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2012年2月

2012年2月23日 (木)

PCが壊れた。

 常用のノートパソコンが 壊れた。買った店ではメーカー送りになるから十日から二週間みてくれという。
 まいった。これから確定申告をやろうと思っていたのに。
 今、携帯から入力している。これは疲れる。
 しばしブログは休みます。

2月22日 窮居堂敬白


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2012年2月17日 (金)

sp47 帰路

(第14日続きの4) 11/06/21

メグレ警視

 映画が終わったらしばしまわりを散策。

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 また河岸の古本屋を見て、ジョルジュ・シムノン Georges Simenon メグレ警視シリーズ第一作”Pietr-le Letton”(邦訳名は『怪盗レトン』)を買った。ぼろぼろのペーパーバックだが他に適当なものが見つからず、ともかく買った。

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 シムノンは好きな作家のひとりで、100冊以上あるというメグレ警視シリーズのうち30冊くらいは読んだ。推理小説だがパリの市井の人々の生活や感情、心理が描かれている。メグレ警視は容疑者の心理を理解することで事件を解決する。
 どれか一冊持って行って、現地で読んでみればよかった。メグレ警視の家は、泊まっていたユースのすぐ隣のリシャール=ルノワール通りのアパートで、レピュブリック通りの生菓子店で奥さんにミルフィーユを買って帰ったりもしたらしいから。

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帰路

 旅の終わりである。ようやく見慣れてきたこの風景ともお別れである。

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 ユースへ戻って荷物を引き取って一路シャルル・ド・ゴール空港へ。
 左は空港へ向かう列車の中から見えた落書き。右はスイスのバーゼルで見た落書き。日本にもある。どこでも若者のやることは同じようなものか。

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 空港に着いた。

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 みなさんお疲れ様でした。身体に沁みる。

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 ここまでくるとさすがに疲れが出てくる。

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 6月21日23:35 パリ発
 飛行機に乗ってしまえば、あとは食べて、寝て、また食べて…

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 最後をこの写真でしめくくるのはちょっとどうかとも思ったが、まあこの旅行記にはふさわしいような気がしないでもない。スイス帰りの機上の怪人アイガーマスク。

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 6月22日18:00 成田着
ということでようやく日本へ帰還した。

 I長老、K機長、T局長、旅行に連れて行ってくれてありがとう。
 いろいろ勝手なことを書かせてもらいました。あと、書き漏らしたこと、反省事項をちょっと書いておきたいと思っていますが、たまっていた未整理の写真をようやくアルバムに貼り終えました。
 そして、いつ終わるかわからなかったこの旅行記につきあって、ここまで読んでいただいた方々にお礼を申し上げます。

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2012年2月15日 (水)

sp46 ミッドナイト・イン・パリ

(第14日続きの3) 11/06/21

ミッドナイト・イン・パリ

 昼食後はサン・ジェルマンのUGC DANT0N というシネマ・コンプレックスへ行った。今日の深夜いよいよ帰国するのだが、けっこうハードに見て回ってきて疲れているので、休憩がてら映画でも見ようということだ。

 やっていたのは”Le Chat du Rabbin (ラビの猫) ”というアニメ映画、CGアニメ映画の「カンフー・パンダ2」に”Minuit à Paris (真夜中のパリ)”の三本。

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 わたしなら文句なしにカンフー・パンダにしたところだが、芸能担当のT局長は”Minuit à Paris (真夜中のパリ)”を選んだ。題名からしてなんだか恋愛映画のようで、ちょっとかったるいかなと思ったが、つまらなかったら寝ればいいと決めて中に入った。
 ところがこれが大正解だった。原題は”Midnight in Paris”というウッディ・アレン監督のアメリカ映画で、まだ日本では公開されていないが(12年5月26日公開予定)、最近米アカデミー賞作品賞にノミネートされたそうだ。
 アメリカ映画なので英語にフランス語の字幕だったが、そんなに難しい話ではないので、おおまかなところはなんとかわかった。ウィキペディアにはストーリーがこう紹介されている。

