が本質に先行するというのは」とか「参加=アンガジュマンが大事なんだ」とか、わかりもしないのに言い合ったりしていたのであった。大学生の頃にはサルトルの威光も次第に衰えてきて、構造主義というのが登場してきたので、あわててそちらをかじってみたりしたが、よくわからないのはやっぱり同じであった。
12dscf5511_2  また大学時代は「お茶の水をカルチェ・ラタンに」という時代でもあった。だからちょっとこの界隈を歩いてみたかったのだ。
 交差点にはこんな看板(下の小さい方)もあった。サルトル・ボーヴォワール広場 Place Sartre-Beauvoir 。広場というほど広くないが、ともかくここはこう名付けられているらしい。
 われわれは二つの実存主義カフェのうちカフェ・ド・フロールの方へ入って、実存と本質について深く思索をめぐらせながらワインを飲んだ。
 ちなみに最近わたしが日本で愛用しているカフェは「ドトール」というが、実存主義とは特に関係はない。

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 パリにはカフェがやたらあって、みんな街頭に張り出している。前述の玉村豊男によれば、17世紀以前には住宅事情が悪くて、家にいると子供の泣き声、女房どものグチに悩まされて男どもはゆっくりできないので、酒と簡単な食べ物を提供する小さなオンボロ店だった「キャバレー」に集まるようになり、文人・作家たちもキャバレーで仕事をするようになった。やがてコーヒーを飲ませる「カフェ」ができて、その役割がカフェに移行していった、ということだ。
  またフロール、ドゥー・マゴについて「これらの店の地下のトイレが実存主義哲学発祥の地である」と書いてある。(『パリ 旅の雑学ノート』P139)
 これはつまり、サルトルはトイレで「考える人」のポーズをとりながら、便秘だったので、実存しているモノが先行してくれなくてさんざん苦労したあげく、あの有名な「実存が本質に先行する」という原理に到達したという伝説のことである──というのは今わたしが思いついた嘘である。 

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