« sp38 サン・ジェルマン・デ・プレ | トップページ | sp40 ルーヴル美術館 »

2012年1月23日 (月)

sp39 カルチェ・ラタン

(第12日続きの3 11/06/19)

 カフェを出てから近辺を散歩したが、細かいことは覚えていない。
 カルチェ・ラタン Quartier Latin というのがどこからどこまでなのか、おのぼりさんにはよくわからない。ネットで調べても、みんな「セーヌ川左岸、5区と6区にまたがる区域」「ソルボンヌ大学」「ラテン語を話す(=教養のある)学生が集まる地区という意味」と同じことが書いてあるだけだ。
 中には英語で言うとLatin Quarter ラテン・クォーターだと書いてある。そうなると行ったことはないが、赤坂にあった力道山が刺された有名なナイトクラブを思い出して、そっちを検索してずっと読みふけったりして調べがはかどらない。
 結局、地図でここからここまでと示したようなものはなかった。東京で「山の手」とか「下町」と言っても、線引きした区画があるわけではないのと同じことなのだろう。サンジェルマン大通りやサン・ミッシェル大通りからパリ大学のあるあたり一帯を広くさすらしいから、カルチェ・ラタン界隈をを散歩したと言っておいて間違いではないようだ。

 右はダントン像である。

12dscf5514 12dscf5515

 右はサン・ミッシェル広場のサン・ミッシェルの泉 Fontaine Saint-Michel

12dscf5517 12dscf5519

 サン・ミッシェル橋からセーヌ川沿いに出ると、河岸の古本屋(ブキニストLes Bouquinistesの屋台が並んでいる。これもわたしがぜひ見たかったもののひとつだが、残念ながら時間が遅いのか曜日が悪いのか、みな閉まっている。

12dscf5522 12dscf5524 

 左の建物がなんだかよくわからぬ。パリ警視庁の裏側?右はノートル・ダム大聖堂が見える。

12dscf5521 12dscf5525

 またサン・ミッシェルのあたりへ引き返して夕食をとった。交差点にこんな信号があった。逆立ちして渡れということではないだろうが、このままずっと使われているのだろうか。

12dscf5527 12dscf5528

 このへんがカルチエ・ラタンらしい通りということになるのだろうか。神田にもこんな通りがあると言えばある。

12dscf5529 12dscf5530

 パリへ来てからなぜか中華料理に韓国焼肉だったが、この日はついに洋食である。ムール貝を食べた。 

12dscf5534 12dscf5537

 左の写真の後ろに小さく写っているウェイターは、学生アルバイトのようで、ポーランド人だった。「ポーランドを知っていますか」と言うので、T局長が「ショパンの国だろ」と答えると、ショパンを知ってるんだとうれしそうにしていた。わたしはポーランド人をからかった悪いジョークを思い出したが、さすがにそれは口に出せない。まあフランス語でも英語でもしゃべれないし。

12dscf5538_2 12dscf5539_2

 これでようやく第12日目が終わった。旅行記の終りまでもう少し。

|

« sp38 サン・ジェルマン・デ・プレ | トップページ | sp40 ルーヴル美術館 »

窮居堂旅日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: sp39 カルチェ・ラタン:

« sp38 サン・ジェルマン・デ・プレ | トップページ | sp40 ルーヴル美術館 »