映画脚本家で処女小説の執筆に悪戦苦闘中のギル・ペンダー (オーウェン・ウィルソン) は婚約者のアイネズ (レイチェル・マクアダムス) とその裕福な両親とともにパリを訪れる。ギルはパリに住みたいとさえ考えているが、アイネズはマリブに住むと言って聞いてくれない。2人はアイネズの友人ポール (マイケル・シーン) と遭遇し、ともに街を回る。アイネズはポールを気に入っているものの、彼が偉そうに語る歴史や芸術の薀蓄には間違いが多く、インテリぶったポールがギルにはどうにも鼻持ちならない。

ある夜の12時、ギルは酒に酔ったままパリの街をうろついていると、アンティークカーが止まり、車中の1920年代風の格好をした男がギルに同乗しろと言う。そして向かったバーには、コール・ポーター、ジョセフィン・ベーカー、F・スコット・フィッツジェラルドと妻ゼルダ、そしてアーネスト・ヘミングウェイがいた。そこでギルは、彼が愛して止まない1920年代に来ていたことに気づく。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%AA

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 つまりはじめてパリにやって来たアメリカ人がパリの町を見て回り、タイムスリップして1920年代のパリへも行くという「パリのアメリカ人」の話である。だからこの四日間に見てきたばかりのパリの名所がふんだんに出てくる。それだけでもうれしいのに、単なる恋愛映画ではなく、ロマンチック・コメディーと言うそうで、テンポよく話が展開して楽しい。おまけに1920年代のパリにいた若き日の有名人が、上記のアメリカ人だけではなく、ピカソやダリ、ロートレックなどいっぱい出てくる。
 予告編がここで見られる。
http://www.youtube.com/watch?v=BYRWfS2s2v4
 ネタバレになるせいか予告編ではタイムスリップ後のシーンはほとんど出てこなかったが、これがおもしろく興味深い。
 例えば「失われた世代(ロスト・ジェネレーション)」の名付け親とされるガートルード・スタインが、いかにもうるさそうなおばさんとして出てくる。ヘミングウェイはまだ若くていかにもたくましそうだ。わたしはヘミングウェイというと白髭の好々爺然としたイメージを思い浮かべてしまうが、本などを読むとアメリカ人のイメージするヘミングウェイはもっと若くて精力的で頑強な男のようだ。なるほどこういう感じなのかと、ちょっと納得した。

 この5月に日本公開だそうだから、こんどは日本語の字幕でちゃんと見よう。上記の予告編についての書き込みに、こんなのがあった。

hahahaha the ending scene with the detective is sooo funny

 これは見た人にはわかる、と自慢しておこう。

 ついでにおまけ。映画『巴里のアメリカ人』の予告編。
http://www.youtube.com/watch?v=8aWRmnje-Sk&feature=related

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2012年2月13日 (月)

sp45 マルモッタン美術館

(第14日続きの2) 11/06/21

マルモッタン美術館

 マルモッタン美術館は閑静な住宅地にひっそりとあった。ここも大げさな看板はない。
 マルモッタンという美術史家の邸宅とコレクションに、モネの息子が寄贈した作品群を加えて、マルモッタン・モネ美術館 Le Musée Marmottan Monet というのが正式の名前らしい。テレビドラマの「マルモのおきて」には特に関係はない、あれはおもしろかったけれど。
  右下はチケットの半券。

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 この美術館で一番有名なのはクロード・モネ Claude Monet の『印象 ・日の出 Impression,soliel levant 』らしい。この絵の題名が「印象派」の名称の由来となった。そして1985年にここから盗まれ、1990年に発見されたことでも有名である。
 下のパンフレット右上の港の風景がその絵。(これでは見にくければこちらをどうぞ→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B0%E8%B1%A1%E3%83%BB%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%87%BA

