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2012年5月30日 (水)

気仙沼・石巻2

石巻

  4月3日は一ノ関まで戻ってビジネスホテルに泊まり、翌4日石巻へ向かった。ところが前日から春の嵐が吹き荒れており、4日も強風はなかなかおさまらない。一ノ関からJRの在来線で石巻へ行くつもりが朝から運行停止。バスは動いていたので、仙台までバスで戻って、そこからさらにバスで石巻へ、ということになった。

一ノ関駅と石巻駅。

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 石巻では駅前でタクシーに乗って、案内をお願いして一回りしてもらった。
  これは魚市場のあたり。片付けられてはいるが、まだ傷跡は残っている。

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 これは鯨の大和煮の缶詰が流されてきたもの。海側の缶詰工場の看板だったそうだ。

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(後で知ったが、水産加工会社「木の屋石巻水産」の魚油貯蔵タンク(高さ約11メートル、直径約9メートル)で、製品の缶詰そっくりに絵が描かれていたものだそうだ。)

 石巻でも気仙沼と同じように、あちこちに自動車のスクラップの山や瓦礫の山が見られる。

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 これは門脇(かどのわき)小学校。児童は津波の前に山へ避難し、近所の人が避難してきていた。津波に押し寄せられた自動車が炎上して火災になり、避難していた人たちは屋上から裏山へ逃げたという。

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 YOMIURI ONLINE に「盲点だった津波火災」という記事があった(2012年1月11日)。
http://www.yomiuri.co.jp/osaka/feature/kansai1326213628956_02/news/20120111-OYT8T00097.htm

 また「ibuじいのブログ」という頁には被災して間もない頃の門脇小学校の写真があった。
http://ameblo.jp/ibuibu1684/entry-10838012827.html

 知らなかったけれど、去年のNHKの紅白歌合戦ではここで長渕剛が歌ったそうだ。http://www.youtube.com/watch?v=LNCosQsq4F0&feature=related

 

 近くには、こんな慰霊の場所もあった。

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 こう書かれている。

この火は被災した石巻地域から木片を集め
それを種火としました

東日本大震災から一年
亡くなられた方への追悼の思い
生き残った私たちの”がんばろう”とする思い
心に残したく燈しました

             2012.3.11

 ここはまた、園児を帰そうとして、バスを高台から海の方へ向かわせてしまった幼稚園の近くでもあった。
http://diamond.jp/articles/-/18839

 

  その高台の日和山公園から海の方を見る。

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 今さらながら、広い範囲が甚大な被害にあったこと、一年たっても回復がなかなか進んでいないことを実感した旅だった。

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