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 しかし恥ずかしい話だが、わたしはこの絵を見たかどうか覚えていない。見たような気はするが、写真撮影は禁止だったからルーヴルの有名作品のような見た証拠はない。ガイドブックなど読んでいなかったから、先に書いたようなことは朦朧な記憶のうちで、ここにあるのがそれだとは知らず、「おおこれがあの絵か」と記憶にきざまれることはなかった。館内にはフランス語の解説があったにちがいないが、それは読めない。まあ、見たとしてもそれほどの感銘を受けなかったということである。
 わたしの美術鑑賞眼はその程度のもので、これが「モナ・リザ」だと言われないと「It's too small.」になる口なのである。絵そのものよりガイドブックの能書きやいわく因縁などの方に反応しているのが実態だ。
14_3  その証拠にモネの「積みわら」を見たのはちゃんと覚えている。これはマンガの『ギャラリー・フェイク』(細野不二彦)の第1巻第1話(左の絵)に出ていたので、「ああ、あの絵だ」と思ったから覚えているのである。なさけない。

  チケットの半券はマネ Manet の「横たわるベルト・モリゾの肖像 Portrait de Berthe Morisot étendue」の一部(パンフレットにもある)。帰ってから知ったのだが、ベルト・モリゾは当時としてはめずらしい女流画家で、マルモッタン美術館には、モリゾ自身の絵もあったのだ。これがその『舞踏会にて』という絵。→http://www.friendsofart.net/en/art/berthe-morisot/at-the-ball
 これも見たかどうか覚えていない。まったくなさけないが、こういった知識や情報を抜きにして純粋に美術を鑑賞するということは人間にとってそもそも可能なのだろうか。ちょっと考えてしまう。無垢な人間が感覚だけで美術品の真価を見抜くというのはマンガなどによくある話で、前述の『ギャラリーフェイク』の「積みわら」の話でも上の絵の管理人のオヤジは5万円でモネの真作を入手した。わたしにはとても無理のようだ。

 マルモッタン美術館の近くにはこんな庭のある家があった。アジサイである。右の写真の左手に広がっているのがブーローニュの森 Bois de Boulogne らしい。

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昼食

14dscf5762_2  昼食はまたサン・ジェルマンへ出て、ストラット Stratto というイタリアンの 店で食べた。
 パリでは結局この界隈の学生向きの軽食堂か定食屋みたいなところばかりで食べていた。飲まなかった日はないし、日本食が恋しくなることもなかった。それに食い物に文句を言ってはいけないというしつけを受けて育っているので、不満というわけではないが、一度くらいはちゃんとしたフレンチを食べてもよかったような気がする。

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2012年2月10日 (金)

sp44 コンコルド広場

(第14日続き 11/06/21)

コンコルド広場

 まずコンコルド広場 Place de la Concorde へ行った。コンコルドというと、あの超音速旅客機を連想し、コンドルにも語感が似ているので、怪しい鳥がたくさん集まっている広場を想像してしまうのはわたしだけであろうか。英語ではコンコード、物事の調和・和合を意味する言葉だから「協調広場・なかよし広場」ということなのだが。
 実際のコンコルド広場はにぎやかな交差点の中のちょっとした公園という感じであった。

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 オベリスク obelisk がある。これはナポレオンがエジプト遠征のときに持って帰ったものだと思っていたら、1830年頃にエジプトからフランスに贈呈されたものだという。

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 ナポレオンとは関係ないのか、ちょっと調べてみたら、エジプト学者の吉村作治がこんなことを書いていた。

1819年に当時エジプトを支配していたモハメド・アリという王様のところに、フランスのナポレオン3世がやってきたんです。エジプトのルクソールまで来たんですね。そして、王様に時計をさしあげたんです。その時計は今もモハメド・アリの作ったモスクのところに飾ってありますが、イスラムの風習では何かをもらったら何かをあげる。日本でもそうですけどね。

王様はナポレオン3世に、『欲しいものはありますか?気に入ったものがあったらさしあげますよ』。なんて言いました。すると、ナポレオン3世はなんと、ここにあったオベリスクが欲しいと言ったのです。
モハメド・アリとしては、まさか持ってきゃしないだろうからと、「どうぞ」と言ったんです。そしたらナポレオンは本気にして、軍艦を持ってきてもってっちゃった。そして、フランスのシャンゼリゼから下りてきた、ルーブルに行く途中のコンコルド広場に立てたんですけど、その物語が1冊の本になっているんです。大きな本にです。そのぐらい衝撃的な話だったんですね。http://www.yugakusha.net/study/yoshimura_egypt/200806/200806-2.html

 これが本当だとすれば、ナポレオン3世が無理やりもらってきたことが、1世が強奪してきたように伝わっているらしい。まあ力ずくでもってきたようだから同じようなものか。

 「協調広場」と名付けられる前は「革命広場」と呼ばれ、フランス革命中には、ルイ16世やマリー・アントワネットの斬首が行われた刑場だったという。そのせいではないだろうが、停めてあったトレーラーにキングコングの首があった。かなり大きい。どこかの遊園地でイベントでもあるのだろう。

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 セーヌ川を渡って、オルセー美術館 へ向かう。この橋にも錠がたくさんつけられている。

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オルセー美術館 Musée d'Orsay の前には人だかりができている。ここも行列かと思ったら、なんとストライキをやっていて中へ入れないのであった。右のサイは彫刻作品らしい。立て看らしいものも見当たらず、チラシ配りもやっていない。なんのためのストライキかわからなかった。

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 残念だがしょうがない。それではマルモッタン美術館へ行こう、ということになったとばかり思っていたら、この日の写真を見るとこの間になぜかリヨン駅 Gare de Lyon へ行っている。地図を見るとマルモッタンとは方角違いになる。何しに行ったのか覚えていない。
 K機長が、ここがガル・ド・リヨンだ、このレストランは映画にも出た有名なところだと言っていたのは記憶にある。左の写真の階段の上がそのレストラン「トラン・ブルー」で、映画『ニキータ』に登場するらしい。トラン・ブルー=青い列車=ブルー・トレインだから、ここは鉄道ファン的に重要なところだったのだろうか。

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2012年2月 8日 (水)

南無谷の赤富士

 2月4日から6日まで、びわに肥料をやるために南無谷へ行っていました。もっと早く行く予定だったのがずいぶん遅れてしまいました。
 4日の夕方、わが家の二階のベランダからこんな富士山が見えました。

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 そんなに大きくはありませんが、富士山が見えるだけでなんとなくうれしくなります。

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 びわは寒さに弱いので、今年はどうなるか心配です。富浦のあたりでも雪がちらついたことがあったようで、どうも例年より成育が遅れているような気がします。

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 荒れ放題だった庭をなんとか普通に手入れの悪い庭くらいにしました。
 柑橘類が元気です。レモンに夏みかん。

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 花柚子。

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 水仙も咲き始めてはいましたが、なんだか出遅れている気配です。

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2012年2月 6日 (月)

sp43 パリのユース

第14日 11/06/21

パリのユース

 さていよいよ旅行の最終日。4泊したユースともお別れになる。この食堂、食事も最後。右の写真でわかるように、ここではナイフやスプーンはおそろいの物ではなく、格好や色もまちまちで、客が置いていったものをそのまま出しているのではないかという気もするのであった。無論文句など言わず毎朝きちんと食べたけれど。

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 料金の精算をして荷物は午後まで預かってもらう。といっても地下に置いておくのを認めてくれるだけで、もしなくなったところで補償してくれるわけではない。
 地下はコイン式の洗濯機やロッカーがある。ロッカーには入らないから、ワイヤーのついた錠でみんなの荷物をまとめておく。盗もうとしてもまとめて持ち出すには重すぎるというわけである。

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 ガイドブックには、ユースなどでは貴重品に気をつけて、シャワーを使うときも貴重品を持って入れと書いてあるそうだ。実際そうしていた若者もいたようだ。われわれは四人一部屋で、交代でシャワーには行っていたし気を使うこともなかったのは幸いだった。実際一人旅で、わけのわからない外国人に取り囲まれて、というのは不安もあるだろう。
 安宿なので、設備も食事もこんなものだろうとおおむね納得しているが、ひとつだけ不満に思うのはシャワーである。狭いのはしょうがないとしても、脱衣するところもシャワーを浴びるところもフラットな同一平面なので足元がビショシビョになってしまうのが嫌だった。ちゃんと小上がりでも作って足をきれいに拭けるようにして欲しいが、どうも西洋人はあれで平気らしい。
 シャワー室の写真も撮ったのだが、帰国後の写真整理のときの操作ミスで消えてしまった。sp01 What is this? にも載せたトイレットペーパー・ホルダーの写真だけが残っている。右はわれわれが泊まった4階の廊下。

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 毎日こんな狭い階段を4階まで登り降りしたのであった。荷物用のリフトが別にあったのでスーツケースまで持って上がることはなく助かった。

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 ユースの前の道路と公園。sp02 What is this? 2に載せたように、路上駐車はこんな状態で、どうやって出し入れするのか心配になる。中にはバンパーにクレーンの先についているような鋼鉄のカギをつけて、俺の車にぶつけると傷つくのはそっちだぞと言っている車もあった(この写真も消えた)。けっこうみんな細かく切り返しをして出し入れしているらしい。

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 もう一度ユースの正面の写真。お世話になりました。

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2012年2月 3日 (金)

sp42 セーヌ川クルーズ

  (第13日続き 11/06/20)

セーヌ川クルーズ

 さてまた四人集まって今度はセーヌ川クルーズ。

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  ここはひとつ、この歌でも聞きながら写真を見てもらいたい。
 エディット・ピアフ Edith Piaf の「パリの空の下 Sous le ciel de Paris 」。なつかしのシャンソン、戦後の名画「巴里の空の下セーヌは流れる」の主題歌である。
http://www.youtube.com/watch?v=uOXzGtlLGgw
 立川澄人(これもなつかしい)の日本語版もあった。
http://www.youtube.com/watch?v=E82mnO_OEzY

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 左はアレクサンドル3世橋(Pont Alexandre III)。

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 ところでエディット・ピアフといえば「愛の讃歌」であり、「愛の讃歌」といえば、われわれの学生時代はI長老であった。二学年上だった長老の最も強力な持ち歌で、コンパなどの盛り上がったときに決まって登場し、われわれ後輩はかしこまって拝聴したものである。そしてその際の流し目がまた仲間うちでは評判だった。
 長老の「愛の讃歌」の歌詞はこうである。

たとえ山は裂けて 海はあせるとも
君の愛あれば 何をか恐れん
たとえ世の宝を すべて失うとも
君の愛あれば 何をさらに惜しまん

 「あなたの燃える手で」という越路吹雪が歌った岩谷時子訳がすっかり有名になってしまって、こちらの歌詞はもう年寄しか知らなくなってしまった。古い訳のようで、ネットで調べても訳詩者がわからない。
 しかしわたしには、やっぱりこちらの方がいい。
 原詩の「青い空が落ちてきても、大地が崩れても」を、源実朝

「山はさけ海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも」

の本歌取りで訳すところなどなかなかのもので格調が高く、原詩にも近い。
 ブレンダ・リーが歌っていた英語の歌詞だって

If the sun should tumble from the sky,
If the sea should suddenly run dry,
If you love me, really love me,
Let it happen, I won't care

 太陽が落ち、海が干上がる「驚天動地」の状態をうたっているのだ。
 まあしかし、これも年寄の繰り言ということになるのだろう。とりあえず長老の青春時代をたたえて、エディット・ピアフ愛の讃歌 Hymne à L'Amourを聴こう。
http://www.youtube.com/watch?v=WBjctartwBQ&feature=related
 ブレンダ・リーはこちら。
http://www.youtube.com/watch?v=lYjqtYBDmFk

夕食

 夕食はまたサン・ミッシェルのあたりでとった。La Petitte Hostellrieラ・プティ・トステルリ)という店で、Hostellrie オステルリは田舎風レストランという意味だそうだ。そのとおり民芸風、田舎風の内装だった。

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 ここではエスカルゴを食べた。

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 おもしろかったのはチュニジア人だというウェイター、ひょうきんでこちらの真似をする。グラスを落として割ってしまったら、すぐホーキとチリトリを持って片づけに来た。長老が「(清掃道具が)ちゃんとあるんだ」と言ったら、すかさず「シャーントアルンダー」と鼻母音をきかせて返した。意味が分かっているとは思えないが、いかにも小馬鹿にしたように「ハイハイ」「ハイハイ」と言うし、思わず笑ってしまう。チップを2ユーロわたした。

さて今日も終わり。いよいよ旅行も明日一日となった。

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2012年2月 1日 (水)

sp番外 マーチンが来た

 スイスで世話になったマーチンが日本にやってきた。
(→sp27 マーチン登場sp28 アッペンツェルほか)

 1月26日到着、東京のT局長宅で一泊、27日には局長の奥さんの故郷である秋田へ行き、そこから東北の被災地へのボランティアツアーに参加して、29日に東京へ戻るという強行日程である。相変わらず元気のようだ。
 1月29日夕方、横浜桜木町で待ち合わせ、みなとみらい方面を見せようとバスでまわったが、集合が予定より遅れたので暗くなってしまい、港がよく見えなかった。
 その後、中華街へ。関帝廟である。

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 ちょっと遅れて局長の娘さん夫婦も赤ちゃん連れでやってきて四五六菜館で合流、にぎやかに歓迎の宴をはった。二次会で近くのバーにも行った。

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 この日はI長老の横浜のセカンドハウスへ泊めた。長老はお金がないわけではない人なのである。
 But it's the second house, not the second wife's house, O.K.?

 ところがこの夜、長老が近所の焼き鳥屋でまた飲ませたそうで、翌日のマーチンはひどい二日酔いでダウン、マーチン撃沈となってしまった。
 わたしは車で行ってみんなと大船で合流し、鶴岡八幡宮長谷寺大仏とまわったのだが、見物のときはがんばってついてくるものの、途中の車の中ではバタンキュー。この日は晴れていたので富士山が見えるからと江の島へも足を延ばしたが、マーチンはずっと寝ていた。運転手としては張り合いのないことおびただしい。

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 八幡宮の倒れた大銀杏の現状(12/01/30)。切った胴を植えたものからも、根元からもひこばえが何本も伸びてきている。まったく銀杏は丈夫である。

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Dscf6220_2 長谷寺で海を見るマーチン。

 ここで局長ことアルプスの俳爺が一句。

鎌倉の冬の海見よ酔ひ鳶 俳爺

 鳶というのは、ちょうど上空をトンビが舞っており、観光客向けに食べ物をさらわれないよう注意書きの看板もあったのである。
 もう一句。

長谷寺の水音に咲く福寿草  俳爺

 次は大仏。鎌倉入門者コースである。

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 局長はここでも一句。

 大仏は瞑想?酩酊?春近し  俳爺

これは大仏の中。

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 ついでに大仏の背中。ちょっと疲れているようではないか。

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 マーチンとは、体調のこともあり、また夜には成田からオーストラリアへ発つ予定だったので、昼過ぎ早々に大船駅で別れたが、まだ若いからすぐ元気になっていることだろう。日本の前にはシンガポールへ寄ってきたというし、もともとタフなのだ。
 お世辞かもしれないが見物の時にはちゃんと”beautiful”とかいろいろ言ってくれた。なんとかスイスで世話になった恩は返せたような気がする。次回は飲ませすぎないようにしよう。

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